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明日のチケット(妄想ストーリー)


『土曜、行けたら行こうよ。』

『うん…。まだ行けるかわかんないけど。』


今週土曜は好きなバンドのライブの日。

気分屋の私に、粘り強く付き合ってくれる

古くからの友人であるヘムさんの面倒見が良い

穏やかな人柄だ。


ヘムさんのヘムは鉄のように強いメンタルを

リスペクトしているところとヘム鉄からとった

呼び名。


ヘムさんの強いメンタルは

時に共感は得られず氷の裁判官のように

批判や否定的にジャッジすることもあるので

こちらもそれなりの強さがないと

親しくはなれない。


結局のところ、似た物同士なのかもしれない。


ヘムさんと知り合ったのは

ティッシュ配りの日雇いのバイトをして

その日暮らし中の時だった。


顔にはアザがあって

汚くてシワシワの食べこぼしのシミがある

白いシャツとジーパン姿で現れて

普段なら絶対会話することもないような人。



なぜか、その日は

ヘムさんと話し始めてみると

懐かしさとカッコつけなくていい

妙にリラックスする自分がいて

『バイト終えた後、また来ていい?』

『18時に終わる。』

と答えていた。


ヘムさんとは週に一回、月に3回くらい

お互いの都合がつけば会って

夜景を見たり、デートらしいこともしたけど

特別何かする訳でもなく、

誕生日にショートケーキを🎂作ったり

庭の草むしりしてゴム手袋が破けてて

笑い合ったり、

トイレに入るタイミングが一緒で

同じ仕草で譲り合っちゃったり。

そういう時間の方が好きだった。


過去のいじめの体験から人への恐怖心

が強い私に、最近好きになったバンドの

ライブチケットを取ってくれた。


ヘムさんはいつも見守ってくれているけど

いつまでも過去のことでクヨクヨしてる

私をそのままにしてくれるほど甘く優しいだけ

の人ではない。



本当のところヘムさんは

私と一緒にいる理由は知らない。


ただ、ヘムさんは人から批判されても

ちょっとやそっとじゃ打ち負かされないくらい

私より厳しい環境で生きてきていることは

確か。


土曜の昼過ぎ、卵と牛乳に浸しておいた

フレンチトーストを焼いて食べると、

前にもあった、あの感覚が戻ってきた気がし

た…。



対人恐怖があるまま、ライブなんて

お祭り騒ぎみたいなイベントに参加するって

ことは私もヘムさんもそれなりに

ノリノリで腕なんか振っちゃって

踊っちゃってないと逆に浮いてしまうような

高いハードル。


ヘムさんだってとてもお祭り男ってタイプじゃな

いからね。

けど、ヘムさんは適応能力高くてその場は

なりきってやっちゃうところがある。

私の緊急事態にはいつも現れては

スーッと消えていく。




メイクを終えて鏡に向かって、


ヘムさんがまたいなくなることが怖かったけど

もう消えたりせず、信じられるような

自分に笑って、


『大丈夫。』

時々交代する人格をまだ上手く

コントロール出来ないけど


玄関の鍵を閉めて

ライブ会場へと向かうため

駅員も相変わらずいない無人駅に

歩き出した。

『18時には着くから。』

『了解。』

と言った声は、

ヘムさんは少しばかりの

嬉しさを押し殺したようなうわずった冷静さ

を装ったところに心があったかくなった。



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