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ゲットバック・マイ・ライフ 6

承前

軽減されたとはいえ落下の衝撃はひどく、俺はまだそのまま倒れていたかった。だが地面を揺さぶる振動と近付いて来る怒号を感じていれば、ここでのんきにノビてるわけにはいかない。

どうにか気合を込めて立ちあがり、周りを見渡す。真っ赤に染まった空の下のだだっ広い空間だ。ディズニーランドの駐車場ぐらいあるか。あちこちによくわからない機械の残骸や、でかい骨が落ちてる。そしてその広場の両端から、武装した兵士や異形の悪魔、装甲車両や巨大なロボットが横長の陣形を組んで接近してくる。

やばい!どう見てもここは合戦場だ!そして両軍のど真ん中にいるのが、この俺!畜生、どうしてこうなるんだ!

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話を少し戻そう。とにかく俺はこのふざけた裏東京から脱出することにした。こんな物騒な場所は俺の思い描いた異世界じゃあない。

どうやったら脱出出来るかはわからないが、ここが現実の東京となんらかのつながりがある以上、何らかのルートがあるに違いない。「戦い抜いたら帰してやる」みたいなルールであるはずなんだ。だからウチのクソ共はそんなことを言いださないクローンを…。

あぁクソッ。とにかくだ、俺はこのやばい場所を探索するために、ボロボロの支社ビルで使えそうなものを漁った。災害避難セットを詰めたバッグがあったのはラッキーだった。砲撃されちゃあ出番は無いよなこれも。ともかくこれでとりあえずしばらく生き延びられる。

あとは工事現場用のヘルメット、長めの鉄パイプぐらいか。畜生、完全に脇役だ。ところどころに落ちてる死体は拳銃を持っていたが、扱い方がわからないので無視した。さらに情報が眠ってそうな地下はあの武装勢力が徹底的に破壊していて、地下に降りることすら叶わなかった。

外に出ると遠くから銃声や爆発音がかすかに聞こえてくる。そしてさらに遠くにそびえるスカイツリーより巨大な塔。俺はそこを目指すことにした。他の勢力…おそらくどこかの企業どもから、ウチの会社は蛇蝎のごとく嫌われていた。いい気味だがこれで俺が他の勢力に助けを求めるのも難しくなった。ならばあからさまに目立つあの塔がこの世界の中立だと信じて向かうしかない。俺は支社ビルを後にして、瓦礫の街並みを歩き始めた。

太陽が見当たらないにも関わらずやけに明るいこの裏東京では時間がよくわからない。腕時計を見てみれば既に午後になっていた。瓦礫の陰で乾パンを齧りながら、現実世界のことを考える。今日は欠勤扱いになってるのだろうか。家にも電話が入ってるかもしれない。妻は、娘はどう思うだろうか。あわてて捜索願でも出してるだろうか。いや、まだそこまで深刻に考えてないだろう。あいつらは俺の事なんて…。俺の事を…。どう思ってるんだろうか。俺の事を疎んでいるはずだが、そもそも忙しすぎて家族のことを考えなくなっていた気がする。加奈子…。裕子…。

BEEEEEEEEEEEEEEEEEEEP!!!!!!!!!!
BEEEEEEEEEEEEEEEEEEEP!!!!!!!!!!

俺が冷静に自分を見つめ返そうとしたその時、突如大音量のサイレンが街に響いた。俺は貴重な水を噴きそうになりながら辺りを見渡す。発信源はあの馬鹿でかい塔だ。呆気にとられていると信じられない事が起こった。塔の上の青空に赤い染みが生まれたかと思うと、それが一気に拡がって青空を赤く染め上げてしまった。あたりはいきなり薄暗くなり、よく見えていた塔もところどころにある電飾の灯りしか見えなくなってしまった。

空が赤いだけ。それだけで気が狂いそうだった。やっぱりここは異常だ。だがあの塔が何らかの特別な役割を果たしてるのは間違いない。この騒ぎが落ち着いたら向かわなくては…。

…そんな甘い話は無かったんだ。ふと辺りを見れば、またさっきの犬悪魔がこちらに向かって来ていた。サイレンの影響か、さっきより凶暴な雰囲気を感じる。クソッ、またか!だがな、所詮は犬だ。殴れば対抗出来るってわかったからな!来やがれってんだ!…おっ、なんだ、お前。ツレがいるのか。そうかそうか。おっ、そいつも?あら、そんなところからも?おいおいまだいるのか?同窓会か?

10匹ぐらいの徒党を組んで現れた犬悪魔を見て、俺は全速力で逃げた。投げ捨てた乾パンに何匹か釣られたっぽかったが焼け石に水だ。クッソォォォなんなんだ!やっぱり銃拾って来れば良かった!

赤い空の下、遠くに聞こえていた戦いの音があちこちから聞こえるようになってきた。ひょっとして、これは、ここの奴らの戦闘開始の合図か何かなのか?ふざけんな!ふざけんなーッ!

飛竜と怪鳥が頭上で空中戦を繰り広げ、隣の通りで巨大ロボがプロレスをしている。曲がり角の向こうでは異形の武器を構えた人間達が巨大なカバに挑んでいる。どいつもこいつも好き勝手やってやがる!お前ら主役どもの!足元に!俺みたいな奴がいるんだぞ!

がむしゃらに逃げた俺は近くのビルの玄関に飛び込んで犬をやり過ごそうとした。ところがそのビルは床が無い廃ビルだった。俺はそのまま足を滑らせ、奈落の斜面を滑っていく。やがて灯りが見えたと思ったらスキージャンプ台のように湾曲した廃材によって勢いよく飛ばされた。完全に死んだと思ったが、落下地点に何か柔らかいものがうず高く積まれており、ギリギリで命を拾った。なんだこれ。シュレッダーのゴミかよ。畜生、またオフィス関係だ。俺は細かく裁断された紙クズから抜け出し、その場で倒れ込んだ。犬は撒けたようだった。

…そうしてたどり着いたのがこの合戦場なんだが、俺今度こそ死ぬんじゃないか?ここが何なのか、何もわからないまま、死ぬ?!嫌だ!死にたくない!絶対に逃げ切ってやるからな!だからちょっと、一口でいいから、水を飲ませろ!

戦場のど真ん中でペットボトルの水を呷る俺。あぁ、この絵ヅラ、なんかの企画に使ってやろうかな。企画会議に出れたらの話だけどな。

そして戦端は開かれた!

【続く】


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