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SAVE DATA 第二十七話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉

Chapter27「背中」


「お酒も飲めるし、美味しいご飯も自分で買える、と」

私はプロテインバーを食べながら、メモ帳にさらさらと思いついたことを書き綴る。
メモ帳は気づけば二冊目になっていた。何かを思いついては、メモを取り出して書き残すことが私の習慣になっていたのだった。

「明日崎先生、前からちょくちょく何かメモを取ってますね」

山城先生が話しかけてきた。私の青春の蛮行以来話しかけてくることは少なかったのに、珍しいことだった。

「ええ、角塚さんのために書いているんです」

「角塚さんに?一体何を?」

私は逡巡した。知られることはまずいことではないが、余計な横槍をいれられるリスクを考えるべきだろうか。

しかし。

「角塚さんを卒業させるためですよ」

考えるのをやめて白状した。すると山城先生は目を丸くして言った。

「・・・あの子を卒業させる?」

「ええ、説得して卒業させようと考えているんで、思いついたことを逐一書き起こしてるんです」

山城先生はポカンと口を開けて「なんでまたあの子を」と呟いた。

「誰もがあの子を現象だ何だだと見放したからですよ」

山城先生を責めるつもりはなかった。私自身彼女に関わりたくないと思ったから、他人のことをとやかく言えない。山城先生は罰が悪そうな顔をして立ち去っていった。その背中を見送りながら、私はふとあることを思いついた。

「・・・山城先生!」

反射的にその背中に向けて声を投げかける。
山城先生はビクッと震えて振り返る。

「一つお願いしたいことがあります。話を聞いてください!お願いします」

山城先生は走り寄ってくる私を見て、かなり狼狽えていた。

「聞いてくれますよね!?」

興奮してる私に向かって山城先生は降参と言わんばかりに弱々しく「はい」と言った。

「ありがとうございます!」

私にはある企みがあった。山城先生を少し困らせてしまうかもしれないが、もうここまできたら一連托生だ。

「実はですね・・・・・・」

私は笑顔を浮かべながら話した。角塚のニヤッとした笑顔の真似をしたつもりだが、似ていただろうか。似ていなかっただろうか。
どちらにしろ山城先生が嫌がるのは変わりないか。

・・・
その次の日の放課後、私は角塚さんと下駄箱で偶然鉢合わせした。私も彼女も変な動揺はしなかった。彼女は私を気にもかけず、白いマフラーを巻きながら、さっさと上履きを脱いでいた。

「角塚さん、今帰り?気をつけて帰るのよ」

角塚は応えない。

「ちょっと、無視?」

彼女の肩をツンツンとつつく。

「・・・触るな、気色悪い」

「はーい、教育的ストップぅ」

私は角塚の手を取った。

「何すんのよ、離して!」

「離しません。今の暴言は見過ごせないわ。あと無視ばっかりしてないで少しは話を聞きなさい」

「何で、あんたの言うことなんか聞かなきゃいけないのよ」

「反抗心は結構だけど、そんな気持ちのまま学校生活を送ったってつまらないでしょ?仲良くした方が楽しいわ」

「・・・仲良く?アンタなんかもうどうでもいい。もう一生私に関わらないでよ」

「じゃあこの学校にいないほうがいい。私は意地でもここで働き続けてやるから」

「あーもう!ほんっとウザい!教師向いてないよアンタ!辞めた方がいいんじゃない?」

彼女は皮肉をたっぷり込めて言った。

「そんなこと言われると先生も傷つくのよ。あーあ、悲しいわ」

「悲しい?」

角塚の目が鋭い怒気を宿す。

「その程度の悲しみで偉そうにするな!私のほうが深い悲しみを持ってるんだ」

角塚は鋭い眼光を宿す目の端から、涙を一筋流した。

「・・・」

私はその様子を黙って瞳に映す。
私が相手取る呪いが彼女の深い心まで入り込んで、囚えて苦しめている。
改めてその姿を見て、私はグッと手に力を込める。

「だったら私に向き合いなさい。角塚亜理紗」

角塚の手を再び取る。
小さくて柔らかい手だ。けど、冬の寒さのせいか、とても冷たかった。
その手をぎゅっと握る。

「私を無視せずに話をしよう。救いになるかなんてわからないけど、私はあなたの教師よ」

彼女は少し狼狽えて目を逸らした。しかしすぐに向き直って「だったら何だってのよ」と言って私の手を払い、そのまま逃げるように帰宅して行った。
私はその背を見送りながら「気をつけて帰るのよ!」と声をかけたが、彼女に聞こえていたかは定かではない。

・・・
それから私は何度も角塚に声をかけた。

移動教室、掃除中、昼休みの図書館、放課後の正門近く。角塚さんを見つけては、挨拶をして話を振っているが彼女は相変わらず無視をする。
その分、私は言いたかったことをメモ帳に書き出した。話聞けよ!と怒りの言葉も添えつつ、メモ帳に書き出していく。ここまでで私のメモ帳は四冊目になっていた。私はこのメモ帳に書き出す作業を年末までと決めた。
正直ネタが尽きてきたというところもあるが、ある程度のストックが溜まったので、年が明けたら編集作業に入ろうと思ったわけだ。
四冊分から私が特に伝えたいこと、角塚に効きそうな言葉をじっくり選んでいくのだ。
一冊目からパラパラとめくって吟味していると、「明日崎先生、行くよ」と山城先生に呼ばれた。

「あ、はい。お願いします」

と言い、私は山城先生に連れ立って移動する。
行き先は校長室。山城先生が優しく扉をノックする。

「どうぞ」

「失礼します」

私も合わせて、失礼しますと言い校長室に入る。
そこにはすでに校長先生と教頭先生が、横並びで革のソファに座っていた。そこの対面に移動し、私と山城先生は「お時間いただいてすみません」と深々とお礼をして着座した。
そんなそんな、と校長先生は謙遜して「お二人も毎日忙しいでしょうに」と言う。

「それで話は聞きましたよ、明日崎先生」と教頭が早速本題を始めた。

「卒業式の式辞を務めたいというのは本気ですか?」

「ええ、本気です」

校長と教頭は言ってたことは本当だったんだ、と言わんばかりに互いの目を見合わせた。

「・・・諸々聞きたいことはありますが、なぜそのようなことを思うようになったのです?」

「角塚亜理紗を卒業させたいからです」

私がそう言うとまた二人は目を合わせた。
山城先生も体をこわばらせて大きく息を吸った。

「そのために式辞をすることが必要だと?」

「この期に及んでこう言うのは申し訳ないですが、必ずしもそれをすることが必要ではなく、卒業式の場で彼女にキチンと言葉を贈れるタイミングが欲しかったのです」

それを聞いて、口を開いたのは山城先生だった。

「角塚さんが、卒業式に参加すると言っているのですか?」

「・・・いいえ、恐らくこのままでは参加しないし、卒業はしないと思います。けど、残り2ヶ月半、ずっと説得し続けます。その一連の説得の最後に、卒業式の日に彼女に言葉を贈りたいんです」

「意気込みは買いますがね。あの角塚を卒業させるなんて・・・」

ねえ、と教頭は山城先生に向かって苦笑いをし、山城先生もそれに苦笑いで返す。

「いいじゃないですか。面白いですよ」

口を開いたのは校長だった。

「校長先生、しかし、理事長も参画いただく式辞なのに、明日崎先生を並べるのは・・・」

「教頭、別に役職は関係ありません。生徒と接点にある実務担当者が話す言葉があってもいいじゃありませんか」

校長は私の顔を見て微笑んだ。

「私を含めて、あの子を卒業させることを諦めていた。でも、年齢も一番若い明日崎先生が熱心になっているし、あの子のことを一番考えている。だったら任せてみましょうよ。式にそれだけの時間を空けることは問題ないでしょう?」

「まあ、可能だとは思いますが」

「明日崎先生、通例では断りますが、生憎あなたの熱意に勝る理由で断ることは難しそうです。私も教員歴40年近くになりますが、あんな生徒は初めてで、正直持て余していました。あなたが何か彼女にできることがあるのなら、是非ともしてください」

どうやら校長先生とは利害が一致したようだ。
言い換えれば、あの子を片付けてくれるならやってくれ、と言っているだけだろうが、これは捻くれた考えではなく、大人の考え方だ。

「頑張ります。ありがとうございます」

それから私たちはいくつかの簡単な打ち合わせと現状報告をした後、退席した。
あらためて校長先生に礼を言うと「でも金髪はやめなさいよ」と忠告され、私は「申し訳ございません」と言い、そそくさと校長室を後にした。

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