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10冊目 『受動から能動へ』

現職時代、算数に関するかなりの量の書籍を読んできました。
その中で、私が最も影響を受けた本を一つ挙げるとしたら、迷わずこの本を選びます。

読むたびに、自分の目指す姿と、自分の現在地が分かる。
350ページを超える量の本なのに、気付くと一気に読んでしまっている。

ノンフィクションの実践本であり、理論書でもあり、単純に読み物として面白い。今回は、そんな私の大切な一冊に関する話です。

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新卒間もない頃。
膨大な業務に追われ、手応えも何もないまま、ただこなしていく授業。

子どもの曇る目。だれる態度。
このままでいけないのは、誰よりも私が分かっている。
ただ、それを変えるきっかけが見付けられない。
考えようにもどこから手を付けてよいのかわからない。
ついには、若手教師にとって唯一子どもを引き付ける手段であるはずの
エネルギーさえも切れかけた、見渡す限り薄暗がりの世界。

勤務校の校長先生に紹介され、読んだ本の数ページ。
子どもたちの目が、きらきらと輝いている教室。
子どもたちの思いが溢れ、エネルギーでパンパンになっている教室。

「こんな小学生の算数授業があるのか。」
「小説なのか?ドラマや映画なのか?」
そんな錯覚すらおぼえる衝撃的なドキュメンタリー。

初めて自分の理想の授業像が見えた気がした。
薄暗がりの中、だいぶ向こう側に少しの灯が見えた気がした。
そして次の日。
いつも通りの授業。
子どもの目を曇らせている要因がはっきりとした分、余計に辛かった。


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新卒5年が経過した頃。
授業中、少しずつ子どもが動くようになったと思った。
授業をするのが楽しいと思うことがぽろぽろと増えてきた。

賢い子たちや、学習に意欲的な子は、よくキラキラするようになった。
でも、それは一部の子だけであった。
一部の賢い子や意欲のある子の意見を大きく取り上げ、あたかも子どもたちみんなから生まれた課題のように全体に拡げ、数人の空中戦で終わる授業。

「私も意見言いたいのに、何言っていいのか全然分からないよ先生…」

静かに訴える目の存在にも気が付いていたのが、この頃の私の唯一の救いだったかもしれない。課題に気付きながらも、改善する手立ては見つからず、見て見ぬふりをする日々。

新卒間もない頃とはまた違う苦しさに悩んでいたとき、再び手にとって読んだ。『受動から能動へ』

やはり面白い。
正木先生と子どもたちが創り出す算数授業。
自分はこういう授業がしたいんだと、改めて目標の灯が見えてきた。

正木先生を目指して実際に授業をしてみる。『受動から能動へ』の中に出てくる正木先生の手立ての真似もしてみる。確かに子どもの「たい」が生まれるときはある。「これは能動の姿だ」という感触を得ることはある。

でも、本の中の子どもたちのように、私のクラスの子どもたちは動かない。
授業のねらいに向かっていかない。だんだんと、やはり数人の賢い子や、元々学習に意欲的な子たちだけが意見を言い、その他大勢の子たちは、ただの観客となり傍観者となり、次第に教室にはしらけた空気が漂ってくる。


なぜ正木先生の算数授業は、子どもたちがみな能動的になるのか。
なぜ、能動の姿が持続するのか。
なぜ、子どもたちの考えによって、授業のねらいに向かっていくのか。

なぜ、自分の授業は一部の子どもたちしか能動的にならないのか。
なぜ、能動の姿が持続しないのか。
なぜ、子どもたちの考えが空中戦になり、みんな納得しないまま授業が終わるのか。

分かりそうで分からない。

分かりそうで分からない。

薄暗がり、とは思わなかった。けれど、はっきりと焦点が合わないもどかしさがあった。

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10年が経過した頃だっただろうか。

正木先生が、札幌で開催された算数の授業研究会に参加された。
正木先生の講演会もあった。とても楽しみで、『受動から能動へ』をカバンの中に入れて、その講演会に参加した。

正木先生の主張は、そのときも一貫していた。
10年前に初めて『受動から能動へ』を読んだときの感動が、そこにはあった。子どもの内面に働きかけ、子どもたちと授業を創るのだという教師の覚悟。その覚悟を裏付ける絶対的な算数に関する知識と、授業を実践してきた経験値。子ども理解の深さとあたたかさ。

正木先生は何も変わらなかった。
そして、その話を聴いたとき、10年を経験した自分の授業観や子ども観、そして今自分が子どもたちと創っている算数授業の風景が、正木先生の話すそれとかなり近づいていっていることを実感した。

「自分のやっていることは、間違っていない。」

その日、家に帰ってからまた『受動から能動へ』を読んだ。

私のクラスの子たちが能動的に動いている具体的な姿がイメージできた。
明日の授業が、素直に楽しみだと思った。
よし明日、また頑張ろう。
世界は明るかった。

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この本の素晴らしいところは、はっきりしている。

読んだときの自分の力量や置かれた立場、自分の抱える課題意識にしっかりと寄り添ってくれる。だから、何をしてよいか分からなくても、何かしてみようとは思う。

答えが書かれているわけではないけれど、解決のための光を確かに射し示してくれる。だから、自分なりの答えを見付けようと頑張ってみる気持ちにさせてくれる。

どんなときも、「学校っていいな」「子どもと楽しい授業をしたいな」と思わせてくれる。だから、教師としてのエネルギーがまたそこで満たされる。


正木先生。本当にありがとうございました。
この本に出会えたことを心より感謝します。

『受動から能動へ 算数科二段階授業をもとめて』
(東洋館出版社)
著:正木 孝昌

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