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SS【生きろ】


私は始発の新幹線が発進する音で目が覚めた。

新幹線は私の目覚ましがわりだ。


早朝からサラリーマンが何かに急かされるように早足で目の前を通り過ぎていく。

私はその様子を社長室から眺めている。


私も昔はそうだった。

今の地位になるまでは家族を養うために会社の奴隷となって必死に働いていた。

その結果、妻とは離婚した。


でもおかげで広い地下室のある今の家に住めるようになった。

一つ欠点があるとしたら、広すぎてトイレまで距離があることだろうか。

すぐ隣には警備の仕事をしていた若者が住んでいる。

私が彼と出会った時、彼は今夜泊まる場所も無く困っていた。

彼はその状況を社会や他人のせいにしていた。


そんな彼を私が拾い、ただで隣に住まわせてやったのだ。

私は彼に仕事も紹介してやった。

歳のせいか最近は思うように身体が動かない。

やっとかと立とうとする私を見かねた彼はこう言った。


「社長!! 社長は座っていて下さい。 私がやりますから」


彼は私のことを社長と言う。


そんな彼もいつの間にか頼れる男になってきた。

今日は回収作業だ。

若いだけあって短時間で成果を上げる。

私が社長室の段ボールの上で横になって待っていると、どこかで拾ってきたボロボロの自転車の荷台に、足で潰したアルミ缶が山ほど入った袋を乗せ「換金してきます!!」といって出ていった。

最近はアルミが高騰し、私は嬉しい悲鳴を上げている。

それもこれも不燃物のゴミの日に、私に代わってアルミ缶を集めてくれる元自宅警備員である彼のおかげだ。

引きこもりのニートともいうらしい。

しばらくすると彼が今日の稼ぎを持って帰ってきた。

彼は目を輝かせながら私に言う。


「社長!! この調子なら来月からは風呂とトイレ付きの部屋に住めますよ!!」


私は思った。

どんな状況でも、それをどう受け止めるかで世の中は地獄にも天国にも変えることができる。

駅の地下道に段ボールを敷いて居候する私たちであってもだ。

変えられない他人ではなく、自分がコントロールできる自分自身に目を向けることで成長していくことができる。


しかし私はもう長くはない。それは私が一番よく分かっている。

それでも彼にとって私が、ふたたび生きる意志を呼び戻すきっかけになったというなら、私の人生にも意味があったことになる。

翌月になり、私は今まで自分の稼いだお金のほとんどを半ば強引に彼に渡し、密かに見つけておいた安アパートを彼に紹介した。


「いいか、なんでもいいから人様の役に立つ新しい仕事を見つけるんだぞ。二度と戻ってくるなよ!! 元気でな」


彼を見送った私は、そのまま川へとやってきた。

肩の荷がおりた。そんな気がした。

私はもう長くない。

このまま細々と生きるのもいいが、身体もしんどいしここらでリセットしたい。

最後に良い行いが一つできたしバチも当たるまい。

そう思った私は周囲を見渡したあと、橋から身を乗り出した。


「ん?」


後方には私と同じく今にも飛び降りようとしている女がいる。しかもまだ若い。

痛い脚を引きずりながら、気づかれないように近づいた。

私は女の腕をつかむと必死に引き戻した。

なぜか涙が溢れてきた。


「ばかたれ・・・・・・本当に死ななきゃならんのは、こんな生きづらい社会を放置してきた私たち年よりの方だ。お前さんみたいな未来ある若者が早まってはいかん。はあ・・・・・・もう少しだけ踏ん張ってみるか」

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