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SAVE DATA 第十八話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉
Chapter18 「過去」
2016年4月―――。
「・・・先輩、何読んでるんですか?」
図書室で咲織先輩を見つけた私は声をかけた。先輩は、不意に声をかけられたことにあわてず、短い髪を撫でながら、私を見た。
「亜理紗、部活外で会うなんて珍しいね」
「ええ、お邪魔じゃないですか?」
先輩は優しくかぶりを振った。
「全然大丈夫だよ」
「ありがとうございます、先輩が本を読んでるの初めて見ました。それ、何の本ですか?」
先輩は、ああ、と言って私に表紙を見せてくれた。
「シュルレアリスムの本よ」
「え?シュル?何ですかこれ」」
「シュルレアリスムよ、亜理紗」
ほら、と言って先輩は私に本を渡してきた。
パラパラとページをめくるが書いてある内容はよくわからなかった。
「何なんですか、そのシャルレって」
「シュルレアリスム」と先輩は念を押すように私に言った。
「超現実って知ってる?」
「知らないです」
「私たちが意識してる現実にはさらに先があって、無意識下に存在する現実とか、あるいは意識と無意識が混ざった現実のことを言うんだって」
熱心に語ってくれる先輩には申し訳ないが、私には意味がわからなかった。
「面白いと思わない?意識のもとには語れない世界が、けれど、確かに現実の中に存在するの」
「・・・はぁ、そうですか」
私の愛想笑いを察した倉石先輩は、ふうと息を吐いて「ところで亜理紗は何しに図書室へ?」と聞いてきた。
「もうすぐGWなんで、本でも借りていこうかと思いまして」
「GW全部使って読むの?」
「ええ、部活以外にやることないですから。親もいないし、出かけることもないですね」
「・・・そっか」
「先輩はGWなにするんですか?やっぱり勉強?」
「基本は陸上の練習かな」
「ああ、そういえば総体予選までもうすぐですもんね」
倉石先輩は陸上部のエースだ。
部内でも1、2を争う実力者で、私が陸上部に入るキッカケになった人だ。
この学校では部活は強制ではないが、私は帰って誰もいない家で暇をするよりかは、何かに熱心になりたかったので、部活に入ろうと思っていた。
中学の時もやってた陸上部か、あるいは女子バスケ部に入ろうか迷っていた時期に、部活動見学で私は倉石先輩を見た。
先輩は小柄で遠くから見てもあまりパッとしない人だったが、いざ走り出すとそのフォームの美しさに思わず惹かれてしまった。
私も陸上をやっていたからわかるが、一朝一夕で手に入るものではないと思った。きっと長い間、鍛錬して身につけたのだろうと思った。
その姿が頭から離れず、私は中学から引き続き、陸上部に入ることにした。
中学からの経験者だったこともあってか、先輩たちと何かと接する機会があった。
もちろん倉石先輩とも。
・・・ある部活の最中のことだ。
「よろしくお願いしまーす!」
声を張り上げ、スタートポーズを取る。ふぅと息を吐いて、わずかな沈黙を裂くような笛の音ともに、私は駆け出した。走りながら私は四肢に意識をやる。今日はかなりコンディションがいい。脚は軽快に回るし、腕を振る筋肉は少しも軋まない。絶好調だ。
だが、そんな私をあっさりと抜き去り置いていったのが、倉石先輩だ。
「ハァッ・・・ハァッ・・・先輩、速いですね」
走り終えて、私は息を切らしながら先輩に駆け寄る。
「あはは、亜理紗もなかなかなものね。私驚いたよ!」
まだいこう、と私は背を叩かれた。
「はい!どんどんいきましょう!」
私はその日以降も先輩と走り、そして恐らく一年生の中で、一番先輩と仲良くなったと思う。
「・・・で、本は何借りるの?」
先輩が尋ねてきた。私はハッと我に帰った。
「まだ決めてないです。何にしようかなぁ」
「私が選んであげようか」
「え、先輩本に詳しいんですか?」
「まあね。時間が余った時に色々読んでるのよ」
「へーそうなんですね。じゃあお願いします」
「じゃあ、こっちおいで」
私たちは文庫本が置いてある棚へ移動した。小柄な先輩より少し背が高い私は、先輩の指示を受けながら上の棚の本を取った。
「これですか?」
先輩の方に本を向けると、先輩は私の顔をじっと見ていた。
「先輩?どうかしました?」
私が言うと先輩はまた慌てた様子で「ごめん、何でもない」と言った。
それから本を四冊ほど選んだところで、昼休みの終わりを告げる鐘がなった。
「あ、もう昼休み終わりですね」
私に本を解説してくれていた先輩は少し残念そうに「ほんとだね」と言った。
「じゃあ。この四冊借りますね。ありがとうございました!」
「うん、いいよ。じゃ、また部活でね」
そう言って別れかけた時、先輩が「あ、そうだ!」と声をあげたので私は驚いて振り向いた。
「GW予定できたよ、亜理紗」
「え?」
先輩はそう言うとニヤッと笑った。
「私と遊ぼうよ」
また驚いた。私はその言葉の意味を何回も咀嚼して答えが出せずにいると、先輩が「だめ?」と聞いてきた。
私は急いでかぶりを振った。
「い、いえ、よろしくお願いします!楽しみにしてます!」
私は何回もお辞儀した。
「うん、こっちこそよろしく」
そうして先輩は手を振って、教室に帰って行った。
私はその背を見送りながら、ウキウキして思わずガッツポーズをした。
初めて長期休みを楽しみに思えた気がしたのだ。
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