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SAVE DATA 第十九話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉


Chapter19「花」

GWに入った。
午前中の部活が終わった後、私は先輩と出かけた。部活の帰りにこっそりと先輩と待ち合わせをして一緒に帰るのはなんだかドキドキしたし、電車に乗って街まで出る間、先輩がいろんな話をしてくれてとても楽しくて、先輩のことをもっと知ることができて嬉しかった。

「・・・じゃあ、その名字が一緒の倉石千晴先輩に憧れて陸上をやってるんですね」

「うん、そうだよ。私の憧れの先輩だった」

私は言葉のニュアンスに疑問を覚えた。

「・・・だった?」

思わず出た疑問に先輩は、ああ、と苦笑いを浮かべた。

「千晴先輩ね、事故で死んじゃったの。ちょうど2年前かな」

「あ、そうだったんですか。すいません」

「んーん。大丈夫。いやほんとにかっこいい先輩だったのよ」

先輩の気持ちは何となくわかる。私にとっての咲織先輩なんだ。そんな憧れの人が亡くなってしまったら、と考えたら胸の奥がきゅっと締めつけられるような気持ちになる。

「千晴先輩が残したインターハイベスト8の実績を超えたいの。じゃないとあの人は・・・」

先輩はそれから口をつぐんでしまった。
私もその先を尋ねることもなく、黙ってただ先輩の横で電車に揺られた。
間も無く目的地の停車駅に着いた。先輩は暗示から覚めたようにハッと顔をあげ、私に、行こうかと言った。

・・・
それから私たちはお昼ご飯を食べて、ショッピングモールでスポーツ用品を物色したり、雰囲気のいいカフェにも入った。
カフェを出たところでちょうど雲行きが怪しくなってきたので、先輩は「そろそろ帰らないとヤバいかもね」と言った。
私は名残惜しさを感じつつ、あまり迷惑はかけれないと思って「わかりました」と頷いた。
帰りの電車はお互い少し会話しただけで、あとは無言だった。
電車の窓を雨粒が叩いた。雨が本格的に降り始めたのだ。昼間は晴れていたのに、今ではもう厚く重々しい雲が空を覆っている。
先輩と私の地元はそこまで近くはなかったが、街からだと同じ路線上にある。先に降りるのは先輩だった。

「亜理紗、よかったら私の家来ない?駅から近いから傘貸すよ」

先輩は小声で言った。傘なら実は折りたたみ式がカバンの中にあるし、駅のコンビニでも買えますよ、と思ったが。

「ぜひ、行ってみたいです!」

私は興味津々だった。何よりもう少し先輩と話していたかった。

先輩宅の最寄駅は、乗降車数も少ない閑散駅だった。聞いたことはあるけど、快速は止まらないし、先輩の家が無かったら来ることはなかっただろう。

「私の家あそこ」

先輩の家は本当に駅から近くて、雨の中走っておよそ1分でたどり着いた。それでも十分びしょ濡れになるほど強い雨だったので、私たちは結局濡れたねと言いながら笑い合った。

「ちょっとあがりなよ、タオルも貸してあげる」

そう言われて私は先輩宅にお邪魔した。家の中は、当たり前だけど、先輩の匂いに溢れていた。なんだか妙な感動を覚えた私はくんくんと気づかれないように家の中を嗅いだ。
お風呂場からタオルを持ってきた先輩は、着ていたTシャツを脱いでキャミソールに半パン姿になっていた。

「お茶飲む?」

「あ、はい。いただきます」

そうして先輩がコップにお茶を注いでる姿を後ろから見ていた。濡れた頭をふきながら私は今贅沢なことをしているような気分になった。
それから何となく先輩の部屋まで案内された。机の上の写真たてには、花束を持った人と、今と少し雰囲気が違う先輩の姿があった。

「これって千晴先輩ですか?」

「うん、千晴先輩の中学卒業式の時に撮ってもらった写真。結局、ちゃんと二人で撮ったのはそれが最後だったかもしれないなぁ」

「そうなんですか」

「あ、中学の時のアルバムに他のもあるよ」

そう言われて私はベッドの脇に座り、アルバムを開いた。「へえー」と言いながら私はいろんな先輩の姿を感動しながら見ていると、不思議と生温いような感覚が私たちを包んでいた気がした。
それは何と言葉にすれば良いだろう。何か形容しがたい雰囲気に包まれているような感覚。

「中学の時から身長伸びるの止まっちゃったからね。今とあんまり変わらないでしょ」

「でも今の方が少し大人びてる気がしますよ」

と言いつつ、私はこの変な雰囲気が気になって仕方なかった。

「先輩は―――」


そう開きかけた私の口を、先輩の唇が塞いだ。


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