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第6回 友人インタビュー「大型書店で働いていた話」4/全4回

(Fさん 2020年5月初旬)

インタビュアー田中の友人インタビューシリーズの第6回。
数年前まで首都圏の大型書店にお勤めだったFさんのお話です。書店のお仕事のあれこれを、Fさんの7年間の経験からお聞きしました。

※インタビュアー田中の発言の前には──が付いています。
 付いていない発言はFさんの発言です。

※個人的な経験と記憶に基づいたお話です。事実、あるいは現状と異なる箇所があるかもしれません。

4日目、最終回となりました。お客様との思い出、Fさんの担当棚ならではの本の配置の難しさなど。他では聞けないお話が満載。

気難しいお客様 接客のこと

──接客について、何か印象深い出来事はありますか?

 電話で頻繁に本の注文をくれるおじいちゃんがいたんですけど、電話口ですぐ怒鳴る感じの人なんです。店員が戸惑ったり間違ったりしたらすぐ怒鳴りつけるんだけど、まあその人も、コミュニケーションが苦手なんでしょうね。だからいつも決まった人に電話をかけてくる。
 前にそのおじいちゃん担当みたいになってた人がやめちゃった後、僕がたまたま電話をとって。最初は怒鳴られつつ対応していったら、僕が指名されるようになっていったんですけども、最終的にはその方、すごく柔らかくなって、「ごめんね、いつもごめんね」って感じになって、お歳暮とか送ってくれるようになったんですよ。「気にされなくていいですから」って言いましたけども。

──Fさんと心が通って「ごめんねごめんね」になったんですか?

 そう思いたいです。僕以外だったら怒鳴ったりはするけれども、僕が電話に出ると落ち着くようになっていった。

──辞める時には挨拶とかしたんですか?

 一応しましたね、その人には。
 本をたくさん買ってくれるお客さんだったというのもありますしね。たくさん買いすぎるんで、逆にこちらがやめたほうがいいんじゃないですかと言うぐらいに注文する。それは高いですし、こっちの方がいいですよみたいに言ったりもしていました。

──引き止められました?

 辞めないでとかはなかったけど、すごく残念そうで、気弱な感じでした。辞めちゃうのかあ…って感じで。

──他の人に引き継いだんですか?

 まあ、僕がお店にいない時もあるから、僕以外にも店員の名前を覚えていたんで、誰か他の人を指名するようになったんじゃないかと思いますよ。

 あとは…、やはり接客業のつらいところで、カスハラ(カスタマーハラスメント)、ありますね。僕はクレームつけられないほうなんで、そんなになかったですけども、こっちの物言いが悪かったということでクレームをつけられる事はすごく多くて、怒鳴ったりされます。
 こっちが何をしたわけでもなく最初っからそういうことをする人もいるんですよ。お会計の時にものを投げつけてくる人も居たり。そこに置いてあったボールペンとかね。いきなり怒鳴りから入る人もいるし。最終的に警備員を呼びます。怒鳴られて泣かされる女性店員もいますね。
 実は大変なお客さんなんて、毎日何千人とか何万人とかお客さんがいるうちのほんと一握り、一人二人なんだけども、一人二人のために非常に大きいストレスがあって、業務も滞る。たくさんお客さんが来るから、一人二人でも毎日そういう人はいるしね。

──Fさんのフロアには1日に何人ぐらいお客さんが?

 何人ぐらいなんですかね。僕はちゃんと知らないですけど、常時フロアに何人もいますよ。
 1日100人200人じゃないですよ、何千人単位で来てると思う。

──そんなに!?

 休みの日は特に。平日でも…売り上げが大体、200〜300万円…1フロアだけでね。

──えー!

 休日で500〜600万円。それはいかないとまずいよね、ってくらいです。もちろん単価が高いから売り上げも高いというのはあるんですけどもね。

──自分自身がFさんが担当していたようなフロアにそんなに行かない人間だからわからないけど、専門的なコーナーでもお客さんは多いんですね。必要な人は、Fさんが働いていたような品揃えがいい本屋さんに行くということか……。

売り上げの減少、出版社の自転車操業

──ネット書店が増えてくる中で、書店の売り上げは落ちていた?

 データを見ると、僕が書店に入る以前の2000年ぐらいから既に減少していってますね。バブル崩壊の影響も出てると思うんですけども。
 本って、娯楽費じゃないですか。不況だと真っ先に削られる出費でもあるし、人が本を読まなくなったらしいし、ネット書店の台頭もあるしで、原因は複合的なんだろうと思いますけどね。
 ただ、売り上げは減っているんですけども、新刊発刊数は多いんですよ。出版社はいわゆる自転車操業をしちゃってるんです。

──数を打ってということですか?

 本屋さんって特殊で、委託販売という形で本を仕入れるんです。まず、出版して、取次に納品した時点で出版社にお金が入る。だけど、委託販売なので売れなかったら出版社に返品される。返品されたら、そのお金を取次に返さなきゃいけないんですよ。
 だから、まず刷って売ってお金が入ってくる、当座はそれでしのぐんだけども、結局返品分もあってお金が出ていく。お金がなくなるからまた新しいのを刷って当座をしのぐっていう、いわゆる自転車操業、悪循環に陥ってるところが多い。そういう意味合いもあって新刊がたくさん出てるんですね。

──返品があるって結構厳しいですよね。

 ここも特殊で、書籍販売は再販制度(再販売価格維持制度)がある商売なんです。定価が決められていて値段を下げられない。その代わり委託販売で返品ができるようにしてるんです。
 その再販制度っていうのがいいのか悪いのかなんですよね。他のものと同じように定価販売じゃなくすると、売れ残ったら本屋もどんどん値引きしていく。そうなると、ちょっとでも古い本はすぐに店頭からなくなっちゃうんです。
 日本は値段が変わらないと法律で決まってる。だから結構古い本でもちゃんと棚に残っていることがある

──日本の取次というのも特殊なんですよね?

 そうなのかも 。でも問屋(取次業者)がないと、出版社も書店も無数にあるって感じなんで、ちゃんとつながらないですよ。書店の担当者が全部の出版社を見るのもできないし。

──取次があった方が書店さんは楽?

 楽。ただ、これからシステムが発展していけば必要なくなる気がしますけどね。自動でそういうシステムを組んでしまえば、各出版社と各書店をつなげて、ということができそうな気がするんで。

書店における左右のバランス

──Fさんがご担当だった「社会」ジャンルの棚は、政治・思想的な意味での“左右”のバランスが難しいということですが。

 いろんな立場の人もいるから、話しづらいところもあったりするんですが。
 ニュースで聞いたことあります?例えば内容が右翼的な本のサイン本を書店がTwitterで宣伝したら炎上した、とか。あと、右翼系の本を山積みにして、左翼系の本がちょっと少なかったのがツイートされて炎上しちゃう、とか。多分、単純に入荷してきたからたくさん積んだだけの話だったと思うんだけども。あそこは右の本がたくさん置いてあるぞって反応されるパターンが世の中結構あるんです。

 担当としてはもろにそういうところをやってたんで、バランスは大切だとは思ってたんですけども、最近の右系の嫌韓嫌中とかが激しいので、どっちかというとそういう右系の本ばかりがたくさん出版されてるんですよ。センセーショナルな感じの本で、ある意味程度というか内容が薄い本が多い。行間がやたら広くて、文字数が少ないような。
 左系の本は逆にそういう本に対する反論系なんで、どっちかというと学術的な本が多い。そうなってくると、右系の本の方がたくさん出ているしセンセーショナルで一般人にもわかりやすいしということで、目につきやすくはなるんです。新刊を普通に置いたら、棚が嫌韓嫌中の本や日本礼讃の本とかばっかりになるんですよ。
 なので、もう新刊とは言い難いけれども、もうちょっとこの左系の本は置いとくかみたいにバランスを取ってたりはしました。

 右にしろ左にしろ、こんな本を置くなんてどうかしてるって言う人は多いんですけど、僕的には、書店員が判断することじゃないと思ってるんです。それこそ言論の自由の話なんで、そういう本を置かない、本の良し悪しということは僕が決めることじゃない、読んだ人が判断することだと思う。もしくは法律に違反しているならば置かない。
 嫌な人にとっては置いてもほしくないかもしれないけれども、書店員が言論の自由に反するようなこともできないと僕は思うんで。
 小さい個人の書店さんが、店主の意見で僕はこういうのは嫌です、置かないですっていうのはいいんですよ。実際にそういう本屋さんもあるんです。僕も行ったことがあるんですけども、右系の本を一切置いてない。一見して店主の思いがわかるくらい。
 ただ大型店舗はね、そういうことやっちゃいけないだろうなって。

 でも、たくさん入ってきたからって二面三面にしてたくさん置くことはしないです。通常のルールに従って、あまり考えないで置くようにしてる。新刊でこれぐらいの出版社でこれぐらいの量なら一面山積みが当然だろうという場合は、一面山積みにする。
 しかもまあ、売れるしね。難しいところだと思うんだけども、一応売れるっていうことは世の中に求められてるわけですよ。そういう意味では、判断基準って、売れるってことかなとも思うし。新刊なのに大型書店に置いてないっていうのもおかしい話だし。

──右と左の本が離れて置かれていたら片方しか目につかない可能性があるなあと、隣同士に置いていた方が、バランスの取れた本屋さんに見えるのかなあって思ったんですが、位置は近いところに置くんですか?

 まあ棚としてもね、結局そんなに離れてないので。「社会批評」とか「社会評論」とかいう棚だったら、どっちともが入っているので。
 逆に右翼系の本の棚というのを作ってるわけじゃないんですけど、放っておくと各国事情の「中国」の棚のところに嫌中的な本が溢れ返ってしまう。もちろん真面目な中国の研究の本もあるので、そういう本をできれば長めに、売れないけども外さないようにするっていうバランスの取り方をしたりはする。それも多少僕の思想が入るのかなっていう難しさはあるけれどもね(笑)。悩みどころではありました。

書店員の醍醐味─面白い本を紹介する

──真摯にお仕事をされていらしたんだなという印象なんですけど、書店のお仕事は好きでした?

 うん。面白かったですよ。特に「亡命ロシア料理」っていう本が売れた時はすごくうれしかったですしね。

──本の発掘からされたんですもんね。

 今でもツイートのまとめにあるんですよ。昨日「亡命ロシア料理」に関するまとめを見てたら、僕の名前も載ってて、おお、と思って。いろんな著名人の書評とかの中に、なぜか僕の名前も紛れてた(笑)。

──日々のお仕事の中で好きだったのは?

 やっぱり、面白いと思うような本を、違うジャンルだとしてもどうにかかこつけて自分の担当棚に持ってきて置いて紹介すること(笑)。
 自分の中で好きだったのが「メキシコ麻薬戦争」っていう、それも自分で買った少ない中の1冊ですけども、メキシコの麻薬の悲惨な状況をドキュメンタリー的に書いているのがあって、それも自分でプッシュして、出版社の担当さんと仲良くなった感じですね。

※メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱 ヨアン グリロ (著), Ioan Grillo (原著), 山本 昭代 (翻訳)/出版社;現代企画室

聞き取り:インタビュアー田中

(終わり)

「大型書店で働いていた話」全4回の記事をまとめました

お読みいただきありがとうございました!
Fさんにしか聞けないお話の数々、とても興味深かったです。Fさんの7年間、ここにも珠玉のドラマがありました。これから書店に行くのが楽しみです。

     次回のインタビューもどうぞお楽しみに! 

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