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こちら合成害獣救助隊 4

承前


「だいじょうぶ、だからね。」

コンテナが研究所の隔壁の向こうへ行ってしまう直前、あたしはそれに手を当てて、中にいる狼型キメラにつぶやいた。自分が保護した子を引き渡す時、いつもそう祈らずにはいられなかった。

ーそのあたりの感傷を省いた報告書の作成も終わったので、あたしは自室の端末の電源を落とした。もうすっかり遅くなってしまっていた。報告書の綱渡り具合を思うとこれからの活動が不安になってくる。いかんいかん。疲れてネガティブになってるだけだと思いたい。

寝る支度を整えてベッドに横たわる。あたしの住処は窓のない本部の地下室だけど、光ファイバーを通じてちゃんとベッドに太陽光が差すようになっている。明日は非番だし、ぽかぽかの陽射しに包まれて寝ていよう。それで、隣の提携してる動物シェルターの手伝いに行こう。きょうもお疲れ様、あたし。壁面のハンガーに収めたアーマーを見ながら、あたしはまどろみの中に溶けていった。

———————

「だからそれはキメラじゃなくてね、そういうネコなんですよ。」

かろうじて午前中といえる時間、救助隊の受付には電話応対する篠山さんの声が響く。

「サビ柄っていいましてね…。時々いるんですよそういう右左で色が違う個体が。はい、はい。そうなんですよ。というか、その子迷子の届け出が出てますよ。どこで見かけたんです?」

聞こえてくる話を限り、あたしの出番ではなさそうだ。サビ柄、たしかにすごくパキッと色の分かれた子、いる。

電話が終わった篠山さんが大きなため息をついたところであたしは挨拶した。

「あらレイちゃんおはよう。体は大丈夫?」

「へーきへーき。そっち、今日は平和そうね。」

「そうなのよ。何でもかんでもキメラじゃないかって。まぁでも何事も無いってわかれば御の字よ。」

「あたし今から隣に行くから、その猫の居場所伝えてきますよ。」

「あら助かるわ。端末に送っとくわね。」

「はーい。あ、篠山さん、あたしの服、なんか変なとこない?」

「あー、まぁだいじょうぶね。とりあえず帽子とサングラスだけは気を付けなさいよ。」

「はーい。」

あたしの場合、アタマの猫耳と瞳、それから肌の露出のない服を着ていれば、ぱっと見は普通の人間にしか見えないのが幸いだ。おかげで隣の動物シェルターに行くぐらいなら許可されてる。

外に出る。春の日差しが暖かい。やはり生の日光が一番だ。今日は特に催しは無いし、掃除の手伝いでもするかな。

りりりりり

背後でまた受付の電話が鳴る。
お電話ありがとうございます、こちら合成害獣救助隊でございます。いつもの定型文で挨拶する篠山さん。たいへんだなぁ。

あたしはすでに本部を出て隣のシェルターのエントランスを目指していたけど、聴覚だけはまだそちらを気にしていた。聞きたいところだけ増幅するぐらいわけないことだ。

〈…はい、はい。なるほど。数日前からですね。〉

また迷い猫だろうか。自動応答とか導入してシェルターに回せばいいのに。

〈…向かいの山の上を、ずっと旋回してる。はい、はい、はい。〉

なんだろう。鳥の話かな?

〈えっ、お孫さんが、いま望遠鏡で観察してると?〉

〈………なるほど、わかりました。そちらの住所は…〉

あたしはそこで踵を返して本部に戻る。再び受付まで着いた頃には篠山さんは電話を切り終えて各員への連絡を始めていた。

「篠山さん、アタリ?」

「アタリよ」

「鳥っぽい話してたけど、他の動物はなに?」

「ゴリラね。」

「ゴリラか〜〜〜〜!」

「ブリーフィングは15分後。装備持参の上、第1会議室ね」

「はーい。」

空飛ぶゴリラは初めてのパターンだ。それでもやるしかない。自室に戻ったあたしは素早く私服を脱いで耐圧耐刃スーツを纏う。そのままハンガーにもたれると、パワードアーマーが四肢の先からあたしの体を順に包み込み、どこにでもいそうな女を重サイバネティクス兵士へ変えていく。最後に無貌のヘルメットが接続されると、アーマー各部のLEDが同時に明滅した。起動完了。

だけど銃は持たない。あたしのアーマーは軍用だけど、やる事は今日もひとつ。キメラの救助だ!

【続く】


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