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中小企業でエンジニアをしていた32歳がベンチャー企業のプロダクトマネージャーになって1年経った話

こんばんは。いのでーです。

普段は出来るだけ読んでくれる皆様の参考になれば良いと感じている記事を2,000文字程度でまとめるようにしているのですが、タイトルの通り今まで中小企業でエンジニアを実施していた私がベンチャー企業にプロダクトマネージャーとして入社して1年経ったので、たまには自分語りをさせて欲しいと思い記事を書きます。

きっとボリュームもいつもより多くなると思うので、離脱するなら今のタイミングですよとお勧めをしつつ、早速本題に入ります。
(内輪ネタが多いので自社の人と、これからプロダクトマネージャーになるんや!とかエンジニアとして俺は転向するベきなのではという人に読んで欲しい記事になります)


いのでーの経歴の話

まずはここから行こう。私は新人より中小企業でエンジニアを実施していた。

エンジニアとは言ってもインフラエンジニアで、出向先のオンプレートサーバーにLinuxをインストールして、Oracleを設計して導入する仕事やストレージのセッティングなどを実施していた。俗に言うSESである。

今やなかなか使われていない技術だが表領域をどこのディスクに乗せるかなどの設計をしていた。(更新や参照が多い表領域にはRAIDを組んでパフォーマンスを上げるのだ。信じられんやろw)

その中で出向先のチームリーダーを実施することが多く3年目(多分25ぐらい)から40~50代のメンバーを5~8人程度抱え、出向する先々でトラブル案件の火消しを1年〜2年実施して次に移るという仕事をしていた。

エンジニアとしては、正直レベルが低かったと思う。誰が何を知っているのか?誰が何を決めれるのか?と言った、ヒューマンスキルだけでいく先々の案件を終わらせて行っていた。

これが6年ぐらい。

もちろん働き方に違和感はあった。
今でこそ有りえないが、シンデレラボーイと読んでいたが(キンプリでは無い)、出向先に入館する際に土日は出向先社員の出社が必須だったので調整がハードになるため、日曜日の終電で会社に向かい0時を跨ぐと申請がなくても入館ができたのだ。(深堀するといろいろトラブルになると思うのであとはお察しください笑)

その時の私は、自分の現場では運用が回っているのに別案件ではトラブルが起きているとかがほとんどで、出向先とは言え『会社のお客様なのに同じサービスを提供できていないのはおかしい』と思って、工数として人を提供するビジネスであり、つまり人の質を上げれればサービスが一定の品質で提供できるのでは無いかと考え、社長に交渉して採用マネージャーとして部署異動をしてもらった。

異動してすぐに、採用の方式を変え、大学に突入して就職課の方と仲良くなって、中小企業で合同説明会に呼んでもらったり、直接声をかけてくれるなど実施した。

他にもWebサイトにも力を入れ(予算を積んだだけだが)中小企業には集まらないような良いと思う新人を入社させたりした。

答え合わせをすると、入社した新人強すぎて現場教育ができずに先輩を潰してしまい、仕事はできて顧客の評価も高いのだが、社員が誰もコントロールできなくなってしまったと言うオチもある笑

とまぁそれからJavaを書いたり、会計パッケージをやったり、ITコンサルをやったりして、どこの職場も自分の本当にやりたい
・顧客を幸せにする。
・メンバーを幸せにする。
・会社を幸せにする。

仕事ができていなくて、転職をした。


転職活動はエンジニアで挑んだ話

転職活動の中で、今までは委任契約の工数のビジネスに携わっていたのだが、自社サービスを提供している会社に勤めれれば、顧客本位で仕事ができるのかと考え、自社サービスを提供する企業を受けていた。

この時の希望職種はエンジニアである。

しかし、どこも惨敗である。

なぜかと言うと、私はRailsなどのフレームワークも使ったことがなくAWSのようなクラウドサービスも使ったことがなかったのだ。

今考えるとそんな32歳は私なら採用しないと思う(笑)

SESの内定はもらっていて、それでも転職活動を続けていた。ラストの1社が今の会社である。


これは不幸中の幸いもあったのだが、その当時リクなんとかさんのエージェントにお世話になっていて、「PMの職種で募集がありますよ!」と話をいただき、「おお、PMならエンジニアの延長線や!!」と思ってPM枠だったがチャレンジしてみようと思って今の会社の採用試験を受けた。
(だから、絶対にnoteの1発目は下記の記事と思っていた笑)


人生を変える1次面接の始まりである。

面接担当は1名、開発部副部長(現在の上司)

面接の流れとして自己紹介と志望動機で、想いを伝え面接が始まった。

多分これが5分〜10分ぐらい

すると上司の口から、


『あ、この求人エンジニアじゃ無いよ』


リクなんとかさんに意向は伝えていたので、そう言う求人だろと思い込んでいた私は言葉を失った。
会社が出した求人は「プロダクトマネージャー」で、私が『プロジェクトマネージャー』と完全なる勘違いをしていたのだ。


『あとの時間どうしよっか。』

と言うことで、職種の内容を聞き自分の経歴を語ったあとは、
全力で自社サービスのエンジニアになるためには自分は何を勉強すれば良いかを聞いた。多分1時間では足りなかったと思う。

これはSESで働いたとしても勉強して絶対自社サービスのエンジニアになると決めていたからだ。

そんなこんなで面接を終えたが結果は『合格』

後から聞いた話で全てを語ってくれる上司では無いが、
『なんか、やり切ってくれそうだから』が合格の理由である。

それから、プロダクトマネージャーの本を買って帰り2次面接までには全部読み切ってトントン拍子で内定となった。

多分この本も良かったと思う。
『世界で闘うプロダクトマネジャーになるための本 トップIT企業のPMとして就職する方法』

そんな転職活動を終え、晴れてベンチャー企業のプロダクトマネージャーとして、入社をしたわけだ。

入社して実施してきたことの話

入社して1ヶ月経ち私は新規機能開発のディレクションを任され働いていた。

最初に担当した案件の話をすると、自社サービスでは珍しく何度も方向転換を繰り返して顧客に半年近くはサービスを提供できていない機能だった。

ただ、ここで今でこそ言えるがMVPでは無い開発が実施されていたのだ。

本当にこの機能まで作らないと顧客に価値を提供できないのか?そこまで時間をかけて実施する機能なのか?などを考え、入社1ヶ月時点でCTOに『ここ落としても良く無い?』と話をしていた。

無事にくすぶっていた案件を絞りにいって、終わらせることができた。(実際に顧客からの要望はないので本当にいらない機能だったんだと今は思う)

次の案件は、現在の目玉であるオンラインの教育機能である。

オンライン教育機能は完全に新しいものかつ、自社初のマイクロサービスであり、Openβ版も会社として初の取り組みである。
色々事情はあるが多分これも『やり切ってくれそうだから』でアサインされたんだと思う。

結果としてこれが良かった。

最初はチームなんてボコボコだったが、案件立ち上げのノウハウを学ぶことができた。
それとは別にCTOと顧客のヒアリングに挑んだ。

半年前なんてそもそも自社サービスも細かいところまでは知らなくて、話できるかな?と思ったけど、前のITコンサルの時に小売のことはちょっとかじっていたのでそこから顧客と会話することができた。

実際に顧客の声を取り入れ、Openβは現状は成功している。
アーリーアタプターである顧客に使い方を聞きながら機能改善や開発を最速で回しながら(β版だからできた)、今月には正式リリース予定である。

一緒に頑張ってくれたチームメンバーや顧客には感謝しかない。

実際にデータの伸びもβ版としては中々の使われ度合いで推移している。


あとは業務外の話なのだが、グロービズのクリティカルシンキングに通わせてもらったのも非常に良かったと思う。

そもそも、今までの業務はキアコンで乗り切ってきていたため、人に伝える能力は独学の気合だからあまり上手く無いし、思考も微妙だったと思う。

それがクリシンを学んで、多少人に何かを伝えるのが億劫では無くなった。

実際にクリシンも終わってみると、知識体系を学んだことはないだけであって上位15%のA評価であった。(その授業で上位3名)


そんな経験を重ね、今は既存のプロジェクトマネージメントを実施しつつ、新サービスのプロダクトマネージメント(企画/検討/コンセプト検証/プロジェクト推進)を実施している。

また、プロダクトのロードマップや会社の方針にも影響を与える事ができていると思っている。これは前の記事にも書いた通り、
・顧客を理解して
・論理的に会話ができるから

だと思う。これは1年で大きく成長した部分である。


今振り返って思うこと

と書いたように、1年で色々あった。

結局どうなのと言う話をしようと思う。

自分の転向は正解だったと思う。

論点はいくつもあるが、1番思うことは

『自分に今の仕事でご飯を食べていく自信がもてた。』

これが一番大きい。

今までの自分は顧客に気に入られて食わせてもらっていた。
そのためにエンジニアであっても、ゴルフもしたし簿記やFPの勉強をしたり業務と関係ないところで戦っていた。

今はプロダクトマネージャーと言う仕事が無くならない限りそこで戦おうと考えている。

純粋にプロダクトマネージャーとして顧客の課題や背景を考え、サービス開発が楽しいのもあるが、
『スキルが高く自分が進みたい方向に進んでいる人たちの中で戦える能力』と感じたからだ。

どう言うことかと言うと、中小企業のエンジニアだと自分がアッパーであり、周りには自分よりできるエンジニアやマネージャーがいないと思っていた。

しかし、ベンチャーは違う。

後ろ盾があるわけでもないし、厳選された人たちが会社が目指す世界観に集まっているのだ。

正直、自分からみると皆凄い人たちばかりで一緒に仕事が出来ているだけ光栄な環境なのだ。
(トップの絵は2月にコロナ前に界隈でもトップクラスのエンジニアとトップクラスのSREと旅行に行った写真w)

その中でも、プロダクトマネージャー/プロジェクトマネージャーとしては自社で最前線を走っていると思う。

もちろん荒々しいので抜け漏れはあるが、それでもプロダクトの方針を決め、会社の方針にも口を出して影響力を出せて顧客のために動けているのだ。

弊社は10→100のグロースフェーズだが、周りができる環境においてそこに貢献できていると感じるのだ。

自分のエンジニアとしてスキルに自信がないだけの自分だったが、自分に自信が持てたのは大きかった。

失ったものもあったが、人間にとって未来に希望があることは本当に良いことだと思う。

なぜ、転向しても戦えたのか

めっちゃ良いことばっかり言ってる感じになってきたが、ここで核心に戻りなぜ自分が転向しても戦って行けたかを分析してみたいと思う。
(抽象的な話なので具体的なアクションが聴きたければFB欲しい)


【マインド】

前にも書いた通り、自分は仕事を通じて自分の周りにいる人たちが喜んでくれるのが仕事の1番の目的である。

そうやって考えるとプロジェクトをどう言う形であれ前に進めるしかないと考えるようになるわけで、その推進力は今のフェーズにはとても必要な力になったんだと思う。


【思考】

自分はどちらかと言うとプロセスに従って実施すると言う思考ではなく、対面する人が困らないことなどの、現場思考である。

答えは現場にあると思っていて、開発の現場や顧客の話や他部署の実態に突っ込んでいくことができた。

そこから改善案が見つかることも非常に多くあって、自分に足りないベンチャー企業・自社サービスの知識をカバーすることができたと思う。

決してコミュニケーションスキルが高いとかではなく、思考があったからコミュニケーションという行動をとっただけだと思う。


【スキル】

ここは箇条書き

・システムがどうやって動いているのかは知っていた(システムインフラの実務経験があって、どこが辛いところなのかとかは知識があった 。)
・テーブル設計は理解できた(データベースはよくいじっていたのでRDBの概念とかは知っていた)
・顧客の業務を知っていた(ITコンサル時代に小売ビジネスを勉強していた)
・採用/教育周りの実務経験があった。(案件検討をする際に自分が顧客だったらを考えることができた。)
・チームリーダーとして、いろんな案件を対応していた。(1年~2年周期で様々な状態のプロジェクトをやり切ってきていた。これは叩き上げの経験値として20代で通常で一生使える能力になるんだろうなとその時は死ぬほど辛かったけど、上司に感謝)

別に意識してやっていたわけではないが、幸いにも意外と前の業務で実施していたことで使えることが多かったなと思った。


ここから学べる教訓としては、転向しての転職活動は難しいものになるが、今の仕事で自分が一生懸命にやってると中に入った後に様々な業務に対応ができるようになるよと言うこと。

20代で目標が見つからない人も沢山いるだろうが、先のことを考えることも大事だが一心不乱にやってみるのもどこかでその能力が生きると言うことはおじさんが証明した話だと思う。


これから挑みたいと思っていること

と、自分語りを進めてきたおじさんだが、プロダクトマネージャーとして足りない部分はまだまだ多いです。なんせ2年生ですからねw

これと会社の求めるもの顧客に価値を提供できるものをすり合わせして行けばプロダクトマネージャー2年生も楽しめるのではないかなと思っています。


・新規サービスの企画/コンセプト検証ができるようになる。

前回は割とCTOがデータを元にコンセプトを興した案件を私がディレクトションをして形を作って行った感じだった。
次回が背景情報や顧客課題からコンセプトを考えることをしたいと思った。

すでに動き出しているものがあるのでそれで実施する予定。


・Webデザインを学ぶ

自分の中ではアイディアとしてあるものだが、スライドに起こすとなんかしょぼく見えるんだよねMVPの手段がただ減るだけになってしまうので、UX検討フェーズで検討したものをサクッと自分で起こせる状態になりたいと思う。


・イラストを学ぶ

これはプレゼンやチーム内連携の際にイラストがあると伝わり方がもっとスムーズになるのにと思うことが多いから、少し自分でもイメージが描けるようになると良いなと思って取り組もうと考えている。


また、他にもグロービズのビジネスプレゼンテーションなどは受講する予定なので、2年目もバタバタすることになるかと思うが、自分は楽しんでプロダクトマネージャーを実施していくと思うと言うのが今回のお話でした。

1年間支えてくれた周りの人全員に何か返せるように頑張るぜ💪


自分語りが気合入っちゃったので、次回からはPjM・PdMシリーズを継続でやっていきます!

貴重なお時間をいただきありがとうございました。

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とあるベンチャー企業でプロダクトマネジャーを担当しています。プロダクトマネジャーとしての経験は浅いのですが、20代前半より叩き上げによるマネジメントとやり切り力を生かして日々奮闘しています。
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