こちら合成害獣救助隊 6
承前
「あんた、一体どこのだれ…」
答えを待たず、重サイバネ男はあたしの両脚を逆手で掴み直す。戦慄したあたしの視界はぐるりと周り、そのまま地面へ叩きつけられた。舞い上がる土と草。そしてすぐにまた振り上げられ、叩きつけられる。
振り上げる。叩きつける。振り上げる。叩きつける。振り上げる。叩きつける。あたしはただひたすらに頭を守り、歯を食いしばって衝撃に耐える。視界に入る限り、眼を見開き重サイバネ男に睨み続けた。悲鳴なんか、あげてやるもんか…!
6度目の攻撃はこれまで以上の速度で地面に叩きつけられた。あたしのヘルメットと腕のアーマーはついに限界を迎えて粉砕された。男はそこで手を止めて、血まみれのあたしを宙吊りに戻した。あたしの頭にある「猫の耳」をしげしげと見つめている。
「おまえ、キメラか…」
「…そういう…髪型よ…?知らない…の…?」
即座に鉄拳があたしの脇腹に飛んできた。あたしは思わず呻き声をあげる。
「殴られて動く髪型があるかよ。いやしかし傑作だぜ。噂でしかなかった人型キメラが、まさか救助隊に紛れ込んでたとはな。」
男は下卑た笑いを浮かべて続ける。
「どのみちお前はここで死んでもらうわけだが…くくく、さらに楽しいことになるぞ。」
男はあたしを無造作に投げ捨てた。あたしは受け身も取れずに地面に落ち、四肢を投げ出した。まだ立ち上がれない。くそう、くそう!
「キメラに接近した隊員が麻酔量を誤り、キメラを殺傷。隊員も暴れたキメラに殺される凄惨な事故…。」
べらべらと喋りながらゆっくりと近付いてくる。男の肩越しに、そのキメラも見える。
「お前らは事故だ濡れ衣だと弁明するだろうが世論はなんていうかねぇ?やっぱりキメラは害獣ですね。一線を引きましょうってねぇ。」
わかった。こいつは軍部だ。それも、とびきり過激派の。
「…あんた、あたしが録音してるとは思わないわけ?」
「ナメるなよ。お前のアーマーはまだ電磁パルスの影響でただの甲冑だ。」
バレてたか。そうだよね。あたしがあいつだったら真っ先に通信を潰す。あぁ、あたしがあいつなんて考えたくもないけど!くそう!
「その上キメラを囲ってましたって…くくく。」
「あんたたちは…軍はそんなに…キメラを兵器にしたいの…?」
「当たり前だ。生み出す方法が失伝した以上、今残ってるやつらを確保する。」
言いながら男は拳銃を取り出す。キメラが殺したように見せかけるのも手間がかかると判断したのか。何から何まで、ほんっと、雑!
「それを制服組は動物愛護だなんだのと…。だからおまえらには消えてもらって、キメラ事案は俺たち軍が取り仕切る。今より人間も安全になるぜ?」
「……そうかもしれないね。」
「そうだよ。さて、人型キメラはレアものだが、俺の計画が優先だ。そろそろ処分させてもらうぜ。」
銃口があたしを狙う。
「……ひとつ、いい?」
「なんだ?キメラも神に祈るのか?」
あたしは男の目ではなく、肩越しのキメラの目を見た。
「……あんた、あの子たちの事、わかってなさすぎ。」
男が訝しむのと、凄まじい咆哮が轟いたのは同時だった。
ARGHHHHHHHHHHH!!!!!!!
翼を大きく広げて威嚇するゴリラ型キメラは猛禽の脚でしっかりと大地に立っている。
「なっ…なんで起き上がってんだ!」
「逃げなさい!」
あたしは叫んだ!あたしがダメでもあたし達が守るから!逃げて!
「てめぇ、何しやがった!」
男はあたしの顎を掴み凄む。だけどその狼狽した姿に、さっきまでの凄みはどこにもなかった。
「…あたしはいつだってあの子達の為に行動してる。それだけよ。」
回し蹴りは当たらなかったけど、腕に仕込み終わっていた緊急蘇生アンプル弾は遠心力で打ち出され、あの子に届いた。あたしは効き目が出る事を信じて耐えた。それだけ。
男の顔がみるみる紅潮していく。しかし、突然の事態にあたしとキメラのどちらに対処するか決めかねている。トラブルに弱い男だ。これならあの子も逃げられー
猛禽の足が地面を蹴り、巨大な体躯が一直線にこちらへ突進してきた。鈍化する主観時間の中で、あたしの動体視力はキメラの翼の根元から、ゴリラの両腕が一瞬にして生えてくるのを見た。突然変異。しかもこんな速度で。
刹那の思考が過ぎ去り、あたしは新たな腕に、男は猛禽の足にがっしりと掴まれて、そのまま大空高く上昇していった。地面があっという間に遠くなり、キメラの上げる怒りに満ちた咆哮と、男の上げる情けない悲鳴が山間に響き渡っていた。
【続く】