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SS【歴史を隠す縦穴】
ぼくは最近、タブーに触れてしまった。
長老の娘と浮気をしたのだ。
このままではここから追放されるかもしれない。
ぼくたちは地下深くに棲む地底人だ。
みんなずんぐりむっくりしている。
地上の人間たちほど賢くはないものの、屈強な身体をしていてケガや病気とは縁が無い。
その昔、争いの絶えない地上に愛想を尽かし地底へ移住してきた一部の人たちが、地底人となりコミュニティを築いている。
地上へと繋がる洞窟は迷宮のように入り組んでいて、もう誰も地上と地底を行き来する者はいない。
そのおかげで地底は質素ながらも平和な日々が永く続いていた。
しかし最近になって地上からの冒険者がぼくたちの生活空間のすぐ近くまでやってきていることが分かった。
ぼくたちの生活空間に出るには人一人がやっと通れるほどの狭い縦穴を抜けなければならない。
地上の人間がやってこれば、間違いなくぼくたちの身に危険が迫る。
奴らはそんな野蛮な連中だ。
ぼくたちは地底の長老を囲んで話し合った末に、縦穴を塞ぐことに決めた。
まず、縦穴の先の様子も確かめた上で、どのように塞ぐか考える。
縦穴を抜ければ地上の野蛮な人間たちと遭遇するかもしれない。
だからみんな自分からやると言う者はいなかった。
長老はタブーを破ったぼくに白羽の矢を立てた。
ぼくが協力し、今回の仕事がうまくいけば過ちを水に流してもいいと言ってくれた。
縦穴は入り口こそ狭くて通るのが大変だったが、みんなに押してもらいながら九十度近い狭い縦穴をなんとか登りきった。
幸い地上の人間たちの気配は無い。
登ってきた縦穴を上から覗くと、下にいくほど微妙に狭くなっているようにも見える。
縦穴は上から埋めれば確実だが、それでは戻れなくなる。
何か仕掛けを作り、下からロープなどで引っ張って崩して埋める必要がありそうだ。
ぼくがそのことを長老に伝えると長老は、「分かった。地上の奴らが来るかもしれんから急いで戻ってこい」と言った。
それがぼくの運命の分かれ道だった。
最初はなんとか下がっていけたものの、下に行けば行くほど穴は狭くなり、ましてや縦穴。
ぼくは膝から先だけ抜けた所でハマって出れなくなってしまった。
しかし誰もぼくを引っ張ったり、出口を削ったりして助けようとはしない。
それどころか遠ざかっていくみんなの足音が聞こえる。
ぼくはそこでやっと気づいた。
長老はタブーを水に流したわけではなく、ぼくを穴の栓がわりに使ったのだ。
ぼくは死刑だった。
だが長老は気づいていない。
この縦穴は風によって地上からの空気を運んでくれる唯一の場所。
昔は複数あった風穴も地震で崩れて埋まり、最後の一つになっているのだ。
ぼくはかろうじて動く片腕を使って壁を少しずつ崩し、穴を完全に塞いだ。
ぼくは思った。
ぼくを死刑ではなく、せめて追放にすれば、誰も死なずに済んだのにと。
それから数年が過ぎ、人知れず滅んだ地底人の歴史を隠すかのように、今でもぼくは縦穴を塞ぎ続けている。
終
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