音楽と凡人#18 "大学中退"

 大学を2年通い、1年休学したのち本来なら4回生になっている年の春に私は中退した。強い覚悟などなかった。大学に通うよりもバンドでスタジオに入る方が楽しかった。ただ目の前のことしか見えていなかった。この選択が間違っていたかどうかはこれからの私次第だろう。だいたいこんな人生を振り返るような文章を書くのは成功した人間のすることである。しかし良くも悪くもいつだって現在だけが答えである。それは簡単にどっちにでもひっくり返ってしまう。

 所定の用紙の退学という文字に丸をつけ、それを大学の事務センターに提出する。たったそれだけの作業であった。数ヶ月毎日勉強し、多くの時間と労力をかけて得た大学生という身分はあっさりと失われた。実感はあまりなかったが、カラオケに行った時、学割が使えないことに気づいて少しさびしい心持ちがした。

 大学を辞めてからはカフェでアルバイトをした。可愛い子が多い店だった。なかでもひとりとても好みの女の子がいた。背は高くないが顔は小さく、黒く丸い目に鼻筋の通った美人、おばあちゃんに別嬪さんねと言われそうな雰囲気である。長い黒髪からは清潔感と育ちの良さが溢れていた。仕事は早くはないが卒なくこなし、程よい頑固さも持っていた。私の1、2歳下で笑いのツボも似ていたので、休憩のタイミングがかぶると狭い事務所で賄いを一緒に食べながら話すのが楽しかった。

 ある日その女の子がディシャップ台を拭きながら、キッチンで作業をする私に「〇〇に似てるって言われないですか。」と話しかけてきた。その系統の顔が好きだという。ストレート過ぎて自分のことを話していると思わなかった。

 しばらく経ったある日休憩中に話している時に、もったいないと急につぶやくようにその子が言った。会話の流れから、おそらく私が大学をちゃんと卒業しなかったこと、就職せずにふらふらしていることについてだった。ため息まじりに小さく数回呟かれたもったいないという言葉には、含みがあるような気がした。彼女にも私にも交際相手がいた。大学を辞めた後悔はなかったが、一般的なレールからははみ出し始めているのだなとその時思った。

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