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SS【丈夫で変な家族】


私のお父さんは見かけからは想像もできないほどの力を秘めています。

普段は猫をかぶっているお父さん。

ふとした瞬間に隠された力が垣間見えるのです。


体力は成人男性の平均くらいと言っていたお父さん。

でも私は気づいています。

お父さんの力はそんなものじゃありません。


私は何度も恐るべき力を目撃しているからです。


以前、書斎で書き物をしていたお父さんがクシャミをしました。

すると椅子の肘掛けが根本からへし折れ、クシャミの衝撃で五つあるキャスターがすべて割れてしまいました。


そんなお父さんが一緒にいるから、この苛酷な状況でも希望が持てるのです。

車の故障と私の運転ミスが重なり、車ごと川へ落ちた私とお父さん。

車はどんどん水中へと沈んでいきます。

窓は閉まっているけど車の中には少しずつ水が侵入しています。

窓は開かず、ドアを開けようとしても水圧でビクともしません。


「お父さん!! ドアを開けて!!」


「落ち着くんだ。今は水圧で開けれない。車の中が水でいっぱいになれば何とか開けられるはずだ」


「その前に溺れちゃうわよ!! ドアが開かないなら窓を叩き割って!! 以前言ってたじゃない。川で溺れそうになった時は仰向けで流れていく方向に足を向ければ何かにぶつかりそうになっても足で蹴って回避できるし、仰向けのまま身体を岸側に傾けると背中が水に押されて岸の方へ寄っていくから助かるって!! 頭で舵を取りながら進めって言ってたじゃない!! だから窓を割って!!」


「わかった!!」


しかしお父さんがいくら叩いても窓は割れません。


「お父さん!! 肘でやって!! 肘は鍛えてなくても丈夫だし硬いから!!」


それでも「バンッ!! バンッ!!」と音がするだけで窓は割れません。

そうこうしているうちに車内の半分近くまで水が侵入しました。


「お父さん!! クシャミした時に出す馬鹿力はどこへ行ったのよ!!」


するとお父さんは信じられないことを口にしました。


「ああ、あれか。ぼくはクシャミした時にだけ隠された力が暴走するんだ。でも風邪気味の時のクシャミ限定だ。ちなみに今はその時じゃない」


私はお父さんをフル無視して携帯でお母さんに助けを求めました。パニックで119番が出てこなかったのです。

状況を聞いたお母さんは落ち着いた声で言いました。


「大丈夫。ダッシュボードを開けて!! 中にシートベルトを切ったりサイドガラスを割るのに使うブレイクハンマーが入ってる。シートベルトは外れてる?」


「うん、外れてる」


「ブレイクハンマーは持った?」


「うん、持ったよ!!」


「ハンマーでサイドガラスの隅を叩くの。尖った方が当たるようにね。フロントガラスはダメよ。合わせガラスだから割れないわ」


私は「割るよ!!」と言ってサイドガラスを叩き割りました。

それから先は無我夢中でした。

しばらくして岸辺の水草につかまる私のもとへお母さんの呼んだ消防隊が駆けつけてくれました。

病院へ運ばれた私のもとへ、お母さんも駆けつけました。


「お母さん、お父さんは?」


「さあね、今ごろ沖まで流されてんじゃない? お父さんなら放っておいても大丈夫よ」


「ええーー!!」


翌朝、サンマと一緒に水揚げされたお父さんが帰ってきました。


「おっ、大丈夫そうだな。お父さんは漁師にサンマを分けてもらってきたぞ」


お父さんはピンピンしています。


このゴキブリ並みの生命力がお父さんの隠された本当の力かもしれません。

私は昔、お母さんから聞いたお父さんと付き合う前の話を思い出しました。

しつこく迫るお父さんに断崖絶壁の自殺の名所を指差し、「あそこから飛んで自力で這い上がってきたら付き合ってあげる」と言ったら、本当に飛び降りて這い上がってきたという話です。

私は冗談だと思っていましたが、作り話ではない気がしてきました。

よくよく考えると、私も過酷な状況に身を置いたわりにはピンピンしています。

どうやら私にもその血が流れているようです。

それでも私はお父さんほど丈夫ではありません。

川の水で身体が冷えて風邪をひいてしまいました。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハックション!!」


病室に大音量のクシャミが響きわたりました。

そして私が握っていたベッドの手すりはへし折れてしまいました。


「ハッハッハ」っと笑うお父さん。


それを見たお母さんが「笑いごとじゃないわよ!!」と怒ってお父さんの足を勢いよく踏みつけると、病室の床にヒビが入りました。


お母さんも普通ではなかったようです。



廊下から慌ただしい声が聞こえてきます。


「地震か? 大きな縦揺れだったぞ!!」


「落ち着いて!! 手すりにつかまって!!」

私はその日のうちに退院しました。


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