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『攻めのESGとマーケティング』(環境研究、マスクドニード)

 ESG投資に取り組む企業は、大きく2つのタイプに分かれる。それをベースにESG投資に対する私なりの考え方をまとめておく。

1)ESG推進部門をCMOの配下に置く企業(Chief Marketing Officer)
2)ESG推進部門をCROの配下に置く企業(Chief Risk Officer)

 意識しているかどうかは別にして、1)のタイプの企業はESG投資を「攻めのESG」として捉え、2)のタイプの企業は「守りのESG」と捉えている。具体的にまとめると、以下になる。

1)攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること
2)守りのESG=ERM活動や非財務情報を開示・エンゲージメントすること

 まずは「攻めのESG」についてまとめてみよう。
 CMOの配下にESG推進部門(サステナビリティー部門)を置く企業は、ESGの推進活動をマーケティングだと考えている。

【アメリカマーケティング協会】
 マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。

【日本マーケティング協会】
 マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。

【ドラッカー】
 マーケティングとは顧客の創造であり、究極的にはセリング(単純なる販売活動)をなくす事である。

【私の定義】
 マーケティングとは、顧客のマスクドニード(Hidden Needs)を満たす価値を創造し、その価値を伝達、配達、交換するための総合的な活動、およびプロセスである。

 【私の定義】にはマスクドニードという言葉を使ったが、これは潜在的なニードと呼ばれるものを指している。マスクドニードという観点で考えると、現在は問題として表れていない潜在的な社会課題の解決も含まれるということになる。
 ESGの「E」の環境を大切にしていることを明示化にするエコマーケティング、グリーンマーケティングではなく、社会課題の解決に取り組むことが顧客創造(Create a Customer)に直結するマーケティングを指す。
 ドラッカーが言う「自分で未来をつくること」(社会のニードが見つからなかったら、マーケットを開発し、そこへ売り込む顧客創造)ではなく、潜在的な社会課題を解決する方法を創造することがCreate a Customerとなる、という捉え方だ。

 さらに「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」を、私の定義するマーケティング視点で具体的に考察してみよう。

 この動画は2010年11月3日に訪れた「三分一湧水」で録画したものだ。山梨県の「三分一湧水」は筑後川の「山田堰(ぜき)」(アフガニスタンで中村哲医師が応用)に並ぶ、日本人の灌漑の知恵だ。

 八ヶ岳南麓標高1100m付近は湧水が多いのだが、下の台地に水田の灌漑に見合うだけの水量をまかなえる湧水や河川がない。江戸時代から労力と費用をかけて水路を作り、水を確保してきたのは、このためだ。しかし、どれほど労力をかけても、水が水田にたどり着くまでに、途中で水漏れがあったり、他の村に水を取られたりしまう。

 そして村同士の争いに。
 米を作る農家にとって水は死活問題だ。そこでひとつの湧水を3つに分割する「分水池」を作り、池の中央に「水分石」という3角柱の石をおき、水の流れすらも可視化し、公平に分配したのだ。「水分石」を少しづつ移動しながら3地域の人たちに納得してもらえる「公平に分配できる位置」に置かれたという。  『日本人の知恵「三分一湧水」

 八ヶ岳南麓(山梨県白州町)は水量が少ない地域なので、当時は以下のような問題が起きていた。

 実は、小川さんのご近所の方の井戸水はサントリー白州工場が稼働し始めた翌年から突然濁り出していた。ご近所の方は幾度かサントリーの社員と話し合ったが、社員から難しい専門用語で井戸の説明をされ、うやむやになったまま月日が過ぎてしまった。 『山梨県白州町への現地調査 報告 vol. 2: 小川さんへの工場の対応(2010-12-27)』(当時の状況の多くはYahoo blogにアップされていましたが、Yahoo blogが閉鎖された現在は閲覧できなくなっている)

 翌年の2011年11月10日にWeb広告研究会(現在の「デジタルマーケティング研究機構」)の企画で、サントリーの白州工場の見学会に参加した。工場を案内するのは当時のサントリー広報部の方々で、参加者はCANON、リコー、ソフトバンク、味の素などの日本を代表する企業のWebマーケティング関係者だ。一通りの説明が終わり、質問の時間があったので、1年前の三分一湧水の見学の体験から、以下を質問してみた。

 八ヶ岳南麓は三分一湧水が示すように昔から水が不足している地域。日本の法律では土地の表面の地下部分のみに権利があり、上流で取水を行うと下流の水は減ってしまいます。
 サントリーは近隣住民との摩擦が日本で一番予測されるこの地をわざわざ選んで、なぜ水工場を作ったのですか?

 この空気を読まない質問は周囲を凍りつかせてしまったが、当時の広報部の方に臨機応変な対応をしていただき、その場は収まった。
 しかし、長らくこの疑問は解けないまま私の頭に残ってしまった。

サントリー白州工場からの八ヶ岳

 そんなときに出現したのが、山田健氏だ。

 サントリーグループの事業活動は「水」に支えられています。お客様に提供している多くの商品は、いい水がなければつくることができません。その「水」がいつまでも安全で、おいしく、十分な量で次の世代にも受け継がれるように、私たちは水源涵養エリアの森を守る活動を行っています。それがサントリー「天然水の森」。事業の生命線である「水のサステナビリティ」を支えるこの活動を、私たちは基幹事業のひとつに位置づけています。 サントリーホールディングス(株)エコ戦略部 シ二アスペシャリスト 山田 健 「水のサステナビリティ」をめざした水源涵養活動

 この本が出版されたのは、初版2012年1月15日。私が三分一湧水を訪問したのは2010年11月。つまり、サントリーの白州工場で野暮な質問をしたのが翌年の2011年11月で、2012年1月にはこの本によりすべての疑問が氷塊したのだ。

2010年:三分一湧水へ
2011年:Web広告研究会でサントリー白州工場見学
2012年:「水を守りに、森へ」が出版された

 宣伝部の山田健氏の会社への自発的な提案は以下。

 地下水という天然資源に全面的に頼っている会社が、資源の持続可能性を守るのは当然の義務だろう。だったら、その義務を『基幹事業』のひとつとして、粛々と果たしましょうよ、というプレゼンテーションにしたのである。この精神はいまも変わっていない。活動の広がりとともに、『副産物』として、社会貢献的な側面も広がりつつはあるけど、その本質は、やはり『やるべきことを、当たり前にやりましょう』という姿勢にある。 山田健『水を守りに、森へ』(筑摩選書)

 そして、生まれたコピーが「水と生きる」だ。

 山田健氏の生まれた町には、「湯の河原」という名前のついた温泉の流れる川があったそうだ。明治時代に、井戸を掘削する技術が入り、川の湧き湯のすぐ上流で、一軒の宿が温泉井戸を掘り始め、水脈のすぐ上の井戸から湯を抜いてしまった。川の湧き湯は涸れてしまい、以後「湯の河原」はただの「水河原」となってしまったとのこと。当時、小学6年生だった山田健氏は「だったら、町名を変えなきゃいかんだろ」「バッカじゃないの」と思ったという。

 私が、八ヶ岳南麓(白州町)の上流でサントリーの工場が大量の水を取水すると、下流の人が困るのではないか、と質問したことと同じ気持ちを、小学6年生の頃から抱いていたのがサントリー宣伝部所属のコピーライター山田健氏だったのだ。

 山に降った雨水は数十年、あるいは100年単位で地下水となるが、海の水は地球の自転からの大きな海流で南極や北極に到達し冷やされ比重が重くなり、深く沈み込み海洋深層水となり、およそ2000年かけて世界中の海洋を移動する。
 その海洋深層水には未知の酵母が存在し、それらを化粧品などに応用しようとしている企業、海洋深層水から養殖事業を行う企業、海洋深層水と表層の温度差から発電や冷房インフラとする企業など、海の水をサステナビリティーに活用するビジネスもある。 『久米島の沖縄県海洋水研究所と新産業

 つまり、サントリーなどの企業は「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」に取り組んでいるということになる。
 そして、それは副産物として社会貢献的な側面もあるのだろうが、どの企業にとってもそれは基幹事業だ。

 マーケティング的にもエコマーケティング、グリーンマーケティングのような表面的なものでなく、顧客のマスクドニード(Hidden Needs)を満たす価値を創造している。
 CMOの配下にESG推進部門がある企業のESGに対する捉え方は、特に「E」に対しての社会課題解決を本業に直結させていることが特徴となる。

 では次に、経済学者である宇沢弘文氏の「社会共通資本」という観点からも「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」を考察してみよう。

 社会的共通資本は、1つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の3つの大きな範疇にわけて考えることができる。大気、森林、河川、水、土壌などの自然環境、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの社会インフラストラクチャー、そして教育、医療、司法、金融制度などの制度資本が社会共通資本の重要な構成要素である。 宇沢弘文『社会共通資本』(岩波新書) 

 制度資本はESGの領域ではないので省きますが、社会インフラストラクチャーとして電力会社のESGを考えてみよう。

 最近、RE100に加盟する日本企業が増えてきた。
 加盟企業は自然エネルギーで作られた電力以外を購入しないため、原子力発電、化石燃料により火力発電などで作らた電力はRE100加盟企業にとり不要なものだ。

 RE100は、世界で影響力のある企業が、事業で使用する電力の再生可能エネルギー100%化にコミットする協働イニシアチブです。再生可能エネルギーの活用は企業の排出削減目標の達成につながり、広範囲なエネルギーコスト管理を可能とするため、賢明なビジネス上の判断と言えます。RE100 には、情報技術から自動車製造までフォーチュン・グローバル500 企業を含む多様な分野から企業が参加し、その売上合計は4 兆5000 億米ドルを超えています。

 RE100に加盟した企業がESG投資家からの評価が高まり、化石燃料の変動リスクを回避、あるいは、同じRE100に加盟する企業との新規取引が開拓しやすくなる。

 つまり、RE100に加盟する企業は、RE100をマーケティングに最大限活用することが、ESG投資を重要と考える企業のマスクドニード(Hidden Needs)を満たすことになり、顧客創造につながる可能性が増すわけだ。

 社会的共通資本としての自然環境は、ESG投資家への統合報告書を考察する国際統合報告評議会(IIRC)では資本を以下の6つで考えることで、位置づけを明確化している。

The Six Capitals

1)「財務資本」「製造資本」「知的資本」「人的資本」⇒ 従来企業が扱ってきた資本
2)「社会・関係資本」⇒ コミュニティ、ステークホルダー・グループ、その他のネットワーク間などで情報を共有する能力。
3)「自然資本」⇒ 社会共通資本

 宇沢弘文氏は、自然環境は経済理論でいうストックの次元を持つ概念とし、自然環境を構成する希少資源の多くは、生産、消費などの経済活動に不可欠な要素で、自然環境が経済的役割にフォーカスすると、自然資本と表現できる、としていう。

 この動画は、自然資本を分かりやすく表現していることで有名なものだが、問題は自然資本を財務会計的に計算することが難しい点だ。

 しかし、2007 年にドイツのポツダムに G8 の環境大臣が集まった場で、独メルケル首相が、自然の、生物多様性の価値をもっときちんと測りましょう、と提唱したことがブレークスルーとなった。

 ”測れないものは、守れない!” 独メルケル首相

メルケル元ドイツ首相

 そこで、フランスのケリング(グッチ、プーマなどがブランド)は自然資本をビルトインした自然資本会計(EP&L)を発案した。

 ケリングが素晴らしいのは、EP&Lの方法をオープンソースの形で提供し、他社が活用できるようにすることで、環境会計に関するグローバルイニシアチブのNatural Capital Protocol(以下、NCP)と共に自然資本会計の更なる発展を支援していこうとしていることだ。

 ここまで「攻めのESG=社会課題に対するソリューションを事業を通じて提供すること」を解説してきたが、「守りのESG=ERM(エンタープライズ・リスクマネジメント)活動や非財務情報を開示・エンゲージメントすること」についても「守りのESGとエンタープライズ・リスクマネジメント」と題し、別にコンテンツをまとめてある。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。