『孤独の発明』 ポール・オースターに触れる
小説や詩を読んだ時に、抵抗なく心の中に入り込んでくる語や文があることは、誰しも覚えがあると思います。どこかで出会ったような、郷愁感みたいな、自然に心に入ってくるものです。
次の引用はポール・オースターが書いた『孤独の発明』の冒頭の部分です。はじめてこれを読んだ時、理屈や言語を超えて、まるで懐かしいものに出会ったように感じました。
引用部の英文は、「死」について一見ありふれた描写です。表層的には高校生でも読めるでしょう。
私が惹かれたのは、ポール・オースターの文体が発する詩的な美しさや、文章に漂う孤独感です。 ポール・オースターは詩人でもあり、狂気の孤独を抱えていると言われますので、作品の中に詩や孤独の雰囲気が織り込まれていても不思議ではありません。また、無駄のない、簡潔な文がみせる様式美を感じることもできます。
One day there is life. A man, for example, in the best of health, not even old, with no history of illness. Everything is as it was, as it will always be. He goes from one day to the next, minding his own business, dreaming only of the life that lies before him. And then, suddenly, it happens there is death. A man lets out a little sigh, he slumps down in his chair, and it is death.
"The Invention of Solitude" Paul Auster
ポール・オースターは翻訳者の柴田元幸さんのことを、「パーフェクトな英語、すばらしい人物」と評しています。私はペーパーバックで読み始めましたので、誤読しないように、柴田先生の達意の翻訳を参考にしています。ただ、ポール・オースターの人柄や息づかいを直に感じるためには、原文に触れたほうがよいのは自明のことです。
ある日そこにひとつの生命がある。たとえばひとりの男がいて、男は健康そのものだ。年老いてもいないし、これといって病気の経験もない。すべてはいままでのままであり、これからもこのままであるように思える。男は一日また一日と歩みを進め、一つひとつ自分の務めを果たし、目の前に控えた人生のことだけを夢見ている。そしてそれから、突然、死が訪れる。ひとりの人間がふっと小さなため息をもらし、椅子に座ったまま崩れおちる。それが死だ。
『孤独の発明』ポール・オースター 柴田元幸訳(新潮文庫)
"The Invention of Solitude"に出会い、最初のページを読んだ時、死のイメージが穏やかに実感として伝わってきました。
なぜ実感したかは、自分のことですが、うまく表現できません。読むのが遅い私に、ポール・オースターの文章の波長がピッタリだったのかもしれません。
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