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24-3.最新の臨床心理学体系ご案内

(特集 脱☆仲間割れ)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.24
【募集中の研修会】
みんなで学ぶ大事例検討会
-ベテラン・セラピストのケースフォーミュレーションをめぐって-


【日程】
第1回 2021年12月19日(日)/第2回 2022年1月23日(日)
【参加条件】
メンタルケア専門職及び専門職養成大学院の院生
【詳細と申し込み】
https://note.com/inext/n/na010269a2f4b

1.心理職の学問体系とは

利用者に満足していただける心理支援サービスを提供するには,どのようにしたらよいのだろうか? もちろん,より良いサービスを提供するための努力は大切である。しかし,努力する気持ちがあっても,専門的な知識や技能を適切に習得していなければ,利用者の要望に即したサービスを提供することはできない。

心理職として発展するためには,「専門的な知識と技能とは何か」を意識して正しい努力をする必要がある。その専門的な知識と技能は,学問(discipline)体系として示される。そして,学問体系で規定された知識と技能を,専門職として実践する能力はコンピテンシー(competency)と呼ばれる。臨床心理学は,専門性が最も高い心理職である臨床心理職(Clinical Psychologist)を規定する学問体系である。したがって,心理職として専門性の高いコンピテンシーを習得するためには,臨床心理学の学問体系をしっかり学ぶことが必要となる。

そこで,本号では,最新の「臨床心理学」の学問体系を示す「シリーズ 現代の臨床心理学 全5巻」(東京大学出版会,シリーズ編集代表:下山晴彦)を,今年12月より順次刊行されるのに先立って紹介する。

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2.第1巻 臨床心理学 専門職の基盤
――松見淳子+原田隆之 編

第Ⅰ部 臨床心理学の現在
第1章 現代の臨床心理学を支えるモデル(松見淳子)
第2章 エビデンス・ベイスト・プラクティス(原田隆之)

第Ⅱ部 エビデンス・ベイスト・プラクティスの展開
第1章 エビデンス・ベイスト・プラクティスの技能と展開(原田隆之)
第2章 社会に開かれたエビデンス・ベイスト・プラクティス(原田隆之・松見淳子)

第Ⅲ部 臨床心理学の発展と課題
第1章 臨床心理学の成立と発展(下山晴彦)
第2章 日本の臨床心理学の発展と課題(下山晴彦)
第3章 臨床心理学の知識・技法の体系(下山晴彦)

第Ⅳ部 職業的専門性の基盤 
第1章 法律と制度(金沢吉展)
第2章 倫理(慶野遥香)
第3章 専門職連携(川島義高)

第Ⅴ部 教育と訓練の方法 
第1章 心理専門職のコンピテンシー(岩壁 茂)
第2章 事例検討会(ケースカンファレンス)(下山晴彦)
第3章 スーパービジョン(平木典子)
第4章 臨床実習と現場研修(野中舞子)

第Ⅵ部 心理専門職カリキュラム
第1章 米国の臨床心理学の教育カリキュラム(大谷 彰)
第2章 英国の臨床心理学の教育カリキュラム(丹野義彦)
第3章 公認心理師と臨床心理学の課題(下山晴彦)

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3.第2巻 臨床心理アセスメント
――松田 修+滝沢 龍 編

第Ⅰ部 生物—心理—社会モデルに基づくアセスメント
第1章 生物-心理-社会モデルの意義(滝沢 龍・松田 修)
第2章 アセスメントの目的と方法(松田 修・滝沢 龍)

第Ⅱ部 問題別のアセスメント
第1章 ディメンションナルな視点からのアセスメント(滝沢 龍・松田 修)
第2章 抑うつ(滝沢 龍)
第3章 対人関係問題(吉村 聡+藤野 弘)
第4章 心的外傷(トラウマ)(大河原美以)
第5章 衝動性(暴力・自傷/自殺)(菊池安希子)
第6章 認知機能の減退(松田 修)
第7章 知的能力の発達遅滞(橋本創一)

第Ⅲ部 領域別のテストバッテリ
第1章 テストバッテリの考え方と組み方(松田 修・滝沢 龍)
第2章 保健医療分野におけるテストバッテリ(津川律子+成田有里)
第3章 福祉分野におけるテストバッテリ(川畑 隆)
第4章 教育分野におけるテストバッテリ(飯田順子)
第5章 司法・犯罪分野におけるテストバッテリ(田髙 誠)
第6章 産業・労働分野におけるテストバッテリ(種市康太郎)

第Ⅳ部 結果のフィードバックと報告
第1章 フィードバックと報告の考え方と方法(松田 修・滝沢 龍)
第2章 ライフステージに即したフィードバック(松本真理子)
第3章 重症患者やターミナルケアにおけるフィードバック(吉田沙蘭)
第4章 他職への報告書(髙橋香織)

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4.第3巻 臨床心理介入法
――熊野宏昭+下山晴彦 編

第Ⅰ部 エビデンスを現場に生かすために
第1章 エビデンスに支持された介入法とプロトコル適用の留意点(熊野宏昭)
第2章 ケース・フォーミュレーションの作成と活用(下山晴彦)

第Ⅱ部 介入の方法とプロセス
第1章 初回面接(下山晴彦)
第2章 動機づけ面接(林潤一郎)
第3章 家族への介入プロセス(吉川 悟)
第4章 コミュニティへの介入プロセス(髙岡昂太)
第5章 危機場面への介入プロセス(窪田由紀)

第Ⅲ部 ケースマネジメント
第1章 ケースマネジメントの理論と方法(下山晴彦)
第2章 認知行動療法の技法とケースマネジメント(鈴木伸一)
第3章 家族支援を含むケースマネジメント(境 泉洋)
第4章 包括的地域生活支援とケースマネジメント(山崎修道)

第Ⅳ部 チーム・アプローチ(1)総論:保健医療分野
第1章 チームワークの理論と方法(下山晴彦)
第2章 保健医療分野におけるチーム・アプローチ
 1)循環器医療(鈴木伸一+市倉加奈子)
 2)糖尿病・肥満医療(五十嵐友里)
 3)緩和医療/サイコ・オンコロジー(岩満優美)
 4)サイコ・ネフロロジー(石橋由孝+高吉洋平)
第3章 リハビリテーションにおけるチーム・アプローチ(緑川 晶)

第Ⅴ部 チーム・アプローチ(2)その他の領域  
第1章 福祉分野におけるチーム・アプローチ(川畑 隆)
第2章 教育分野におけるチーム・アプローチ(石川悦子)
第3章 司法・犯罪分野におけるチーム・アプローチ(嶋田洋徳+野村和孝)
第4章 産業・労働分野におけるチーム・アプローチ(坂井一史)

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5.第4巻 臨床心理研究法 
――岩壁 茂+杉浦義典 編

第Ⅰ部 研究の意義
第1章 なぜ臨床に研究が,研究が臨床に必要か――プロセス研究の経験に基づいた研究コンピテンシー(岩壁 茂)
第2章 なぜ,臨床心理学の発展に研究が必要か(杉浦義典)
第3章 治療関係研究(岩壁 茂) 
第4章 認知科学との交流からみた精神病理(杉浦義典)

第Ⅱ部 代表的な研究法
第1章 混合計画法(抱井尚子)
第2章 心理療法プロセス研究(岩壁 茂)
第3章 アウトカム研究とメタ分析(竹林由武)
第4章 プログラム評価研究(安田節之)
第5章 神経科学研究(国里愛彦)

第Ⅲ部 各種の臨床的問題に対する研究の進め方
第1章 診断横断アプローチ(伊藤正哉+藤里紘子+加藤紀子)
第2章 うつへの多面的アプローチ(高垣耕企)
第3章 子どもの臨床的問題(大対香奈子)
第4章 発達障害(今野義孝)
第5章 統合失調症(石垣琢麿)

第Ⅳ部 各分野での研究の進め方
第1章 保健・医療領域における意思決定支援研究(吉田沙蘭)
第2章 福祉領域におけるデータ構築と人工知能を用いた虐待対応の研究(髙岡昂太)
第3章 教育領域における心理教育の効果研究(新井 雅)
第4章 司法・犯罪領域における再犯リスク研究(大江由香)
第5章 産業・労働領域のストレス研究(島津明人)

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6.第5巻 臨床心理学と心の健康
――金沢吉展+沢宮容子 編

第Ⅰ部 臨床心理学の社会的役割
第1章 心理職の職業的発達と社会とのかかわり(金沢吉展)
第2章 心理職の社会的役割(沢宮容子)

第Ⅱ部 心の健康増進と予防
第1章 心の健康教育と健康心理学(小玉正博) 
第2章 虐待の予防と対策(加藤尚子)
第3章 いじめの予防と対策(戸田有一)
第4章 依存症の予防と対策(原田隆之)
第5章 自殺の予防と対策(川野健治)
第6章 うつ病のサービスギャップ対策(下山晴彦)
第7章 生活習慣病の予防と対策(山崎勝之)

第Ⅲ部 コミュニティへのアプローチ
第1章 コミュニティへの介入と関係者への援助(窪田由紀)
第2章 発達障害の社会的支援(高柳伸哉+明翫光宜+浜田恵+辻井正次)
第3章 引きこもりの社会的支援(境 泉洋)
第4章 災害被災者の社会的支援(大沼麻実)
第5章 犯罪被害者の社会的支援(齋藤 梓)
第6章 高齢者の社会的支援 (大川一郎)

第Ⅳ部 文化と心理支援
第1章 グローバル化(大西晶子)
第2章 ジェンダー/LGBT(石丸径一郎)
第3章 マインドフルネス(越川房子)
第4章 日本文化と心理療法:内観療法・森田療法(石山一舟)

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7.臨床心理学の崩壊危機

ところで,皆様は,公認心理師が導入されたことで,臨床心理学が崩壊の危機に瀕していることはご存知だろうか。公認心理師は,一見すると臨床心理学を学問的根拠にしているように装われている。しかし,公認心理師の養成カリキュラムや試験をみていくと,それが,本来の臨床心理学の体系に基づいて構成されたものでないことが見えてくる。

公認心理師養成カリキュラムでは,そもそも心理職の基本技能をしっかりと教育訓練する授業が不足している。さらに公認心理師試験の到達目標として,エビデンスベイスト・アプローチや生物-心理-社会モデルといった臨床心理学の方法を示しているのにもかかわらず,そのために必要となる研究活動は公認心理師には求められてない。

臨床心理学の学問体系では,実践に加えて研究が核となる。上記の現代臨床心理学シリーズでも,第4巻として臨床心理研究法が取り上げられている。研究活動によって実践活動の有効性のエビデンスを示すことで,臨床心理職が独立した専門職として認知され,さまざまな領域で主体的に活動を展開できるようになる。そのため,欧米の臨床心理職は,実践に加えて研究の知識や技能を習得するために博士課程を終了することが前提となる。

ところが,公認心理師養成カリキュラムは,形だけは臨床心理学を基盤にしているように装いながら,実際には医師の指示の下で活動し,5分野の行政の枠内で働く技術者,あるいは実務者を育成するための内容となっている。独立して主体的に活動する専門職としての心理職を育成するための臨床心理学カリキュラムになっていない。そのため条件さえ満たせば学部卒でも公認心理師資格は取得可能となっている。

このように公認心理師養成カリキュラムで示される臨床心理学は,骨抜きの形だけの臨床心理学である。中身がないのである。しかし,公認心理師受験に合格したならば臨床心理学を習得したという勘違いが起きてしまう。その結果,臨床心理学の崩壊が進んでしまう。

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8.臨床心理学の役割

したがって,公認心理師に合格したからといって,それで臨床心理学を習得したと思わないことである。専門職となるためには,本来の臨床心理学の学問体系をしっかり学び,専門性を高めていく努力をしなければならない※)。

※)公認心理師が専門性の高い心理職を目指すためのガイドブック
①公認心理師技法ガイド(文光堂)
https://www.bunkodo.co.jp/book/4YVILW8H7U.html

②公認心理師への関係行政論ガイド(北大路書房)
https://www.kitaohji.com/book/b593375.html

さらに,本来の臨床心理学の学問体系を知っておくことは,心理職の置かれた現状を変革していくことにもつながる。心理職業界では,さまざまな分断や仲間割れが起きており,専門職としての発展のビジョンが見えなくなっている。そのような状況において臨床心理学の学問体系は,心理職が全体として目指す専門性の方向を指し示すものとなる。

メンタルケア領域の心理職の学問としては,臨床心理学以外にも心理療法やカウンセリングがある。臨床心理学は,心理学の実証性を重視する学問体系となっている。それに対して心理療法は,それぞれの学派の理論を根拠とする学問体系となる。カウンセリングは,パーソンセンタード・アプローチ(PCA)の理論を根拠とする学問体系である。

臨床心理学は,エビデンス・ベイスト・プラクティスを基盤とすることで心理職の有効性に関するアカウンタビリティ(説明責任)を示すことができる。そのため心理職の独立性と主体性を確保するのに役立つ。その点が,心理療法やカウンセリングと異なる臨床心理学の特徴であり,強みである。

そこで,心理職がメンタルケアの専門職として医療と対等な社会的な位置づけを得るためには臨床心理学の専門性が必要となる。臨床心理学に基づく心理職は,心理支援活動のアカウンタビリティを示し,心理職の地位向上に寄与することが役割となる。

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9.心理臨床学(心理療法とカウンセリング )の役割

しかし,実際の臨床現場では,利用者のニーズや問題の特徴に即した多種多様な心理支援サービスが必要となる。そこでは,さまざまな心理療法サービスが求められることになる。日本では,実にさまざまな心理療法の学派に基づく心理支援活動が展開されている。

たとえば,心理力動系の心理支援,認知行動療法系の心理支援,家族療法系の心理支援,ブリーフセラピー系の心理支援,コミュニティ活動系の心理支援,森田療法系の心理支援などである。まさに心理療法の多様性こそが日本の心理職の特徴であり,強みである。心理療法に基づく心理職の役割は,利用者のニーズに即した多様なサービスを提供することである。

また,日本人の多くは,問題への直面化よりも受容を好む。集団主義的文化ゆえに共感的な関係が重視される。そのための利用者の多くは,問題解決よりも,まずは自分自身の気持ちを共感的に聴いてもらうことを求める。カウンセリングに基づく心理職の役割は,そのような日本人のニーズに応えるサービスを提供することである。

日本では,このような心理療法やカウンセリングの集合体は,心理臨床学と呼ばれている。今後日本の心理職が多様な専門性を発展させていたくめには,臨床心理学と心理臨床学の区別をしっかりとして,それぞれの役割を明確化していくことが必要となる。

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10.“仲間割れ”から“役割分担”へ

日本においては,このような臨床心理学,心理療法,カウンセリングの役割分担が明確でなかった。そのためにひとつの心理職という,狭い枠組みの中に多様な心理職が入り込んで,主導権を得ようと内紛を起こしていた。

そこで,臨床心理学の学問体系を明確化することで,心理療法やカウンセリングとの相違を明らかとなる。そして,それぞれが自らの特徴を生かして役割分担をすることができれば,心理職全体しての発展が可能となる。しかも,学問体系が異なる心理職が役割分担して協力することで多様な心理サービスを提供することが可能となる。

今回ご紹介した「シリーズ 現代の臨床心理学 全5巻」の発刊が,公認心理師養成カリキュラムに因る臨床心理学崩壊の危機を乗り越え,さらにはさまざまな心理職が役割分担をして協力する機会の提供になればと願っている。

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■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第24号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.24


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

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