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フレンチシードルの産地とAOC

フランスのシードルの産地をご紹介しましょう。フランス国内で年間9500万リットルといわれる生産量の39%がバス・ノルマンディ、次いで19%がブルターニュ、17%がペイ・ドゥ・ラ・ロワールとなっています。地図を見るとこの3つの地域は隣接していて、つまりフランスの北西部がシードルの名産地であり、国内生産量の75%を担っているということになります。ロワール地方ではワインも有名ですが、ノルマンディとブルターニュは一般的にぶどうの栽培には適さず、りんごには適した土地といわれています。気候は、ある程度の冷涼さが必要で、暑くなりすぎたり乾燥する土地はりんごの栽培には向いていません。そしてシードル造りには、シードル用の品種が使われています。これは日本で馴染みのないことなので、ピンとこないかもしれません。フランスではりんごは、生食用、加熱用、シードル用と用途によって使い分けられます。圧倒的にりんごの品種が豊富なのです。品種についてはまた別の記事で詳しく書きたいと思います。

シードルの産地の中でも、特に名産地といわれる地域

また、シードルはワインやチーズ同様にAOC(原産地呼称)制度で登録されています。これは、フランスではシードルが食文化として守られていることを表しています。AOC認定のものはその高い品質を認められ、他とは区別されるべき特徴があります。AOCとして、その地理的特徴を認定されるには、原材料(品種)とその栽培法、製造法に至るまで厳しく管理されています。

シードルとしてAOCに認定されているのは3ヶ所。バス・ノルマンディ地方のペイドージュとコタンタン、そしてブルターニュ地方のコルヌアイユです。ペイ・ドージュとコルヌアイユは1996年に、コタンタンは2016年に認定されました。いずれも何世紀も続く産地ではあったものの、AOCに認定するためには、学術的な調査による裏付けをとり、その特性を定義づけするために、条件、栽培方法、製造方法など具体的な規定を詳細に記載したカイエ・ド・シャージュと呼ばれる公式文書作りが必要です。そのためにコタンタンではたった9軒の小さな生産者達が、組合をつくり協力してデータを出し合って17年もの時間を費やしてようやく認定が下りました。3つの地域はいずれも、AOPとよばれる欧州連合の定める保護原産地呼称にも認定されています。

実際にはこの制度によって、メリットは消費者にも生産者にもあるといえます。消費者にとっては、類似的な製品の中から良質なものを見分ける安心と安全をわかりやすく表示しているラベルとして選択の目安になります。名前だけが似ている、製法や材料が異なる製品に惑わされることなく、本物の製品を見分けることができます。そして、生産者にとっては、品質はもちろん、栽培法から製造技術を含めたその高い水準を正しく評価されることで守られ、後世へ継承していくことができるのです。

AOCとして認定されているものの特徴について

シードルにおいては、例えばりんごの栽培方法。牧草地と果実の生産を組み合わせた栽培法は19世紀に発展しました。動物と植物が共生し資源を自然の循環に沿って利用していく栽培法です。高木栽培で樹木は少なくとも8mの距離を開けてあり、体系的に芝生が作られています。そのため家畜のための牧草、木陰などを提供することができました。しかし高木栽培は、低木栽培に比べて、実をつけるまでに時間もかかり、収量も少ないことなどから、過去50年間で大幅に減少してしまいました。低木栽培なら植えてから5年で実をつけはじめるのに、高木だと最低でも2倍の10年、また収穫量も少なくなるのです。かける手間や時間に対する生産効率を追求すると低木栽培が圧倒的に有利です。AOC認定の地区では、高木造りがまだ多く残っており、この栽培法を続けることで、環境や景観にも貢献しています。

その他に、地域ごとの伝統品種は、各地域ごとの特徴のひとつです。フランスだけでもシードル用品種が1000種、ノルマンディで300~400種と言われています。更に細かくいうと、もっと小さな地区単位で、昔からある独自の品種があったりします。AOCでは、その名に相応しい地域の伝統品種を特定して、栽培を義務付けています。希少品種の保護にも繋がっています。

果皮についた野生酵母のみの力で発酵させること、炭酸ガスを注入せずに、自然が生み出す発酵の泡を根気強く待つこと、他にも製造工程の細かい規定も審査され、それらを守ることによって、貴重なシードル造りの伝統や造り手が文化遺産として受け継がれていくシステムになっています。

視方を変えると、AOCに登録をしていない方が独自で自由な造り方ができるとも言えます。モダンとかコンテンポラリーと言われる造り方をする場合は、このような制度の範囲外でやることになります。シードルに関しては、他の果実を混ぜたり、独自で酵母を配合したりという取組みもあり、そのようなやり方で美味しいシードルを追求するという方法もまた素晴らしいものでしょう。AOCに登録している造り手というのは、「伝統を継承する」というミッションにコミットしています。それはその土地で何世紀にもおよび試行錯誤された結果、洗練されてきた古来製法というひとつのスタイルであり、文化です。りんごという果実を通し、大地のエネルギーを循環させ分け与えていただく大自然の恩恵という飲み物とも言えます。

AOCやAOPに登録されたことにより、その価値が広く認知されるようになり、地元の人々だけでなく国を超えて多くの人々に届くようになってきました。

近年シードルの価値は再評価され、ワインのようにヴィンテージを楽しんだり、様々な料理とのマリア―ジュも広まりつつあります。世界中の産地や造り手の個性を比べて楽しめる場所や機会も、少しずつ増えています。そんな中で伝統的なフレンチシードルという文化遺産にも触れていただける機会があるとうれしいです。

最後になりますが、ちょっと癖のある発酵食品というのは癖になりませんか?納豆や、チーズやナンプラーなども同様だと思いますが、最初は驚くような複雑な味と香り。実はわたしも初めての時はそんな驚きと共に伝統製法のシードルを味わいました。それまでに飲んでいたのは大量生産品で、自然発酵のものとは別物でした。自然の醸し出す味と香りはまさに癖になる、飽きさせない魅力がありますね。



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