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SS【砂人形】


十年前ほど前、ぼくはよく海へ散歩に出かけた。

海岸沿いの松林の中には数キロはある散歩コースが整備され、綺麗な砂浜や遠くの船を眺めながら歩いていた。

散歩にはもう一つ目的というか楽しみがあった。


雨が降っていなければいつも決まって砂浜にいる、髪もヒゲも真っ白な麦わら帽子をかぶったお爺さん。

そのお爺さんの創る作品を鑑賞するのだ。

砂と海水、数種類のコテを使って創る巨大な砂の彫刻は圧巻だ。

お爺さんは人間の姿を創る。

翌日、下手をするとその日のうちに崩れ去ってしまうかもしれない儚い宿命を背負っているせいか、よけいにぼくの目を惹きつけた。


ある時、お爺さんはぼくにこう言った。


「本当はね、こんなことはしたくないんだ。でも私にできるのはこれくらいさ」


ぼくは素晴らしいと思った。

よくある砂の城も見ごたえあるが、人の姿も悪くない。

表情が特徴的で、恐怖に怯えていたり歯を食いしばって何かに耐えている姿は、ある意味人間らしい。

お爺さんは作品を創ったあと、すぐに自分の手で壊してしまうこともあった。

聞くと苦しませたくない時はそうするらしい。

少しずつ崩れていくのは苦痛をともなうという。

ぼくには芸術家の考えていることはよく分からないと思っていたが、毎日通ううちに、お爺さんの秘密に気づいてしまった。

それからぼくは砂浜に近づかないようにした。


お爺さんのもとには毎日のように人が訪れる。

作品を見たり写真を撮りにくる人に混ざって、「依頼者」がやってくる。

依頼者は特定の人物の写る写真をお爺さんに渡して去っていく。

お爺さんはその写真を見ながら砂の彫刻を創りあげる。

写真の中には誰もが一度は目にしたことのある有名人もいた。

作品が崩れるタイミングで、必ずその「モデル」は亡くなった。

お爺さんにとって、砂の彫刻はワラ人形ならぬ砂人形のようなものだったのだ。

いや、もっと恐ろしい。

それは自分を恨んでいる人がいるという噂を知った人が、精神的に追い詰められていくような生優しいものではない。

完成してしまえば、作品を壊すことでいつでもモデルを死に至らしめることができる。

つまりお爺さんは殺し屋なのだ。

仕事を終えると写真は燃やした。



ある日ぼくは久しぶりに海岸を見にきた。

近づかない方がいいとは思っていたが、怖いもの見たさみたいなものもあったのかもしれない。

ぼくはお爺さんの創っていた作品を見て青ざめた。


ぼくだ!! ぼくの砂人形だ!!

正体を勘づいたぼくを消しにかかっているのだ。

完成した砂人形を蹴ろうとしたお爺さん。

ぼくは近くに落ちていたウイスキーの空瓶をお爺さん目がけて投げつけ飛びかかった。

馬乗りになり何度も何度も瓶で殴りつけた。

しばらくしてお爺さんは動かなくなった。


呆然としていると夕立ちがきた。

激しい雨にさらされる砂人形。

見る見るうちに形が変わり崩れ去った。



それでもぼくは生きていた。

術者が死んだことで呪いが解けたのだろう。

ぼくは血の付いた瓶を上着の内側に隠し、数キロ離れた海岸から投げ捨てた。


人を呪わば穴二つ。

お爺さんも呪う側の人間なら覚悟していたかもしれない。


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