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犬山翔太
2024年5月3日 14:37
今年の中日ドラゴンズは、不可思議な現象に悩まされています。開幕から16試合30失点。1試合平均1.88失点。17試合目以降12試合64失点。1試合平均5.33失点。16試合目までは大エース級揃いだった投手陣が、17試合目以降、2軍以下の投手陣に変貌してしまいました。投手陣のメンバーが大きく変わったか、と言われれば、ほとんど変わっておらず、まか不思議としか言いようがありません。一体、
2023年8月27日 13:46
監督落合が最も高く評価した新人 大島洋平2023年8月26日、大島洋平が通算2000本安打を達成した。プロ14年目でのスピード達成である。大島がドラフトで指名されたのは、落合が監督を務めていた2009年オフである。当時、2007年に日本一になった外野のレギュラーは、全員いなくなっていた。ライト:福留孝介、センター:李炳圭、レフト:森野将彦福留は既に大リーグへ移籍しており、李は自由契約が
2023年4月1日 21:01
『2023年WBC決勝で落合が高く評価したのは、ヌートバーの1塁ゴロ』2023年WBC決勝のアメリカ戦は、決勝戦にふさわしい緊迫した試合となった。2回表にアメリカがソロ本塁打で先制すれば、2回裏に村上宗隆がソロ本塁打を放って1-1の同点に追いつく。そこから1死満塁のチャンスを作るとヌートバーの1塁ゴロで2-1と勝ち越し。4回裏には岡本和真のソロ本塁打が飛び出し、3-1とリード。日本は小
2022年11月13日 23:15
自らが退場となることでチームを守った落合先日の「【公式】落合博満のオレ流チャンネル」で、落合が退場回数歴代3位だったことを知った。選手時代2回、監督時代6回の計8回。選手時代の2回は、いずれも守備中、セーフの判定に抗議した結果だ。落合は、選手・監督時代を通じて、審判とトラブルを起こしても何のメリットもない、という考えを持っていた。私は、選手時代に審判の判定に抗議しているのを見た
2022年10月15日 00:06
勝つためにプロ野球の華を犠牲にした落合落合は、就任1年目から勝つために様々な戦略を練り、他球団が思いつかないような作戦を実行に移した。Numberの雑誌『なぜ今、読まれているのか 似て非なる名将 落合博満と野村克也。』でも、それらのいくつかが赤裸々に語られている。私は、以前、落合がナゴヤドームで圧倒的に強いチームを作り上げるため、ナゴヤドームの使用球を飛ばないボールに変えた、という話を
2022年9月30日 23:06
落合の監督としての素質を見抜いていたのは川上哲治だった野球雑誌の『Number』が落合を取り上げていたので、購入してしまった。皮肉なことに、落合が中日の監督を退任して以降、年々落合への世間の評価は上がり続けている。誰が中日の監督やコーチになっても、落合の成績に近づくことすらできないからだ。今回、『Number』を読んで、私が強く印象に残ったのは、『異能の解説者はなにを観たか。』という
2022年9月24日 13:50
落合が中日監督時代のベストナインに選んだ投手は川上憲伸最近、落合自身が自らのYouTubeチャンネルで監督時代を数多く語っている。その中で私が注目したのは、中日監督時代のプロ野球ベストナインを選ぶこの動画だ。中日選手だけを選ぶのではなく全球団から選ぶとあって、他球団の選手も選出している。実際のプレーをあまり見てない選手を選ばず、好き嫌いでも選ばないところが落合らしい。その中で、落
2022年9月5日 18:40
荒木・井端のコンバートの真意は、ヒットを防ぐためではなかった落合野球の象徴とも言える荒木・井端のアライバコンビ。二塁手荒木、遊撃手井端だった守備位置を落合は、2010年~2011年の2年間入れ替えた。このコンバートは、物議を醸した。なぜなら、肩に不調を抱えていた荒木が二塁手よりも一塁から遠い遊撃手になったことで、遊撃のエラー数が増えたからだ。遊撃手2008年 井端 106試合 8
2022年8月24日 21:32
落合が32歳でたどり着いていた『負けない野球』「投手を中心とした守りの野球」言わずと知れた、落合が目指した野球だ。中日の監督に就任したとき、そう宣言した。そして、落合は、実際にそれを8年間貫いて、圧倒的な実績を残した。球史に残る大打者だった落合がいつからそんな考えを持つに至ったか。私は、おそらく現役時代の晩年か、引退後なのではないかと想像していた。しかし、最近、1986年の日本
2022年8月11日 21:46
荒木の8年間の奮闘を救った落合の言葉落合博満が監督8年間を総括して、野手の中で最も高く評価していたのが荒木雅博だ。打者としてなら荒木より優れた選手は、数多くいる。1番打者としての働きは素晴らしいが、早打ちやポップフライの多さを批判されることも少なくなかった。2010年には二塁手から遊撃手にコンバートされ、広い守備範囲を生かしたプレーを見せてはいたものの、肩の不調に悩まされ、エラーが増
2022年8月1日 22:54
キャンプ初日紅白戦の意図は、選手を見極めるためではなかったここのところ、『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著)に出てくる落合発言の所感を記してきた。これまで明らかにされてこなかった落合の真意が多く語られていて、いくつもの驚きがあった。今回、その最後として、監督退任前に落合がホテルの食事会場で荒木雅博に語った言葉を取り上げたい。落合が選手に求めたのは、試合の
2022年7月18日 11:30
落合が『嫌われた監督』の著者にかけた衝撃の別れ言葉『嫌われた監督』の著者鈴木忠平氏は、落合の監督退任と時を同じくして中日の担当記者を外れている。鈴木が落合にそれを伝えに行ったとき、落合は、こんな言葉をかけたという。鈴木は、そんな別れの言葉に衝撃を受ける。これまで「俺の話はしない方がいい」と言った取材対象者に出会ったことがなかったからだ。きっと鈴木は、当時から今までもそんな取材対象者
2022年7月11日 21:30
落合が監督就任時と監督退任時に残した全く同じ言葉これは、落合が監督就任時に選手たちを前にして話した言葉だ。そして、8年間の監督生活の最後、2011年日本シリーズ終了後に選手全員を前にして、落合は、こんな言葉を残している。驚くべき一貫性である。落合は、監督就任時、選手たちに個の成熟を求め、それが実を結んで退任するとき、その継続を求めたのだ。そんな落合の理念を読みながら、私は、選手落
2022年7月4日 21:16
第41章 情を捨て、理知を貫いた選手起用がもたらした栄光これは、荒木雅博が落合に、使う選手と使わない選手をどう測っているか尋ねたときの答えだ。落合が監督時代の8年間、掲げ続けた中日のスローガンは『ROAD TO VICTORY』。何があっても、一切変えようとしなかった。情より理知。リーグ優勝という栄光への道を歩むために、戦力として必要かどうか。それだけを基準に、選手を起用し続けたの