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19-1.“仲間割れ”を巡る長い前置き

(特集 伊藤絵美先生との対話)
伊藤絵美(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長)
下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.19


1.ご挨拶

[下山]今日は,対談に協力をありがとうございます。公認心理師が誕生して3年経ち,改めて「心理職の専門性とは何か」をテーマにお話をしたいと思います。ところで,私が最初に伊藤先生にお会いしたのは,20年くらい前のシンポジウムの場でしたね。

[伊藤]多分,先生が座長をされた学会のシンポジウムでスピーカーとして呼んで頂いた気がします。私は慶應義塾大学出身で,学部は認知心理学の小谷津孝明先生,大学院はコミュニティ心理学の山本和郎先生の研究室でした。

[下山]小谷津先生は存じ上げております。山本先生については,私はとてもお世話になりました。懐かしいですね。その後,最近では,伊藤先生とは『公認心理師技法ガイド』https://www.bunkodo.co.jp/book/4YVILW8H7U.html?from=ebooks)の編集の仕事を一緒にさせていただきました。それから,放送大学の番組「認知行動療法」でスキーマ療法の授業制作にご協力いただき,私の研究室の事例検討会に参加いただいたりしました。

[伊藤]今日は,下山先生とおしゃべりをするくらいの気持ちで来ました。

[下山]はい。そんな感じでお願いします。

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2.公認心理師成立の背景──いきなり仲間割れの話になる

[下山]「心理職の専門性は何か」というのは大きなテーマですが,それを個人的な観点で話していただけたらと思っています。私自身,公認心理師の法律や制度を作る過程に多少関わってきました。法律ができる以前は,心理職の国家資格に希望や期待を持っていました。しかし,法律や制度ができてくる過程で心理関係者の間で“仲間割れ”が生じ,心理関係者が主体的に制度づくりに関わることができなくなってきました。残念ですが,その仲間割れは今でも続いています。それで多くの心理職は,困惑し,混乱をしています。そのような状態の中で「心理職の専門性とは何か」を改めて考えたいと思います。

[伊藤]その“仲間割れ”って,差し支えない範囲でどのようなものなのか教えてもらってもいいですか。

[下山]事情は複雑です。これは,私の見方ですが,公認心理師法ができる背景には,日本のメンタルヘルス政策,特に精神科医療の失態があった。世界のメンタルヘル政策が精神病患者をコミュニティにおける生活支援の方向に進む趨勢な中で,日本だけは精神病院に患者を長期に収容している事態が継続していた。WHOからの勧告もあり,厚労省は政策転換をせまられた。そこで,厚労省は,心理職も加えた多職種連携の包括支援をコミュニティで実施する方向に政策転換をした※)。これは,日本医師会(以下,医師会),特に日本精神科病院協会も合意した上でのことだと思います。先進国であれば,そのような多種職連携の包括支援では心理職は必ず中心メンバーとして参加していますからね。心理職が正式に医療に参加していないというのは,世界的にみて非常に偏った状態でした。厚生労働省,医師会,自民党は,そのような方向で進んでいた。ところが,その時期,民主党政権ができ,厚労省や医師会の中でも意見の違いが出てきたようです。ここでちょっとした仲間割れが生じた。しかし,これは,心理職の仲間割れではありません。いずれにしろ,このような政治的な動きと連動して心理職の国家資格化が動き出した。
※)関連資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000028siu-att/2r98520000028suk.pdf

[伊藤]じゃあ,もう完全に政治的動きなんですね。日本精神科病院協会だけでなく,日本精神神経科診療所協会という団体もありますね。

[下山]そうですね。その両者の関係も微妙のようです。文化庁長官をしていた河合隼雄先生は,文部科学省と連携をして心理職を国家資格にするならば,医師の指示の下ではたらく医療心理師とは別に,独立して主体的に活動できる臨床心理士を国家資格化すべきだと主張した。2005年にはその流れの中で2資格1法案が提案されたが,結局実現しなかった。それが,再び公認心理師法提案の動きとなったのは,上述のような政治的な背景があり,心理職の国家資格化が必要となっていたからです。つまり,心理職の主体的な努力で国家資格ができたのではなく,精神医療の問題があまりに深刻だったという外在的な理由で公認心理師ができてしまったという背景を忘れてはいけないと思います。

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3.公認心理師法ができるまで──心理職の仲間割れが表沙汰になる

[下山]このような心理職の国家資格化の動きに対応して心理職の中で,医師の指示の下で働く医療心理師でよいとする「医療の支持」派と,心理職の主体性を保つべきだという「医療から独立」派の意見対立がはっきりしてきた。そこで心理職の仲間割れが,より明確になったわけです。

[伊藤]そこに基礎心理学の先生も関わっていたのですね。

[下山]そうです。基礎心理学の先生の比較的多くは,「医療の支持」派に参加していた。「医療の支持」派は,「医療心理師国家資格制度推進協議会」となりました。「医療からの独立」派は,「臨床心理職国家資格推進連絡協議会」となりました。それに心理関係者の団体として「日本心理学諸学会連合」があり,それが全体をまとめる役割を果たしていました。ここで問題を複雑にしたのは,「臨床心理職国家資格推進連絡協議会」がさらに2つの下位グループに分かれていたことです。「臨床心理士を国家資格にすべき」とする強硬派と,「医療と妥協しても国家資格化を優先する」とする妥協派の意見対立がありました。強硬派には,ユング派や精神分析の派閥に属する人が比較的多くおられました。この強硬派と妥協派の意見が一致しなかったことも国家資格化が遅れた理由のひとつです。国家資格化というのは,関係諸団体が一致して推進して初めて可能となります。関連団体間で意見不一致があることは国家資格化の致命的な問題でした。そのような中で3団体が話し合いを繰り返し行い,政治家の介入もあって3団体で一致できて公認心理師法が成立したわけです。私は,いろいろと対立はあるが,妥協してでも心理職がまとまって国家資格を得たほうがよいと考えていました。

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4.公認心理師カリキュラムを巡って──思惑通りの仲間割れの進行

[下山]この心理職間の意見対立は,公認心理師法が成立した後に大きな問題を引き起こすことになった。公認心理師法ができることになり,3団体のまとめ役であった「日本心理学諸学会連合」が音頭を取って公認心理師の教育カリキュラム案を作成し,提出した。ところが,その後に「日本心理学諸学会連合」のメンバーでもあった日本心理学会の会員の人たちが,別のカリキュラム案を提出してしまった。

[伊藤]そのカリキュラムが現在の公認心理師養成カリキュラムですか?

[下山]必ずしも一致したものではありません。ただ,後出しされたカリキュラムは,「日本心理学諸学会連合」の関係者が皆で協力して作成したものよりも現行カリキュラムに近いものであったと思います。私は,以前より,「行政は,制度づくりの際には関連団体を仲間割れさせ,まとまりを崩してから,自分たちの方針に従うグループを活用して,行政に都合のよい制度づくりをしていくので注意しなければいけない」と聞かされていました。それで,このときは「やっぱり来たか」と思い,関係者に「仲間割れを防ごう」と伝えましたが,危機感を共有してもらえませんでした。

[伊藤]最初に心理職によって作成・提出された「日本心理学諸学会連合」のカリキュラムはどのようなものであったのですか?

[下山]当然,修士課程修了が受験資格の大前提でした。3団体が協力して作成したものですので,いろいろな要素が入って総花的ではありました。しかし,心理学と臨床心理学を中心に据えて統合的な体系になっていたと思います。少なくとも,現行のように医学的知識や法律・制度などの行政的知識の詳細を学部カリキュラムの科目に詰め込むといった内容ではありませんでした。

[伊藤]より,心理学的という感じだったんですね。

[下山]そうです。しかし,残念ながら多くの心理学関係者が協力して作成したカリキュラムはご破算となり,結局,現行カリキュラムとなりました。そして,それがずっと,今でも続いているわけですよ。そのカリキュラムの後出し事件を契機として心理職内部の意見対立が明確化し,それが「日本公認心理師協会」と「日本公認心理師の会」という,職能団体の並立となって表に出てきて定着することになりました。「日本公認心理師の会」については,日本心理学会に加えて日本認知・行動療法学会も比較的近い立場にあります。ですので,公認心理師の職能団体の並立や対立は,その背景として学派や学会の並立や対立を孕んでいることになります。

[伊藤]心理職の職能団体が分かれていることは,その仲間割れが顕れているわけですね。そういうことなんですね。分かりました。

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5.心理職が置かれた残念な状況──見事なまでの仲間割れ

[下山]職能団体の並立や対立ということは,通常ありえない。職能団体は,自分たち業界の利益を守るためにあるわけです。どこの業界にとっても,自分たちが不利になる状況になれば,内部で多少の意見対立があっても,職能団体はまとまって対処する。ところが,心理職の業界は職能団体が並立し,互いの足を引っ張っている悲惨な状況になっている。自分たちの業界が発展することを自らで邪魔しているようなものです。ある医療関連の出版社のベテラン編集者は,「医療の中でも対立はある。しかし,業界の利益という点になるとしっかりとまとまる社会性がある。それに対して心理職の業界の内部対立のような酷い状況は見たことない」と驚いていた。医療団体からも「心理職の皆さんの内部対立は何とかならないか」という声が出ていると聴いています。

[伊藤]確かにそうですよね。

[下山]「日本公認心理師協会」と「日本公認心理師の会」の2つの団体が並立しているわけですが,それ以外にも異なるグループがあるのをご存知ですか?

[伊藤]いや,分かんないです。

[下山]大雑把に言えば,心理職は三つのグループに分かれています。もうひとつは,元々公認心理師といった国家資格には反対していた「日本臨床心理士資格認定協会」に同調するグループです。このグループは,ユング派や精神分析の学派に所属する心理職の方が多く参加しています。現在の「日本心理臨床学会」は,このグループに近い方が中心になって運営されていると聞いています。

[伊藤]「心理臨床」という表現をする方々のグループですね。『心理臨床の広場』(日本心理臨床学会広報誌)によく出ている方々ですね。自己を語ることにとても熱心な印象があります。

[下山]そうです。ちなみに「日本臨床心理士会」という職能団体がありますが,この団体は「日本公認心理師協会」と密接な連携をとっているとのことです。このように臨床心理士と公認心理師の関係は一筋縄ではいかない事態となっています。このような捻れ現象が起きる理由は,どのグループがその団体を運営する立場を占めているかによって団体の方針が変わるということがあるからです。会員の選挙によってその団体の運営する立場の人が選出されます。そのため,団体の名称とは関係なく,どのようなグループの人が多数選出されるのかによって運営方針が変わるのです。ですので,大切なのは,どのようなグループがあり,その団体の運営の中心を占めているはどのようなグループなのかを確かめることです。

6.改めて「心理職の専門性」とは何かを問う──仲間割れ状況の中で,さてどうする

[下山]結局,心理職のグループは,「日本公認心理師協会」系(医療との妥協派),「日本公認心理師の会」系(医療の支持派),「日本臨床心理士資格認定協会」系(医療からの独立派)に大別されます。そして,これらのグループが三つ巴の様相を呈しています(図1参照)。そして,“敵の敵は味方”といった捻れた事態も生じたりしているようです。

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[伊藤]多分,その話は,今日の「心理職の専門性とは何か」というテーマとすごく関係していると思います。

[下山]そうです。このような“仲間割れ”の枠組みで,それぞれが相手を観ているので,とてもステレオタイプの見方になる。たとえば,私が認知行動療法をしているとなると,「下山は医療の支持派なのだ」と決めつけられる。そして,仮想敵として私を批判してきたりする。「実際はそんなに単純ではないのに」と思います。仲間割れの文脈でしかモノが観られなくなってしまうのがとても危険。

[伊藤]わかりました。問題意識が共有できました。

[下山]ありがとうございます。それでは,このような状況を前提として「心理職の専門性とは何か」という本題に入っていきたいと思います。

■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.19


◇編集長・発行人:下山晴彦
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