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第6回 友人インタビュー「大型書店で働いていた話」3/全4回

(Fさん 2020年5月初旬)

インタビュアー田中友人インタビューシリーズの第6回。
数年前まで首都圏の大型書店にお勤めだったFさんのお話です。書店のお仕事のあれこれを、Fさんの7年間の経験からお聞きしました。

※インタビュアー田中の発言の前には──が付いています。
 付いていない発言はFさんの発言です。

※個人的な経験と記憶に基づいたお話です。事実、あるいは現状と異なる箇所があるかもしれません。

3日目となりました。本屋さんと言えば「フェア」と「POP」。書店員さんの腕の見せ所でしょうか。Fさんがスポットを当てて売れた本のお話も!

定番フェア・自由企画フェア

──書店でのフェアっていうのは、テーマに合わせて、おすすめ本を集めて、コーナーに置くというもの?

 そうですね。フェアのための棚があって、ずっと同じじゃいけないので、定期的に変えていくために、フェアの担当を持ち回りでやったりとか、できる人がやったりとか、そういう感じでした。

──いつも何かしらのフェアが張ってある?

 フェアの棚は常に何らかのフェアはやっていますよ。他にも、法律だったら、宅建士試験前の時期になったら宅建関連の本を売っていくフェアをやったり、教育書も毎年2月〜4月終わりぐらいにフェアって形でやってますね。
 そういった定番フェアもありつつ、それ以外にも自由な企画をやります。
 出版社さん提案のフェアもあります。出版社さんもあの手この手で売ろうとするので。

──Fさんの企画したフェアにはどんなものが?

 同僚と3人で、表紙にいい顔のおじさんが写ってる本をただ集めるっていうフェアをやったことがあります(笑)。

──(笑)面白い。 

いい顔フェア

 あと、10年ほど前にチュニジアを発端にした「アラブの春」っていう騒乱があって中東が混乱したり、その数年後イギリスやスペインなどで地域の独立運動が起こったりしていた流れがあって、僕は海外事情の棚を担当していたんで、それに関するフェアを一人で100点ぐらい本を集めてやったんです。一人でやったフェアとしては結構大規模です。それはやれてよかったなと、満足しています。

 また、これは他の人のアイデアですが、ちょっと怖かったり、グロかったりの、王道じゃない絵本を何人かで選んだフェアとか。どんな絵本を選んだのかもう覚えてないんですけども(笑)。

──絵本のフェアをFさんのフロアでやったんですか?

 そう。法律とか社会の本のフロアだけど、絵本のフェアをやった。ジャンルを超えてもOKという、そういう自由さはありましたね。もちろん担当ジャンルのフェアもやるべきではあるんですけども、まあ、自由に。

──フェアというのは、売り上げに直接的につながるんですか?

 うーん、フェアの本って案外売れない(笑)。

──雰囲気を華やかにするとか、売り場を活性化するみたいな意味合い?

 お客さんに来てもらうためのフェアなんで。フェアの本を売るためというよりかは、フェアによってお客さんを呼ぶみたいな感じですかね。

 うまい具合にすごく売れることもあるんですけどね。僕の知り合いがやった、書籍のタイトルをカバーで隠して売るフェア。

──あー!話題になって、いろんな本屋さんでやっていましたね。

 同じ書店の僕の飲み仲間みたいな人がやり始めたフェアで、確か、一番最初の文章だけを印刷したカバーを作って、表紙にかぶせて。タイトルとか作者名はすべて隠して、お客さんに直感で本を選んでもらおうという試み。あれは当たりましたね。

──すごく手間がかかりそうですよね。

 徹夜続きぐらいの感じでやってました。特にすごく売れたんで。

──大胆な企画ですよね。そういうのができるって楽しいですね。
  アイディアを思いついたら会議にかけてもらって決まるんでしょうか?それとも自分の担当時期になったら自由に?

 定期的に定番でやる分は決まっているけども、あとは誰かフェアやりたい人いない?みたいな感じで声をかけられたり、こういう感じのフェアやりたいんでいいですか?って、フロアの責任者に話を通してやる感じですね。会議まではしないかな。

──フェアタイトルの看板や装飾は手作りなんですか?

 自分で手作りもするし、一応、店内に作ってくれる人がいた。ただその人もデザイン専門というわけじゃないんで、表計算ソフトで作ってたりするような感じでしたけどね。大きい紙に印刷してくれたり。自分でもちっちゃいのをうまい具合に組み合わせてやったりとかもしてた。手描きでもよく作りました。

書店員のPOPは伝わる

──POP(ポップ)は売りたい本につけるんですか?

 これも本当に人によるんだけども、POPがあんまり棚にあると汚いから嫌だって人もいるし、出版社さんが作ってこられたPOPとかもあるのでそれを置いたりもするんだけども、書店員が手作りしたPOPの方がウケはいいんですよね。

※POP(ポップ)広告 小売店の店舗内に置く広告。書店内におけるPOPは、書棚の目に付く場所に配置し、客に訴えかける「本をおすすめするカード」。

──へえ〜!

 出版社が作ったのは、いかにも広告的なPOPなんで。わかるんです、見ると。それよりも書店の担当者おすすめですっていう方がウケはいい。もちろん書き方にもよるんで、まちまちなんですけど。

──ウケはいいっていうのは、売れるってことですか?

 はい、動きます、その方が。担当者が書いてるんだなっていうのが伝わるPOPの方が、お客さんは反応するかな。

──そういうお客さんの反応って、売り場にいればわかるものなんですか?売れてるなということだけじゃなくて、POPが目に止まってるな、とかって。

 まあデータを取ってたわけではないんで、基本的に肌感覚ですが。最近はPOPをもとにツイートされてることも。

──ツイートって、書店側でチェックしてたりするんですか?

 いや…、あ、チェックしてるかも。僕もPOPをほめられてうれしかった経験があるんですけど、それは上司が、お客さんがツイートしてくれてるのを見つけて、ほめられてたよって教えてくれたんで。

──それはうれしいですね。どういう本のPOPだったんですか?

 木村草太さんって知ってます?数年前からテレビに出るようになったシュッとした顔の憲法学者さん。まだ木村草太さんが2冊目くらいで、全然名前が売れてない頃の話なんですけども。
 さっき言った「憲法」の芦部信喜さんっていう憲法学の権威の弟子が高橋和之さんで、この人も有名な人なんですけども、木村草太さんはそのまた弟子みたいな感じなんですね。
 その情報を出版社の人に聞いて、それをPOPに書いた。すごい系統の秘蔵っ子ですよという内容のPOPを見たお客さんが、こういう情報が得られるのはさすがこの書店ならではだ、みたいな感じのことをツイートしてくれたみたいで。

──POPを書くときは、そうして出版社さんの情報を元にしたり、表紙とか帯とかを見たり、実際に読んだりして書くんですか?

 そんなに中を読む事はないです。でも大体、最後の結論の部分を見たり、目次を見たりして何が書いてあるかを把握して、帯とか、出版社さんの言葉から、こういうことが売りなんだなっていうところを書く

──出版社さんも直接書店に足を運ばれるんですね。

 はい、それは大きい書店だからっていうのはあります。

──取次が卸している本の出版社でも、来る?

 直接来てくれるから、新刊でも既存の本でも、取次経由じゃなく出版社に直接発注することもあります。入荷する時は取次経由ですけど。あ、出版社から直に入ってくることもあった。営業の担当者が手持ちで持ってきてくれることもあるし。これは多分、その書店が大きい取引先だからっていう部分も大きかったけど。

──出版社の人と話す機会は結構あるんですね。

 あります。書店員は出版社から営業(売り込み)されて、接待される立場です。出版社の人と飲みに行ったりとかも時々はしていました。

──うちの本を売ってくださいね、ということですよね。

 そうそう。

──じゃあ出版社の方が推してくださいって言った本にPOPを書いたり?

 すべての要望は聞かないですけどね。売れないだろう本はやっぱり置かないし。でもちゃんと出版社さんと親しくしておけば、いろいろな情報も入ってくるんで、仲良くすること自体は悪いことじゃないと思います。

うれしかったこと─良本発掘

 「亡命ロシア料理」という、1996年、今からだと20年以上前に出た本なんですが、内容がすごく面白くて、時々ネットでも浮上してくる本があるんです。ネットでちらほら出始めてた感じの時に僕も見て、面白そうだなと思った。全然僕の担当のジャンルの本ではないんですが、ロシアも関係してるし、海外事情というジャンルにかこつけて出版社に発注をかけて、読んでみたらやっぱり面白かったんですね。それで売り場に置くことにしました。

 そしたら出版社からも古い本なのにどうしてですかって聞かれて、ネットで話題になってて実際面白いんで売るんですよ、って言ったら、その出版社から見たことのない担当が来た(笑)。その人も面白くていい人で、打ち解けて話すようになりました。その出版社さん、それまであんまりしてなかったのに、ここからすごくTwitterを使うようになって、「亡命ロシア料理」を猛プッシュし始めました。

 さらに書店1階の話題書を置くコーナーにも置いてもらうようにしたら結構売れ始めて、最終的に出版社に70冊ぐらいあった在庫も全部くださいって言って入荷して。それも売り上げ好調で、出版社さんから「18年ぶりにその本の新装版を刷ることになりました」って連絡が来ました。それが一番面白かったし、醍醐味でしたね、書店員として。
 「亡命ロシア料理」は珍しく自分でも買った本です。

※「亡命ロシア料理」ピョートル・ワイリ,アレクサンドル・ゲニス(著) / 沼野充義,北川和美,守屋愛 (訳)/出版社;未知谷

本は高くて買えない

──ちょっと聞きたいのは、書店員さんでも、本はあまり買わない?

 好きな人は買うんだろうけど、書店員さんは給料が安いんで(笑)、いわゆる社割はあるけども、それでも本は高いんで買えない。基本的に本は図書館で借りて読んでいましたね。

──さすがに、お店に置いてある本を読むのはダメなんですか?

 家に持って帰って読むのはダメだし、仕事中にパラパラめくるぐらいはあるけど、仕事中に読み込めるほど暇じゃないんで、結論、読めないですよね。
 出版社さんからもらう事はありますけどね。売ってほしいから、読んでPOPや書評を書いてくださいってことで発売前のゲラの段階で持ってきてくれる人もいるし。出版社的に書店員の声が欲しいとかもあるみたい。

──そういうのは読むんですか?

 僕はあんまり読まない(笑)。なぜなら、興味がないのも多いですからね。棚担当していても、そのジャンルに興味があってやっていたわけでもないところはあるのでね。僕は海外事情とかはすごく好きなんですけどね。

聞き取り:インタビュアー田中

(4へつづく)

4/全4回「気難しいお客様 接客のこと」「売り上げの減少、出版社の自転車操業」「書店における左右のバランス」「書店員の醍醐味─面白い本を紹介する」

2/全4回「定番フェア・自由企画フェア」「書店員のPOPは伝わる」「うれしかったこと─良本発掘」「本は高くて買えない」はこちら

 ←1/全4回「棚担当(たなたんとう)」「在庫と補充」「取次さん」 「万引き、せどり、その対策」はこちら

「大型書店で働いていた話」全4回の記事をまとめたマガジンはこちら

ジャンルを超えてフェアを企画できるとは、面白いことができそうですね。私なら何するかなあ…インタビュー本フェアかな。
あ、「亡命ロシア料理」、すっごく面白いです。小気味いい断言の連続(笑)。

次回は最終回。「気難しいお客様 接客のこと」「売り上げの減少、出版社の自転車操業」「書店における左右のバランス」「書店員の醍醐味─面白い本を紹介する」です。お楽しみに!

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