人と人はわかりあえない。だからこそ誠実に向かいあう~映画『違国日記』~

人と人は絶対にわかりあえない。

そう聞くと、「シニシズムだ」とか何とか怒り出す人がいるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。
「人のコト、或いは気持ちがわからない」と言っているのではなく、「人と人はわかりあえない」と言っているのだし、それは「シニシズム」や「諦め」を意味しない。
それは、映画『違国日記』(瀬田なつき監督、2024年。以下、本作)を観ればわかる。

本作はヤマシタトモコの人気漫画を原作としており、私はそれを知らないので映画だけの感想になるのだが、少なくとも「人と人は絶対にわかりあえない」のは原作のメッセージだということは、本作パンフレットに掲載された羽佐和瑤子氏の寄稿文に引用されている、原作者のインタビュー記事からも明らかだ。

この作品で「人と人は絶対にわかりあえない」ことを大切に描きたいと思っていました。現実的に人間はわかりあえないし、それを大前提にしたうえで「わかりあえない、それでも……」ともがきながら関係をつくっていく行為こそ尊いし、そこに物語が生まれるだろうと。説教臭い漫画にはしたくなかったのですが、そのような考えを伝える物語になったのかなと思います。(CINRA「ヤマシタトモコ×岩川ありさが語る物語の力強さ」インタビュー記事より)

本作パンフレット

『わかりあえない、それでも……』、だからこそ本作(恐らく原作も)は、人(と物語)に対して、とても誠実であろうとする。

両親を交通事故で亡くした15歳の朝(早瀬憩)。葬式の席で、親戚たちの心ない言葉が朝を突き刺す。そんな時、槙生(新垣結衣)がまっすぐ言い放った。
「あなたを愛せるかどうかはわからない。でもわたしは決してあなたを踏みにじらない」。
槙生は、誰も引き取ろうとしない朝を勢いで引き取ることに。こうしてほぼ初対面のふたりの、少しぎこちない同居生活がはじまった。人見知りで片付けが苦手な槙生の職業は少女小説家。人懐っこく素直な性格の朝にとって、槙生は間違いなく初めて見るタイプの大人だった。対照的なふたりの生活は、当然のことながら戸惑いの連続。それでも、少しずつ確かにふたりの距離は近付いていた。
だがある日、朝は槙生が隠しごとをしていることを知り、それまでの想いがあふれ出て衝突してしまう――。

本作公式サイト「Story」

誠実であろうとするのは、槙生の言う『踏みにじらない』(この言葉は『人のことがわかる』という傲慢さを的確に捉えている)という言葉に表れている。だから人見知りでも、槙生はほぼ初対面の朝に対してぶっきらぼうながらも、誠実でいようとする。
それは可哀想な境遇になってしまった朝を憐れんでのことではなく、恐らく誰に対しても彼女は誠実でいようとしているのだろう。
だから、醍醐(夏帆)や笠町(瀬戸康史)のような、彼女に親身になってくれる人が傍にいてくれるのだ。

もちろん、瀬田監督も原作と作品に誠実でいる。
本作何より驚いたのは、135分というやや長尺のストーリーに対して、冒頭わずか20分で、物語の背景(前提)を抜けなく観客全員に伝わるように説明してしまう、その手際の良さだ。
さらに言えば、その手際の良さは、「残り100分強を全て槙生と朝の関係の物語に費やします」ということまで伝えきっている(本当にお見事)。

瀬田監督が物語に誠実なのは、上記「Story」にある『戸惑いの連続』や『衝突してしまう』ことに対して、映画的なエッジを利かせていないことだ。
本作の中で起こることは、「映画的」なことではなく、『もしかしたらいま・ここではないどこか別の時間と場所』で起こっていそうな「日常的」なことだ(しかし本作がちゃんとした映画なのは、「じゃあ、また」と言って卒業式に向かった朝が、入学式の日は「いってきます」と言って出て行った、ということからもわかる)。

その誠実さは音響デザインにも表れていて、ほとんどの場合、(スクリーンに映る)槙生と朝に沿っている。
印象深いところでいえば、序盤のお葬式のシーン。独り残されてしまった朝の事をヒソヒソ話す弔問客の声が、前方→後方と広がってゆき、それに伴い朝の周りから弔問客が消え暗い中で独り耐えている画面になる。ヒソヒソ声はやがて大きくなり、映画館の全てのサラウンドスピーカーから聞こえてくる。そのとき観客自身は、暗い中で身動きできない朝になっている。
その声を打ち破るのが槙生で、彼女が映った瞬間全ての音が消え、観客に向かって真っ直ぐ「あなたを愛せるかどうかはわからない。でもわたしは決してあなたを踏みにじらない」というメッセージが届く(だからそれは、観客に向けて瀬田監督からのメッセージとも受け止め可能だ)。
朝にとって槙生の言葉がどれほどの救いとなったかを、観客はダイレクトに体感するのである。
さらに面白いと思ったのは、朝がベースの練習をしているシーンで、突然後ろから、三森ちゃん(滝澤エリカ)のギターの(これがまた橋本絵莉子を彷彿させるシャープでノイジーな)音が鳴り響いたときだ(ここでのカメラは観客視点になっていて、この音響効果と相まってなかなか面白いシーンになっている。ちなみに最終盤で朝が歌う『あさのうた』も初期のチャットモンチー(「シャングリラ」っぽいベースラインとか)を彷彿させるアレンジ(indabox)だった)。

そしてもちろん、瀬田監督は自身に対しても誠実だ。

児玉美月・北村匡平共著『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』(フィルムアート社、2023年)に興味深いことが書いてある。

「残酷さ」とはいったいどんなものか、と問われた瀬田(なつき監督)はかつて次のように答えた。

何かわからないものが未来に待っている。自分ではどうしようもできない何かですね。だけどそれが向かってくる。これは残酷だなと思います。

まさに、朝は「残酷」な目に遭った。
『自分ではどうしようもできない何か』という『未来』が残酷だったのは、森本(伊礼姫奈)もだ(ちなみに、このエピソードは原作連載当時の2018年に発覚した医学部不正入試問題をモチーフにしており、原作者は森本のエピソードを『できれば入れて欲しい』とリクエストしたそうだ)。

しかし、森本の叫びに犬たちが呼応エコーしてくれた。
人は、人とも犬とも「絶対にわかりあえない」。
『わかりあえない、それでも……』、何かをエコーしてくれる。
だからこそ我々は、シニカルにならず諦めもせず、他者に対して誠実に何かを伝えつづけなければならない。

メモ

映画『違国日記』
2024年6月26日。@TOHOシネマズ日比谷

本作を観たかったのは、瀬田監督作品だからというのもあるが、楢えみり役の小宮山莉渚さんが見たかったというのもある。
彼女は、映画『少女は卒業しない』(中川駿監督、2023年)で、『どうだ、見直したか……』のセリフ一言で、私の涙腺を決壊させかけたのだ。
本作でも(無神経な他人から見れば)苦しい恋をしているような役柄だったが、でも朝という親友との高校生活は楽しそうで、勝手ながら少しホッとした。

俳優といえば、瀬田組常連の染谷将太氏(『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(2011年。さっき冒頭を見返したら幼い顔(そりゃそーだ)でちょっと笑ってしまった)、『5 windows』(2012年)、『PARKS パークス』(2017年))が出てきたときは嬉しい気持ちになった。

本作は原作モノだが、瀬田監督のオリジナルである『PARKS』との(見た目上の)共通点が多い。
『PARKS』は年上の女性(橋本愛)の元に、見ず知らずの年下の女の子(永野芽郁)がやって来るという物語だったし、音楽(バンド)が介在するというのもそうだ。女の子は亡くなった父の過去を知りたくて行動する(さらに、それに巻き込まれた染谷演じる男は祖母の過去を知ることになる)。
ちなみに、本文で挙げた『彼女たちのまなざし』は、『5 windows』などを含め、瀬田監督は『異なる時空間の交差』を描いていると指摘している(本作でいえば、朝の母親であり槙生の姉である、亡くなった実里(中村優子)を通して朝と槙生の「異なる時空間」が交差してゆく)。

映画(『PARKS』)の終幕、「Epilogue」ではなくまず「Prologue again」と題されたシークエンスで純(橋本)のモノローグが開始される。物語はループし何度でも繰り返されうる萌芽を宿している。円環構造に支えられた瀬田映画では、「さよならだけが人生」なのではなく、「はじめましてだけが人生」だ。時間の概念さえ飛び越えて、人と人は「はじめまして」と出逢い直す。この映画に際して発行された期間限定のフリーペーパー『PARKS パークス』の表紙の左上には「じかん/ばしょ/ひと」という言葉が印刷されているが、まさに瀬田映画はゴダールがこれさえあれば映画は撮れるのだと言ってみせた「くるま/おとこ/おんな」を焼き直し、その三つで映画を撮ってみせる。

本作のラストは鮮やかだ。
本文で「映画的」ではないと書いたが、まさに本作には「映画的な"ネタバレ"」がない、というか「バラすネタ」が(文字どおり本当に!)ない。
そのことによって槙生は「姉妹」ということに改めて気づき、姉と『出逢い直す』。
朝は、どうだろう?
きっと、かつて槙生がしたようなことはせず、そこから書き継いでいくことで、母と自分自身に『出逢い直す』ことだろう。

ところで、過去の拙稿でずいぶん『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』を引用してきた(三島有紀子監督、清原惟監督、荻上直子監督)。
改めて、この本が現在の日本の(女性)監督作品を鑑賞する上で有用な副読本たり得ることに驚くとともに、それだけ(男性監督を含めた)優れた監督評が(一般の映画好きに届く範囲内に)ない、という現実を残念に思う。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?