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SS【透明人間】806文字


ぼくには少し変わった使命があるらしい。

過去に自分で決めたのか、誰かに頼まれたのか、ぼくには思い出せない。

定年前に退職して自由になれたのはいいが、まさか新しいスキルを磨くことになるとは。


交渉人? 寄り添う人? 


なんて言っていいのかは分からない。


ぼくは今、駅のホームにいる。

昔はホームの立ち食いそばで天ぷらうどんを食べるのが好きだった。

おかわりして電車が行ってしまったのも今ではいい思い出だ。


ぼくは駅弁を買いホームの椅子に座った。

そして二つ隣に座る顔なじみの女の子に話かけた。


「一つつまんでみて。どれもおいしいんだ」


女の子は立ち上がり、ぼくを見下ろしながら冷めた目で「いらない」と言う。

女の子は電車が近づく音が聞こえると、ゆっくりとホームに向かって歩き出し線路に身を投げた。


電車が発車すると同時に弁当を食べ終わったぼく。

女の子は何事もなかったように再びぼくの二つ隣の椅子に座りこう言った。


「もう無いのね」


「そりゃあいつまでも残ってないよ」


「ケチ」


「空に帰る決心がついたら一番おいしい弁当買ってあげるよ。持っていくといい。それともぼくが逝く時に一緒に逝くかい? 君はもう数え切れないほど繰り返して、そのやり方では帰れないことに気づいているだろ?」


女の子はいつの間にかホームにある売店の前に移動している。

そしてぼくの方を見ると、売店で売られている駅弁の中でも一番高い海鮮弁当を指差してニヤリとした。



人は輪廻転生しながら成長しているらしい。

この世で生きるということは、意識体、つまり魂の時には無い苦しみをともなう。

そこでしか学べないことがあるという。

しかし自らそれを放棄した者に待つのは、永遠とも思える孤独と後悔。

気づいた時にはもう遅い。



他人には見えない透明人間。

なぜかぼくには見える。


それならばぼくにはするべきことがあるのではないか。

ずっと心の底で思っていた。


報酬は出ないが満足している。

きっとこれがぼくの天職だから。


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