35-1.未来に向けて今できること
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1.心理職の未来を創るために今何が必要か?
公認心理師法が2015年に成立しました。私は、心理職の国家資格化は、臨床心理学にとっても、心理職にとっても専門性を高める契機になると期待しました。そして、「現代の臨床心理学シリーズ」(東京大学出版会)を企画し、多くの先生方の協力を得て編集を進めてきました※1)。2017年には公認心理師法が施行となり、その後、日本の心理職は新たな経験を積んできました。
※1)https://note.com/inext/n/n096c5b6e9f03
ところが、その後の5年間は、私にとって期待と不安が入り混じる時期となりました。公認心理師制度は医療や行政の主導で設計され、公認心理師は医療職や行政職の下で働く実務職や技術職との位置付けであることが明確になってきました。「心理職は、主体性を持った専門職になれるのだろうか?」、「臨床心理学は、学問として発展できるのだろうか?」と考え、「心理職の専門性」について自信を失う日々が続きました。
そこで、「現代の臨床心理学シリーズ」刊行を契機として、改めて臨床心理学の意味と役割を問い直すために、冒頭に示した『公認心理師の時代に学問体系は必要なのか?』というタイトルのシンポジウムを開催することとしました。
シンポジウムでは、さまざまな観点から「心理職の未来を語る」ことを基本テーマとし、「日本公認心理師協会」※2)会長の信田さよ子先生、「公認心理師の会」※3)理事長の丹野義彦先生にご登壇いただき、臨床心理学の存在意義を問う議論を展開したいと思っています。また、次代を担う中堅心理職の三田村仰先生と東畑開人先生にもご参加いただき、職能団体や世代の分断を超えて心理職の未来を創造するシンポジウムにしたいと考えております。
※2)https://www.jacpp.or.jp
※3)https://cpp-network.com
2.公認心理師は心理職発展のスタート地点
[下山]今回は、シンポジウムに向けたプレインタビューとして、シンポジウムで基調講演をしていただく松見淳子先生をお迎えして、「今、心理職が発展するために何が必要か」についてお話を伺いました。松見先生には、原田隆之先生とご一緒に第1巻※)編集をご担当いただいております。まず、「心理職の専門性」についての、先生のお考えを教えてください。
※)https://www.utp.or.jp/book/b598917.html
[松見]私は科学者―実践者モデルによる臨床心理学の教育を米国で受け、サイコロジストの道を歩んでまいりました。臨床心理学は、心理学の一部門であるというふうに理解しております。また、そのような環境において大学院教育を受けて就職をしましたので、臨床心理学が別の独立した分野であるということは、考えておりません。
臨床心理学は実践を伴う学問です。公認心理師の場合も実践ができなければ、公認心理師の役割を果たせないことになります。実践者は、同じことをずっと続けるわけにはいきませんし、常に状況が変わっていきます。新しい方向性を見出していくという意味では、私は、公認心理師制度は、新たなスタートラインであると考えています。ですから、カリキュラムの見直しなど、時代のニーズに即して大学院教育の在り方も変わっていくだろうと思います。臨床心理学は、心理学の学問的基盤に支えられ、社会に出ていく、貢献していく、そういうことができうる学問です。
現代は、情報の時代です。海外の臨床心理学の発展の情報も日本に入ってきます。私も、インターネットで頻繁に海外の人たちと連絡をとっています。今後、公認心理師は、海外の情報の影響も受けて変わっていくだろうとみています。そのような幅広い適応性を心理専門職に期待しています。
3.「現代の臨床心理学シリーズ」を通して心理職の未来を見ていく
[松見]本日、「現代の臨床心理学シリーズ」の第1巻が届きました。このシリーズ全巻を見ていると、日本の心理職の未来が見えてくるようで、やはり刺激を受け、ワクワクするって言いますか、これからどうなるんだろう、ここまで来たんだなって、非常に感慨深いです。
[下山]なるほど、先生のご意見は、公認心理師ができたことで心理学と心理実践が結びつき、臨床心理学や心理職の基盤ができたことの意義は大きいということですね。その意味で心理職の専門性の発展のスタートとなるということは、確かにそうだなと思います。日本では、公認心理師ができて初めて学術心理学と実践心理学の協力ができるようになりました。その意義が、確かに大きいですね。
[松見]心理学が、英語で言えばプロフェッション、つまり専門職として存在しないのであれば、学問の塔に閉じこもってしまうということになりかねません。現在は、非常にたくさんの社会的ニーズがあります。ですから、専門職として考えた場合、応用や実践を伴わない学問としての心理学は、現実社会のニーズに応えることが難しくなります。非常にたくさんのニーズがある社会で、心理職が役に立たないんじゃないかなっていう風にも心配します。調査によると、医療機関では心理職の収益性はまだ低いです。その辺のところの改善は必要ではないかと思っています。
[下山]心理職としてのスタートは切ったけれども、改善していかなければいけない点は多々ありますね。
4.既存の心理職システムに公認心理師を載せていく
[下山]スタートを切った日本の心理職がこれから専門性を高めていくためにはどのようにすれば良いでしょうか。米国では、第2次世界大戦後に既に科学者―実践者モデルに基づいて心理職の学問と職業的発展を見据えた計画を立てて動いてきました。英国でも、1980年代から、英国心理学会が政府も巻き込んで心理職のシステムを作ってきています。日本では、2015年にスタートして、今後どのように発展の方向を作っていったら良いでしょうか。
[松見] 2015年に公認心理師法が成立しました。しかし、それまですでにたくさんのことが社会で行われてきたと、見ています。私自身、2000年以降は日本で主に学校関係の分野に関わってきました。自治体の支援を受けて現場に入り、実証的に何ができるかを検討してきました。学校現場で多職種連携の形での支援システムの構築について大学院生たちと実践研究をしてきました。今後は、そのようなシステムや実践を支え、改善していくために心理専門職の国家資格が活用できれば良いのではないかと考えています。
現在、児童支援や発達支援の分野での仕組み作りが盛んに行われています。それもまた関係者が横に繋がらないとできません。連携体制を作っていく上でも、公認心理師という国家資格が実現したことで心理職は動きやすくなるというメリットはあると思います。そのように私は、前向きに考えています。
[下山]そのように心理職がメンタルヘルスやメンタルケアのシステム形成に関わることと関連して、私が課題と思っていることがあります。それは、心理系の職種の役割分担についてです。
5.縦割りの日本社会では、役割分担が難しい
[下山]諸外国では心理系職種として、クライエント中心療法に基づく「カウンセラー」、各種心理療法に基づく「セラピスト」、臨床心理学に基づく「サイコロジスト」があるかと思います。これらの3種の心理系職種は、基盤となる学問や専門性は異なっており、その違いを考慮した役割分担があります。
日本では、それらの区別が曖昧に混同されたまま事態が進んできました。日本に特有の「心理臨床学」というのは、その区別をしないまま全部をまとめようとした曖昧な枠組みであると思います。そこに、新たに「公認心理師」という心理系の職種が出てきた。さらに専門性と役割分担が混乱するのではないかと心配していますが、先生はどのようにお考えでしょうか。
[松見]心理職の発展を考える上で文化、社会、歴史は重要です。下山先生も、日本の文化、社会、歴史との関連で日本の臨床心理学の発展を論じておられますが、その通りだと思います。横に繋がる点では、一般論で言えば、日本は縦割の社会ですから、ジェネリックな、一般性のある専門職が広がるってことはかなり難しいと思うところがあります。日本は、「高コンテキスト」の国で流動性に弱いと言われてきました。
公認心理師の資格を持ちながら、この機関ではこういうことをする、この機関ではこういうことをするということで、カウンセラー、セラピスト、サイコロジストと分けて、役割ごとの体系ができるかどうかっていうのは、私はちょっと難しいのではないかと思います。その場その場のニーズに応えるような専門活動がしばらく続くのではないかと思います。
向こう10年ぐらいは試行錯誤って言いますか、いろんなことが試されて、次第に効果のあるもの、利用者に喜ばれるもの、貢献できるものが継続され、生き残っていくのではないかと期待をしております。米国では最初から、それぞれの職種の役どころがあり、専門職として入っていくことになります。しかし、日本では、今のところ難しいと思います。
6.リーダーシップを担う心理職をどのように育成するか
[下山]確かに難しいですよね。日本の場合、多くの心理職はカウンセラーに近い職種となっています。米国でも英国では、サイコロジストがリーダーシップをとり、カウンセラーとかセラピストの人たちと役割分担しながら活動を展開しています。そう考えると、日本においてどのようにリーダーシップをとる心理職を育成するかが課題になってくると思います。
[松見]それはちょっと私も予想しにくいですね。私について言えば、最初、ニューヨーク大学医学部精神科と連携するベルビュー精神病院にサイコロジストとして雇用されました。当時は、ウェクスラー先生もご健在でした。サイコロジストがユニットチーフになることもありました。サイコロジストと医師とは対等な関係ということになります。毎朝、ケース会議があり、多職種間のコミュニケーションはとりやすくなっていました。
入職して最初に入院病棟に行ってみて、「あー、ここで自分が務まるのかな」と、本当に不安になりました。社会適応が困難な患者さんが多かったですし、急性期の若い患者さんも多かったです。非常に多様で大変な経験をし、メディカルモデルでは難しいなと思い始めたのです。そこで、科学者―実践者モデルの大学・大学院に移り、20年ほどこの臨床心理学のモデルによる教育、研究、実践に没頭しました。
経験を積み、後で振り返ると、本当に色々なことが勉強できました。ベルビュー病院では、臨床心理学インターンシップのスーパーバイザーも体験しました。フルタイムのクリニカル・サイコロジーのインターンシップ制度ですが、全米から450人ぐらい申請者があり、そのうち7人採用していました。臨床心理学のインターンシップは、部署をローテーションしますから、インターンとしての体験は非常に豊かであったと思います。
[下山]米国のように医師と対等に議論できる心理職や、多職種チームでリーダーシップを担える心理職が日本でも育ってくると良いですね。私が経験した英国の地域メンタルケアでも、心理職がリーダーシップをとっているチームが数多くありました。これは、決して“夢”ではないと思います。医師中心のメンタルヘルスが適切に機能していない日本では、心理職がリーダーシップをとるチームは強く求められています。心理職の発展は、社会的ニーズに沿ったものですね。
7.医学モデルをどのようにして乗り越えるか
[下山]松見先生は、「現代の臨床心理学シリーズ」の第1巻の第1章で医学モデルの限界を書かれています。医学モデルに替わるものとして生活機能分類のモデルを紹介されています。ところが、日本では、世界でも珍しいほどに、いまだに医学モデルが非常に強いですね。公認心理師も、医学モデルに基づいて成立したと言えます。この時代遅れの状況は、今後どうなっていくのでしょうか。
[松見]生物-心理-社会モデル(bio-psycho-social model)のソーシャルのところは、やはり多職種連携でないとできないと思います。ところが、日本の場合、病院ですとか精神医学の中での生物医学モデル(bio-medical model)が、非常に強いようです。DSMにもそれが反映されていると思います。そこはもう動かすことはなかなか難しいと思います。どのように専門活動を広げていくかが課題です。米国では脱施設化の動きとともに、社会適応が難しい患者さんにソーシャルスキルトレーニングを実施することから社会心理的なモデルの活動を広げていきましたね。歴史的には行動療法の台頭も影響しました。
[下山]日本はまだ医学モデルは強いですけれども、実際には地域ケアが進んでいますね。高齢者ケアも含めて訪問看護もかなり進んできてます。そのようなコミュニティケアの実績から、新たな動きを広げていくということですね。
8.連携できる心理職が求められるようになっている
[松見]高齢者に関して言えば、日本の介護保険制度は素晴らしいと思います。コミュニティケアが進んできているからでしょうね。医療従事者の方の数が少なくなって、人材確保が非常に難しくなってきていると思います。虐待やいじめなどについても、専門的に対応できる人材が必要となってきています。専門性の高く、しかも連携できるスキルを持った心理職が求められるようになってきていますね。
連携できるスキルとは、他職種の方と話ができるっていうことです。自分の専門に詳しいだけでなく、どこに行けば必要な情報があるか、誰に連絡すれば良いかについて適切に判断できて、関連する人々と連携できる対人スキルが必要になると思います。公認心理師になっても、最初にどのように挨拶をするかができなければ、横に繋がることは難しいです。
[下山]公認心理師試験に合格しても、クライエントさんや他職種の人にご挨拶できて、社会的なつながりを形成できる能力がなければ実践はできませんね。
[松見]多分、日本の公認心理師の試験は世界で一番難しい心理職の試験だと思います。あれだけの知識を習得するっていうのはすごいと思います。ですから、知識の点では世界的に誇れると思います。(笑) 大学の先生方も、なるべくコニュニティに学生と一緒に出ていって連携していく。そういうモデルを各大学でお作りになると良いと思います。
9.プライベートプラクティスからパブリックサービスへ
[松見]ところで、下山先生は、3月5日のシンポジウムでは、どのようなテーマについて議論を進めたいとお考えでしょうか。
[下山]私としては、心理支援の社会的位置づけの歴史的移行過程を議論としたいと考えています。歴史的観点からは、心理支援は、当初はプライベートプラクティスとして始まっていますね。フロイト、ユング、アドラーなどは、プライベートプラクティスとして心理療法を実践していた。行動療法、例えばワトソンだって、当時はプライベートプラクティスとして行動変容を実践していたのだと思います。それが、段々と心理支援が社会的サービスとなり、大衆化し始めた。ロジャーズのカウンセリングは、そのような時期の活動になります。さらに、コミュニティ心理学の影響もあり、行政が心理支援をパブリックサービスとして提供する社会システムが構築にされるようになってきた。そのような歴史的移行過程があると思います。
心理支援が「プライベートプラクティス」から「パブリックサービスへ」と移行する過程は、全てがコロッと入れ替わるというのではないと思います。最初は何もなかったパプリックサービスとしての心理支援が、次第にその割合が大きくなってきたという、バランスの変化であると思います。このような変化は、欧米諸国では、心理職が主体的に作り上げていった面があったと思います。しかし、日本はそれができかなった。
米国では、戦後のPTSD対策で臨床心理学の教育モデルとして科学者―実践者モデルが採用され、心理職は国家(実際には州単位)資格を得た。そして、臨床心理学の実践がエビデンスベイスト・プラクティスとなることで心理支援がパブリックサービスとして定着するようになった。これは、英国などの欧米諸国でも同様ですよね。
10.心理職の未来を創るために今できること
[下山]ところが、日本では、そのプロセスが進まなかった。プライベートプラクティスの流れが強かったからですね。長いこと日本において主流であった“心理臨床学”の基本にあるのは、プライベートプラクティスの心理療法です。そこで、無理やりパブリックサービスを組み込もうとしたのが、医療や行政が主導した公認心理師の導入であったと思います。プライベートプラクティスからパブリックサービスに向けて舵を切ることができなかった心理臨床学は、その点で限界があるとも言えます。
公認心理師の導入においては、外部からの、かなり強引な介入がありました。特に公認心理師の教育カリキュラムなどの制度面での内容は、心理職が主体的に決めていくことができていませんでした。その結果、心理職は、全体としての主体性や統一性を維持できなくなり、複数の学会や職能団体が併立する分断が起きてきました※)。
※)https://note.com/inext/n/n1712e5e812a7
もちろん心理職にとって、プライベートプラクティスは大切です。しかし、それだけでなく、心理職は、社会的なニーズに応えて心理サービスを真の意味でパブリックなものにするために主体的に取り組む必要があると思います。臨床心理学は、まさに心理職が主体的に心理サービスの発展に取り組むための土台になるものと考えています。
[松見]プライベートプラクティスは、収益性があって自立できるということが前提になってきます。サービスだけでなく、生活の糧としても考えないといけません。経済的基盤として、米国では心理支援に対する保険があり、利用者のアクセス幅が広いです。独立した道を維持できるぐらいの力量がないと開業はできません。ただ開業しただけで、経済的に自立してやっていけることはあり得ないです。プライベートプラクティス間の競争も激しいですが、自己練磨で新知識を取り入れ、活発な独立開業を維持しています。
[下山]公認心理師は、医療と行政主導のパブリックサービスの職種ですね。私は、そのような医療や行政主導の在り方をそのまま受け入れているだけだと、心理職の専門性や主体性がますます弱体化すると危惧しています。現在の心理職の動向は、なんでも公認心理師を前提として考える傾向が強くなっています。全て公認心理師を前提として心理職を位置付けようとするあり方では、心理職は、管理され、コントロールされる職種になっていきます。心理職の主体性や専門性が見失われてしまいます。その点で、心理職の主体性を発揮できるプライベートプラクティスの意義はあると思っています。
そこで、公認心理師が施行されて5年経った今、改めて「臨床心理学」の専門性と体系性をしっかりと提示していくことが緊急の課題となっていると思っています。それこそが、プライベートプラクティスにおいてもパブリックサービスにおいても心理職の専門性の発展の基盤になるものだからです。心理職が主体性を確立し、未来の発展を創っていく道筋をさまざまな観点から議論できるシンポジウムにしていきたいと思っています。
■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)
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