駆け出し百人一首(9)逢ひに逢ひて物思ふころのわが袖に宿る月さへ濡るる顔なる(伊勢)
逢(あ)ひに逢(あ)ひて物(もの)思(おも)ふころのわが袖(そで)に宿(やど)る月(つき)さへ濡(ぬ)るる顔(かほ)なる
古今和歌集 恋五 756番
訳:逢瀬を重ね、今や悩ましい状況に陥っている私の袖に涙が溜まっている。そこに映り込む月までもが、私と同じ涙顔なのだ。
After many secret dates, now, I miss you so much that there is a pond of my tears on my sleeve. The moon reflected in the pond has tears as I have.
古文では「袖朽ちぬ」「枕浮く」「涙河」など、涙に関する大げさな表現が多数見られます。この歌でも、涙を流すあまり、袖に、池のように水が溜まっているというのです。そこに月が映り込んで、などと言われると、ちょっと大袈裟な感じですが、それだけ、この伊勢さんの悲しみが深いのだと理解してください。
というのも、勅撰和歌集の恋の歌は、恋の進展順に並べられており、「恋五」には、関係が完全に終わってしまった後の歌がおさめられているのです。
「逢ひに逢ひて」ですから、付き合った当初は、相手も情熱的に逢いに来てくれたのでしょう。それなのに、終わってしまった……。その深い悲しみの中、独り月を見ている作者。きっとその月は涙に滲んで見えたことでしょう。
文法事項
月さへ:副助詞「さへ」には「〜までも」の意味があり、「月までも(=私だけでなく月までも)」の意味。
顔なる:断定の助動詞「なり」が連体形で終わっている。特に係り結びではないので、連体形終止法。詠嘆的な重み、感慨が伴う。
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