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私は、ものごとのフロント部分を表現したいのでは?

さて、前回は「共通点は美しい」ということで、シリーズものやメタファーに言及し、自分は、

●物事に共通する点や構造を見て、面白がっている。
●限られたルールの中での変化や表現を楽しむ。
●共通点を見るという行為は、人の言語運用にも見られ(メタファー)、そのことにも面白さを感じている。

という整理をしました。
そのようなことを面白いと感じる理由はよく分からないのですが…
今回、面白いと感じる部分に別の視点を与えてみました。
すると、おぼえろげながら浮かんできたんですね。
私の原体験の中で注目すべき別のストリームが…

●いずれも、「表現すること」に焦点があたっている。

シリーズものがあるフォーマットに従いつつも変化や表現の変化をさせているのも、人がメタファーを使ってものごとをよく伝えようとすることも、キャッチコピーも、
いずれも「ものごとのフロント部分を表現すること」に焦点があると思います。
そしてもしかして私は、それらを享受して楽しむだけでなく、自分自身も「フロント部分を表現すること」が好きなのではないかと考えました。

「コピーライターになりたかったんでしょ?そりゃそうなんじゃないの?」というツッコミを頂きそうなところなのですが、今までそこに結び付けていなかった体験が他にもあることに今更気が付き、確信に近づいた、という感じです。ははは。

●中学受験の算数講師の経験

私は大学在籍中の4年間、ずっと中学受験に向けた算数の集団授業のバイトをしていました。
バイトの身とは言え、他人の、しかも未来ある子供たちの人生にすくなからず影響を与える仕事です。
1回40~50分の授業の中で、カリキュラムに遅れを取らずきっちりとその単元の原理を伝え、かつ、生徒が自分自身でそれが再現できるように(問題が解けるように)しなければなりません。

授業の毎回、
●1コマの構成をどうするか(導入➡原理を学ぶ➡アウトプット➡まとめ)
●授業の導入部分をどういう話にすれば生徒の関心を高められるか
●生徒にどんな問いかけをすれば、気付きを与えられるか
●わざとどんな失敗をして見せれば、生徒が気づきツッコんでくれるか
●問題の難易度をどんなグラデーションで上げていくと理解しやすいか
等々ということをひたすら考え続けていました。

まじ”ライブ”なんです、これ。
いい授業ができると、教室全体がものすごく活気づいて、理解度も高い。
一方で準備不足であったり、授業の導入や構成がうまくないと、お通夜状態となる場合も…
いい授業をすることは第一に生徒たちのためなのですが、一方で私にとっても何度でも再現に挑戦したくなる楽しいものでした。

このことは「ものごとのフロント部分を表現する」ことの大きな原体験の一つであったのかも知れない、と思い出しました。当時はそこまで意識や整理が及んでいなかったように思います。

※注釈※
表現することに興味があったのは、もっと以前の小中学生の頃だと思います。「キャッチコピー」に既に興味がありました。なので、算数講師の体験は初めての原体験ではないのですが、改めて強く感じた体験であり、n数が増えているという感覚です。

●伝えたことが、他人の喜びや楽しさになって見えること

表現するだけではまだ自己満足の部分がありますが、表現し伝えたことが伝わった相手にいい影響を与えたことが分かると、さらに嬉しい気持ちでした。算数講師の経験で、忘れられない出来事があったのです。
生徒の能力は様々です。要領のいい子もいればそうでない子もいる。とても要領がいいとは言えず、講師陣からも半ば”記念受験”としてレッテルが諦められていた子がなんと…

次回、このお話をしようと思います。ちょっと長くなりそうなので。笑

●今日のまとめ

と、言うわけで、私自身を知ることとして、好きなことについて別の視点を与えてみた今回でした。
自分自身が「フロント部分を表現すること」が好きなのではないか?と。
振り返ってみると、算数講師での授業作りも相当あてはまってたよな、という感じでした。

ではまた次回に。

おやすみなさい。

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