これなら読めるぜ！現代語に訳して！「變な音」夏目漱石

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うとうとしていたら目めが覚さめた。
すると、隣となりの部屋へやから変へんな音おとがしていた。
最初さいしょは何なにの音おとかわからなかったけど、聞きいているうちに、わさびおろしで大根だいこんをすりおろしている音おとだと思おもった。
でも、こんな時間じかんに病室びょうしつで大根だいこんおろしを作つくる理由りゆうがわからなかった。
ここは病院びょういんだから、食事しょくじの準備じゅんびは遠とおく離はなれた台所だいどころでしかできない。
病室びょうしつでは料理りょうりはもちろん、お菓子かしさえ禁止きんしされている。
それなのに、なぜこんな時間じかんに大根だいこんおろしを作つくっているのか。
きっと別べつの音おとが大根だいこんおろしのように聞きこえているのだと思おもったが、それならいったい何なにの音おとなのかわからなかった。
周まわりは静しずかで、他ほかの患者かんじゃは誰だれも話はなしていない。
看護師かんごしの足音あしおとさえ聞きこえない。
その中なかで、この擦するような音おとだけが気きになった。
私わたしの部屋へやは元々もともと二間続ふたまつづきの特別室とくべつしつだったが、病院びょういんの都合つごうで分わけられた。
隣となりの部屋へやとは襖ふすま一枚いちまいで仕切しきられている。
襖ふすまを開あければすぐに隣となりの様子ようすがわかるが、そんな無礼ぶれいなことはできなかった。
この音おとはその後あともよく繰くり返かえされた。
時ときには5、6分ぷん続つづくこともあったし、すぐに止やむこともあった。
でも、結局けっきょくその正体しょうたいを知しることはできなかった。
隣となりの患者かんじゃは静しずかな人ひとだったが、時々ときどき夜中よなかに看護師かんごしを小ちいさい声こえで呼よんでいた。
看護師かんごしは優やさしい声こえで「はい」と返事へんじをして、すぐに起おきて何なにかしているようだった。
ある日ひ、医者いしゃが隣となりの部屋へやに回診かいしんに来きたとき、いつもより手間てまがかかっているように思おもった。
すると、低ひくい声こえが聞きこえ始はじめた。
それは二に、三人さんにんで話はなし合あっていて、なかなか進すすまないようだった。
やがて医者いしゃの声こえで「どうせ、急きゅうには治なおりませんから」と言いった言葉ことばだけがはっきり聞きこえた。
それから数日すうじつして、隣となりの患者かんじゃの部屋へやに人ひとが出入でいりする様子ようすが見みえたが、みんな静しずかに行動こうどうしていた。
隣となりの患者かんじゃもいつの間まにかどこかへ行いってしまった。
そしてその後あと、すぐに新あたらしい患者かんじゃが入はいってきて、入口いりぐちに名前なまえの札ふだが掛かけられた。
あの不思議ふしぎな音おとの正体しょうたいを知しることができないまま、患者かんじゃは退院たいいんしてしまったのだ。
その後あと、私わたしも退院たいいんした。
あの音おとに対たいする好奇心こうきしんも、いつの間まにか消きえてしまった。