五十五話 黒歴史
プエルトリコへの道中、初日から派遣のガイドが一人飛んだ。翌日、もう一人が寝ている隙に飛んだため、最後の一人が飛ばぬよう葛西と松井は縄を括りつけた。どうやら、黄金卿に「適当に順次抜けていい。気付かれぬよう撒くように」と言われているようだ。
それでもエクアドルへ入る頃には、ガイドも腹を決めたらしい。「もう戻りようがない」と絶望の弁を述べ出した。葛西、松井とともに持ち合せのエメラルドを売って急場を凌ぎ、コロンビアの沿岸から筏を漕いでカリブ海に出た。
こうして葛西ら三人はプエルトリコに着く。そして、ペルー・インカ族のガイドをセコンドにして、飛び入りでLGBTQ世界タッグトーナメントへ参戦。葛西・松井組で優勝し、続くシングルスタイトルマッチで葛西が王者トムに挑戦し、激戦の末これも制す。
ニューヒーロー葛西の誕生に、自己顕示欲を刺激されたあきこが急遽リングに上がり挑戦することに。あきこの希望が通り、ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチが決まる。結果、すでに疲労困憊していた葛西が、あきこのおてんばストンピングからのマン繰り返しをまともに受け、カウント3を取られて負けた。
しかし、このジャッジに葛西は納得いかなかった。葛西自身、体力を温存しつつ、値打ちを付け、確実にカウント2.9で返したつもりでいた。ところが、あきこが仮の女であることを武器に、レフリーを味方につけていた。よって、残り0.1秒は四捨五入され、無きものにされたのだ。
セコンドの松井とインカ帝国の末裔が、猛然と抗議するもレフリーは受け入れず。それを尻目にノンタイトル戦ながら、あきこは喜びを爆発させている。
悪夢。
気持ち悪いほど悪夢が甦る。
ライブの良席確保の際の出来事。女を売って人脈伝手にしゃしゃり出る。
本人は隠匿してるつもりだが、頭隠して尻隠さず。本音では、自分で自分のことをイケてると思っているのがビンビン伝わってくる。
若くてイケてる女だから、優先されるべきという利己的な考えでいる。
そのことが何よりLGBT王者である葛西の気に障った。
「あきこよ、オメーは汗水垂らして、磯丸水産週7で働けぇー!!」
マイクアピールで、心の底からそう叫びたかった。
プエルトリコでまさかの人生の最大の汚点、最黒歴史刻んだ葛西。
傷心に浸る間もなく、トムが「今日は調子が悪かった。次やったら絶対勝つ!」と大見得切って再戦の挑戦状を叩きつけてきた。舌の値が乾かぬ内にとはまさにこのことである。
一行はフロリダに渡った。今度は挑戦者にトムを迎えた一対一の包丁ボード金網デスマッチが開催された。
この日、葛西はモチベが低かった。というのも、翌日親をブラジルに置いて久方ぶりに日本へ帰ることになっている。帰国したら、そうそうアメリカに来れるものでもないし、トムにベルトを置いて帰って欲しいと言われていた。勝ってもう試合をしないのに持ち帰るのも忍びないし、かといってわざと負けるわけにもいかない。故にどうにも踏ん切りがつかぬまま試合に臨んでいたのだ。
試合は、序盤いい勝負となり、応援もアメリカの客特有の足踏みする音が会場に轟く。しかし、中盤から後半にかけて、アメリカの包丁の切れ味が思いのほか悪かったことも影響し、盛り上がりに欠けるグダグダな展開に。ラストは時間切れ判定という、性紀のメインイベント、タイトルマッチらしかなる結末を迎えた。その上、明らかなホームデシジョンでトムが勝った。
「いやー、ありえんわ~」
「これはブーイングの嵐だろう・・・」
セコンドの松井とインカの末裔が言葉を交わす。
そんな心配をよそに、タイトルを奪還し、雄叫びを上げるトムに、会場では大LGBTコールが起こる。
「何回やっても勝つ!何度やっても何度目でも結果は同じだ」
腕を回してリング上を旋回するトム。しまいにはコーナーポストから金網の頂点によじ登り、包丁持って絶頂を迎える。客は下半身を露呈しており、トムと共に「虹のコンキスタドーール!!!」と絶叫した。
目の前で起きた尋常ならぬ現象に、松井とインカの末裔はドン退きする。
「今のアメリカでは、白人以外判定で勝てない」
理不尽な惜敗に葛西はうなだれ、そうつぶやいた。
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