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〈intoxicate 150 特別版〉ジョー・ロヴァーノ インタヴュー

ECMからの新機軸。
今もっともジャズの深淵を出すテナー・サックス

Interview & text:佐藤英輔

最新号のintoxicate150より、本誌およびMikikiには収まりきらないジョー・ロヴァーノ(Joe Lovano)のロングバージョンのインタヴュー記事を、noteにて特別公開いたします!Interview&textは佐藤英輔さん。

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©Caterina di Perri / ECM Records


 テナー・サックス奏者のジョー・ロヴァーノというと、ブルーノートのイメージが強い。彼は1990年以降近年まで、趣向を凝らした多くのアルバムを同社から出している。だが、一方で1980年代初頭から彼は助演者として様々なECMのアルバムにも関与してきた。そうした事実からは、アメリカ王道のジャズを提出するブルーノートとジャズのもう一つの美意識を体現するECMに無理なく関与できる、彼のヴァーサタイルな実力が浮かび上がる。そして、そんな名手は2019年からついにECMを通してリーダー作を出すに至った。2021年早々にECM第2作『Garden of Expression』をリリース、その風情と威厳に満ちた内容を確認すると、今こそ彼はジャズ・アーティストとして高みに入っているように思えてならない。かようなロヴァーノにこれまでの歩みや、彼が立つ“現在地”を問うた。


——これまでのキャリアを振り返ると、ターニング・ポイントのようなものはあったりするのでしょうか?

「成長過程においては、いろんな転機が起こりうるものだよ。特に、即興演奏家として、あるいは一生かけて音楽をいろんな人々とともに探求すれともなれば、常に新たな出来事や新たな始まりが訪れるものだ。だから、私は転機について常にこう言う。まず、1970年代バークリー音楽大学に通ったこと。1976年にはニューヨークへ移ったこと、そこでロニー・スミスやブラザー・ジャック・マクダフと演奏したこと、それからウディ・ハーマン・バンドに参加したことだね。それらは、決定的な出来事だった。ウディのところで3年過ごして、1980年代にはメル・ルイスのジャズ・オーケストラに参加したことは、さらに信じられないような出来事だった。そこには、1988年から1991年まで在籍し、ヴィレッジ・ヴァンガードで毎週月曜に演奏し続けたんだ。一方では、1981年にはポール・モチアン、そしてビル・フリゼールと演奏し始めた。ビルと私は、ポールが亡くなる2011年まで一緒に演奏していた。それから、1980年代を通してカーラ・ブレイのバンドで演奏もした。また、チャーリー・ヘイデンのリベレーション・オーケストラでは、このアンサンブルで東京にも行った。リーダーとしてレコーディングし始めたのは1980年代中期で、レーベルは(イタリアの)ソウル・ノートだった。一方、欧州ではエルヴィン・ジョーンズのジャズ・マシーンで演奏したりし、そのツアーのピアニストは板橋文夫だった。それから、1989年からジョン・スコフィールドのカルテットに参加して、マウント・フジ・フェスティヴァルで2回演奏し、そのまま日本をツアーした。1990年代は何度も日本に行ったよね。

 1990年からはリーダーとして、ブルーノートで録音し始めたんだ。また、1999年にはマッコイ・タイナーと演奏も始めた。ブルーノート発の私の九重奏団による『52nd Street Themes』は、2001年のグラミーを受賞した。そして、2001年にはバークリー音楽大学でゲイリー・バートンが始めたジャズ・パフォーマンス科の職を得た。現在もその職に私は就いている。今私が教えているのは、バークリーが言うところの“グローバル・ジャズ・インスティテュート”。ダニーロ・ペレス、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントンも一緒に教えている。それから、直近ではECMで自分のレコーディングを始めた。トリオ・タペストリーという、私のトリオでね。これが転機かどうかは分からないが、節目だね。私は常に新しいアイデアの進展、それを持続させてきたんだ」

——ポール・モチアンのアルバムに参加して以降、マーク・ジョンソン、スティーヴ・キューン、ジョン・アバークロンビー、スティーヴ・スワロウらのECM発のアルバムにあなたは参加してきていますし、マンフレート・アイヒャーとも何度も会っていることでしょう。また、最近もマルチン・ボシレフスキやエンリコ・ラヴァのECM作に参加していたりもします。そんなあなたはECMに対して、どんな印象や思いを持っていますか。

「昨年は、彼らの創立50周年だった。私にとって、ECMは、もっともクリエイティヴなレコード会社だということ。“ミュージック・オブ・ワールド”と言うべきものだね。ポール・モチアンとの初めての録音は『Psalm』で1981年に録音し、82年にリリースされた。それがマンフレートとの最初のスタジオ作業だったけど、とてもスピリチュアルでリラックスした、クリエイティヴ極まりないセッションだった。今まで、私がマンフレートとやったすべてのセッションはゲストとして参加してきた。その点、トリオ・タペストリーは、ECMにおける私のリーダーとしての録音の始まりだった。

 ブルーノートでは1990年から、25枚のいろいろなレコーディングをしてきた。ブルーノートにはブルース・ランドヴァルとマイケル・カスクーナ、それに東芝EMIの行方均さんがいた。彼らと一緒に作業するのは、ジャズや音楽、そして人に対する愛情と情熱を経験することだった。ブルーノートとECMの違いを言うなら、マンフレートはリサイタル・ホールの響きがあるところで録音することが多いし、ブルーノートと言えばナイト・クラブの響きが多い。だから、マンフレートが何を聴き取っているのかは分かっていた。ピアノとドラム、そしてサックスという(トリオ・タペストリーの)ベースが入らない編成は、音楽の作曲の方法や演奏法を私なりにまとめ、リサイタル・ホールのような空気感を捕まえることができた。ポール・モチアンとビル・フリゼールとのトリオは、1980年代初期からポールが亡くなる2011年まで、やはりベースレスのトリオで演奏してきた。ビルのギターはエレクトリックなサウンドで空間がそこにあり、私は私のやり方でそれをもっと発展させ、拡張させる演奏法を生み出した。そして、ピアノを使うトリオ・タペストリーにはさらなる空間があり、私たちはオーケストラのように演奏し、メロディやハーモニーの動きの中からリズムを作り出したんだ」

——そのトリオ・タペストリーの新作『Garden of Expression』も、マリリン・クリスペルとカルメン・カスタルディという前作と同じ顔ぶれで録られています。そして、静謐ながら訴求力に満ちるその仕上がりを聞くと、この3人でレコーディングするのは当然のこととも思えてきます。

「これが今の、この時期の私であり、一番大事な活動中のバンドなんだ。前作を出して以降、たくさんツアーしてきた。欧州では3、4度とツアーし、全米も回った。キャンセルになってしまったが、2020年にもたくさんツアーが計画されていた。この『Garden of Expression』は2019年の11月、3人のその年のツアーの最後にスイスで録音したものだ。ツアーを経てのものだから、音楽はずいぶん発展しているし、私たちの間でもよりしっくりくるようになった。コンサートのたびに今の瞬間を新鮮に感じ、とても刺激を受けた。ちょっと言っておきたいんだけど、最初のアルバム『Trio Tapestry』に、《Seeds of Change》という曲がある。今度の『Garden of Expression』では、いくつかの種子(Seeds)が花開いている。私たちはトリオとして音楽的に開花し始めたんだ」

——『Trio Tapestry』はニューヨーク録音でしたが、今回はスイスで録られています。それは、今作の仕上がりに影響しているところはありますか?

 「最初のセッションはニューヨークのスタジオでの録音だったから、ニューヨークの活気があった。それに録音スタジオという状況がある。一方、ルガーノはジニーヴァ湖があり、とても美しく、神秘的な場所なんだ。ルガーノのスタジオは小さなコンサート・ホールくらいの、リサイタル・ホールだった。レコーディング前日の夜に、コンサートを開き私たちはたくさんの人の前で演奏した。そして次の日、同じ場所で無観客のもとステージ上で録音した。私たちは昨晩にこの場所の音、ホールの感触に馴染んでいたので、とても楽だった。そのホールの空気感のおかけで、私たちはリサイタル・ホールにおける美しい佇まいを得た。そのセッションを終えてニューヨークに戻った際、私たちはヴィレッジ・ヴァンガードで一週間演奏したんだ。すると、同じ音楽なのに演奏が全く違った。だから、どこで演奏するかは、どう演奏するかに影響する」

——前作は全てあなたの自作曲で占められ、今作もそうです。トリオ・タペストリーのプロジェクトはあなたが素晴らしく詩的なソングライターであることもおおいに教えてくれます。曲はどんな感じで出来上がり、どんな感じでマリリンたちに伝えるのでしょう?

「他の2人のことを知り、曲作りのアイデアを着想しながら、長い年月をかけてレコーディングのために作曲する方法を会得してきた。例を挙げると、ブルーノートでの私のトリオのセッション、『Trio Fascination: Edition One 』(1998年)はベースのデイヴ・ホランドとドラムのエルヴィン・ジョーンズという、全く異なるトリオで録音された。そして、ベースとドラムとサクソフォンという彼らとの単位で演奏する曲を私は書いた。『Trio Tapestry』の時はあのレコーディング・セッションに入る前に、全てまとめた。『Trio Tapestry』から『Garden of Expression』に至るまでの間、つまり2018年の後半から今回の録音に至る2019年に、このアルバム全部の曲を私は書いた。曲を書く場合、私はツアー中なことが多い。演奏を終えた夜に、いろんなアイデアが沸き上がってくる。今作の曲は、その夏のダイアナ・クラールとのツアー中に全部作った。例を挙げると、ダイアナ・クラールと毎晩演奏している1曲に、《East of the Sun》というものがあった。ある晩ホテルに帰ったらいろんなアイデアが湧き上がってきて、新作に入っている《West of the Moon》を書いた。この曲を書いた時、ダイアナ・クラールの素晴らしい表現や毎晩のギグに刺激を受けていた」

——2作ともに、いい感じでテナー・サックスが鳴っています。今もっともジャズの深淵と味わい深いテナー・サックス音を表出できるのが、あなただと言いたくなってしまいます。ご自身の中でサックス観やジャズ観が変化してきているところあったりするのでしょうか。

「若い頃は、(サックス奏者である)父の演奏を聞いて育った。とても刺激された。父はチャーリー・パーカーやレスター・ヤングを聴いた。そしてジーン・アモンズとセッションしたんだ。つまり父のサウンドや演奏のやり方には、際立った美しさが備わっていた。大きくなるにつれ、父の演奏を耳にし、彼のコレクションと過ごし、偉大なミュージシャンたちを若い10代にして聞き、オハイオ州のクリーヴランドで演奏するようになった。10代の頃にはクラブで、ソニー・スティット、ジーン・アモンズ、ジェームズ・ムーディー、ローランド・カークを私は聴いた。若い私が受けた主な影響と言えば、彼らのトーンやサウンドだ。その後、ずっと素晴らしいサクソフォン奏者と共演してきたわけで、例えば(ウディ・ハーマン楽団時代の同僚の)フランク・タイベリーやチャーリー・ヘイデンと演奏するデューイ・レッドマン、マイケル・ブレッカーやデイヴ・リーヴマンとか大勢いる。それは私自身のサウンドへと発展していくのに役立ってきた。この2021年に感じるのは、個人的な表現方法をまだ探し始めたばかりであり、より美しいと感じるアプローチを開拓するその道中……。まだ道半ばだね(笑)」

——侘び寂びという、日本文化の美点とも言える佇まいを示す言葉をご存知でしょうか。それを、経験豊かで鋭敏なアメリカ人のあなたはジャズという様式を介して悠々と表出しているとも言いたくなってしまいます。そんな感想について、どう感じますか。

「そうだね、あらゆる事を受け入れることだと、私には思える。おそらくそうやって私はWABISABIを表現しているのかもしれない。私はこれまで、世界中の素晴らしい音楽家と共演してきたした。そのうちの一人は山下洋輔だ。私は彼のレコーディング 『クルディッシュ・ダンス』(Verve, 1992年)でフィーチュアーされている。また、他にも2、3作あると思うが、洋輔と共演すると何か特別なことが起きるんだ。それは、他人であるのに共演者の感情を互いに感じ合い、反応しているからだと思う。それはジャズの本質であり、共演者とともに今この瞬間に存在しようとする事を求める。私は幸運だと感じるね。私は自分の演奏法を独力で発展させてきたが、ひとりぼっちではない。これまで共演してきた全ての人がいろいろなアイデアや冒険を授けてくれたんだ」

——あなたはエスペランサを起用してツアーをし、彼女がメンバーに入ったアス・ファイヴというクインテットで『Folk Art』(Blue Note, 2009年)や『Bird Song』(同、2011年)や『Cross Culture』(同、2014年)をリリースしています。彼女はバークリー音大の教え子だったのでしょうか? 彼女のどんなところがいいと思い、起用したのでしょう?

「彼女は、バークリーで私のクラスのアンサンブルの一員だったんだ。2004年のことだね。2004年と2005年に彼女はボストンにいて、それからニューヨークへ引っ越した。その直後に、私たちはトリオで演奏し始めた。ドラムはフランシスコ・メラだった。彼女の最初の欧州へのツアーは、この私のトリオだったと思う。それから、私の新しいバンドであるアス・ファイヴを結成した。ドラマーが2人いて、オーティス・ブラウンとメラ。ジェームス・ワイドマンがピアノで、そしてエスペランサがベースだった。バークリーの私のアンサンブルで演奏していた時から、彼女はクリエイティヴで、とても美しい音色で楽器を鳴らし、またメロディへのアプローチは非常に成熟していた。彼女のベース・ラインはとてもメロディックだ。だから、アス・ファイヴを立ち上げた時、最初に電話したのは彼女だった。2人のドラマーと演奏するわけだから。彼女は2人のドラマーの間をものすごくクリエイティヴな方法で動いていたよね」


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〈CD & LP〉〈輸入盤〉
Garden of Expression

Joe Lovano(t&s-sax, Tarogato, Gongs)Marilyn Crispell(p)Carmen Castaldi(ds)
[ECM 3518721(CD)][ECM 352638(LP)] 4月上旬入荷予定


【掲載号】

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intoixcate 150 (2/20発刊)



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