珍しいジュース
テーブルの上に、ペットボトルが一本置いてありました。これは、まみこが今日コンビニで買ってきたジュースです。なぜか中身は大部分残っています。
「お姉ちゃん、おいしそうだから買ってきたよ」
まみこが差し出したペットボトルを、ゆみこは変なものでも見るような目で見つめました。
「あんた、また買ってきたの?珍しいものを見付けるとすぐに買ってくるのは、あんたの悪いくせよ」
「だって、とりあえず何でも試してみないとって思うんだもん」
学校を卒業し、仕事を始めたまみこは、仕事帰りにコンビニに寄るのが習慣になっていました。そして、珍しい新商品を見付けるとすぐに買ってきてしまうのです。
「とにかく飲んでみようよ」
まみこは楽しそうにペットボトルのふたを開け、ひとくち飲んだ後、無言でゆみこにボトルを渡しました。受け取ったゆみこもひとくち飲み、二人はお互いを見て大笑いを始めました。
「これ、ひどいよ、あんた」
「ひさびさのヒットだよね、お姉ちゃん」
二人はひとしきり笑いあった後、疲れてうたた寝を始めました。
二時間くらいたったでしょうか。目覚めたまみこは、洗面所に顔を洗いに行き、鏡を見たとたん、大声で叫びました。
「何、何なの、え、えー、いや~っ!」
驚いたゆみこも洗面所にかけつけました。
「うわっ、え、え、やだーっ」
二人の体は、かたい甲羅のようなもので覆われ、頭には角が生えていました。そして手は、かぎ針のように細く、先が割れていました。それはまるで、かぶと虫のようでした。いえ、かぶと虫そのものでした。あまりのことに、居間を駆け回った二人は、疲れてその場にうずくまりました。
「お姉ちゃん、あのジュースかな、あれのせいかな」
「でも、ひとくちしか飲んでないのにね」
ゆみこはペットボトルを見ました。大部分残ったままのボトルが、テーブルの上にぽつんと立っていました。
「すごくまずかったよね」
ゆみこはまみこにボトルを手渡しながら言いました。
「まず過ぎて笑い過ぎたよね」
ペットボトルには「これが本物スイカジュース~かぶと虫が好きな味を再現しました~」と書かれていました。
「どうしたらいいんだろ」
「ねえ、どうしようお姉ちゃん」
「これ、もしかしたら夢かも知れないよ。もう一度寝てみようか」
「寝られる?私だめかも。悲しくてどうしようもないよ」
「とにかく寝てみようよ、まみこ」
そう言いながら、ゆみこは泣いていました。まみこも泣き出しました。そしていつしかまた二人は眠ってしまいました。
テーブルの上には、スイカジュースのペットボトルがぽつんと残されました。よく見ると、小さな字で注意事項が書かれていました。
「このジュースは、かぶと虫の気持ちになるために開発されました。かぶと虫が好む、少し薄味に仕上げてあります。人間の好みには合わないかも知れません」
「このジュースを飲んであまりのまずさに大笑いすると、たとえ少量のジュースでも体に浸透し、かぶと虫そのものになってしまうことがあります」
「その場合、慌てずに再度ジュースを飲み、大笑いし、思いっきり泣いてみて下さい。元の体に戻る可能性があります」
「もしそれでも戻らない場合は、あきらめて下さい」
泣き疲れたゆみことまみこは、この注意事項に気が付き、もう一度ジュースを飲むことができるのでしょうか。暗くなった室内で、まだたくさん残っているスイカジュースの色だけが、明るく赤く光っていました。