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淡い記憶。

こんばんは。
前回もブログを見てくださった方、スキをくれた方、ありがとうございました。
私の書いた文が届いてるのだと思うと何だか少し繋がれているような気がして安心します。
前回のブログは過去を綴ったため、お見苦しい所が多々あったのではないかと少し不安です。

けれどそんな拙い文章でも、おそらく共感や応援でしょうか。
スキをしてくれる方が居ると励みになります。


今、高校生以降の過去も書き綴るか悩んでいます。
私を知ってほしい、哀れんでほしい、とかそういう気持ちは一切ありません。
ただ私は私の生きた証を何らかの形で残したい。
こういう人間も居たんだと思ってもらえたら。
現状が辛くても似通った境遇の人がもしこれを見つけてくれたらどう感じるのだろう、その人の目にはどんな風に映るのだろう。

今これを読んでくれてる君は、どんな気持ちで、何を考えて、何を感じて、どう思っているんだろう。


そういえば私は昔からずっと自分で何か決めることができません。
翌日の服装、メイク、進路、自分の意見さえ。
幼い頃から親に抑圧されていたのが原因なのでしょうか。
自分の意見や考えを人に言う時、言う前にまず真っ先に相手の態度を伺ってしまう。

HSPの特徴もあるのかもしれませんが、今は何らかのパーソナリティ障害を疑っています。
過去に主治医にも境界性パーソナリティ障害ではあるけど他のパーソナリティ障害も併発していそうだね、と言われたことがあります。
なので次回の心療内科で主治医に相談してみようかなと。

けれど今の1番辛い症状は離人症です。
どうすれば治まるのでしょうか。
また前の解離性同一性障害の症状が出た時のように丸1年の記憶が無くなったりするのかな、なんて考え始めると怖くて怖くて堪らないです。
けれど私はその頃に居た他人格と呼ばれる人達に感謝がしたい。

ぼんやりと覚えている未遂をした時の記憶。
真っ赤な血溜まりと、血で染まった服、ズタズタの腕。
その部分だけうっすらと覚えていて、死のうとしたのに今こうして生きているのは他人格の人が助けてくれたからではないか、と考えています。

その頃のことを思い出そうにも母は「忘れてるなら思い出さない方がいい」としか言ってくれず、私の中にある記憶は上のものくらい。
なにも、わかりません。


何だか今日は何が書きたいのかわからないブログになってしまいましたね。
長々とすみません。

今日も生きててくれてありがとう。
君も私も生きているからこうして文で繋がれるんだよ。
今日もえらかったね、頑張れたね。
また、読んでくれると嬉しいです。

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