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SAVE DATA 第二十六話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉
Chapter26「新学期」
2023年9月ーーー。
二学期が始まった。
昔から夏休みが終わると夏がひとまず終わったような気して、残暑が尾を引きながらゆっくりと去るような気配に、寂しさを覚えたりする。
しかし、今年は違った。
私の鼻息は荒く、体は燃えるように熱を持っていた。私に取っては勝負の二学期だからだ。
そういえば私の生え際からは黒髪が伸びてきていた。よく言われるプリンになりそうだが、しばらく染め直す気はなかった。
そんなことはどうでもいい。
目下の問題は金髪より角塚さんだ。
ホームルームが始まる時間に三年生の教室に行ったが、角塚さんは私に関わってくることはなかった。もはや私のことなど興味がないという素振りで、クラスに溶け込んでいる。
「みんな夏の天王山をよく乗り切りました。いよいよ二学期が始まってこれから受験は本格化します。ここからは短期戦であり長期戦です。すぐに受験は訪れますが、毎日、根を詰めすぎると途中でバテてしまいます。体調を崩さないように気をつけてください」
山城先生がみんなに激励の言葉を送り、ホームルームを締め括った。
それから三々五々に生徒達は帰路についていく。
「気をつけて帰るのよ、角塚さん」
私は帰り支度をしている角塚に話しかけた。角塚は私をひと睨みしただけで、何も言わずに去っていった。
「だいぶ嫌われてるなぁ。卒業までにうまくいくかな」
閑散とした教室で、私は腕を組んで立ち尽くす。勇気を出して話したのに、暖簾に腕押しだった。
これは時間がかかりそうだ。
・・・
「・・・明日崎先生は真面目ですよねえ」
例のバーで、雪井さんはちょっと酔いながら、私に言った。
「真面目ならいいけど、私の場合は不器用成分が強い気がする」
私は肩を落として、カクテルに口をつける。
「いやいや、そんなことないですって。相手は青春の怪物ですからね。一日や二日でうまくいかないですよ」
何やらわかったようなことを言うが、彼女の言うことは最もだった。
私はカバンからメモ帳を取り出した。そこに長期戦で説得する、と簡単にメモを取った。
「え、何ですかそれ」
「メモ帳買ったの。これに思いついたこと書き留めて、大切な言葉を残しておくの」
「な、るほどぉ・・・」
なんか微妙な反応してる。これは倉石がやっていたことだ。台本作戦。かつて咲織を説得する時に、あいつは事前に練習していた。
「気持ちはわかるけど、リアルタイムで出てくる言葉が全ていいとは限らないでしょ?それに大人はリアルタイムで良いこと言えないの。きちんと準備しなきゃ」
「それほんとですかあ?」
「ほんとよ。大人になったら、心の中の言葉を吐くのは大変なのよ。逆に飲み干すことは得意になるけどね」
大人に乾杯、と言って私達は手に持ったカクテルを飲み干した。
「けど、超青春にはどうやって立ち向かうんですか?あの力でまた脅されたら負けちゃうんじゃないですか」
「んー、角塚さんは今私に興味をなくしている気がするからとりあえずは大丈夫そうだし、今私には気になることがあるのよ」
「気になること?」
「ええ、確証はないから、わかったらまた教えるわ」
「えー焦らしますね先生」
「大人の悪い癖かもね」
「便利な言葉ですね、大人って」
「青春と同じようなもんよ」
私たちは笑い合って、夜を明かした。
・・・
翌日以降の学校でも、角塚と私の間には何も変わったことはない。
挨拶はする。しかし、返事はない。恐らくそれが無限に続いていくような気もする。しかし、私の中に焦りはなかった。今はただしっかりと我慢して、あの子に向き合う言葉を紡ぐ。
メモ帳に文字列が増えていく。私は書いている途中に角塚に会いに行く倉石を妄想した。あいつならどんな言葉で角塚を引っ張るだろう。きっと陸上部だから気が合うはずだ。
何の競技に出てんのー?とか。
今度、一緒に走ろうよ。とか。
角塚に伝えたい言葉が溢れてくる。メモ帳を書く手は止まらなかった。あの子の青春を終わらせたい。私は、あの子を卒業させたい。だから、力を貸して倉石。
それから季節は秋を越え、冬が訪れた。
文化祭が十一月に行われ、それを境に三年生の教室は静けさと緊張感に包まれるようになった。冬籠りの準備をする獣がエネルギーを蓄えるように、三年生達はひたすら問題を解き、必死に知識を蓄積して、受験に備えている。
教室では、角塚も他の生徒同様に勉強をしていた。
彼女の様子は秋を終えて変わっていた。
そう、彼女の青春の力が弱まっているように感じるのだ。言葉に出来ない得体の知れなさ、超常の力、彼女が当初持っていたそれらのオーラを最近では全く感じなくなった。
「・・・やはりそうだったのね」
私の推測は当たっていた。
恐らく彼女の中で「受験勉強」は青春として認められていない。
大学受験は、いわば卒業後に自分が進む道を形成することだ。しかし、角塚は繰り返す青春の中にいる。
だから先に進む受験は青春の対象にはなっていないのではないか。つまり受験生の熱が高まるほど角塚の青春から乖離し、その盛力が弱まっていくのだと推測できる。
確信はないが、間違いないとも思う。
「あの子が3年生で良かった」
彼女の青春が2年生でセーブされていたなら、恐らく年中青春の力は衰えることがなかっただろう。
「角塚さん、今ちょっと大丈夫?この資料職員室に運ぶの手伝ってくれないかな?」
また声をかけるが、角塚は私に見向きもしない。
「先生、私たちが手伝いますよ」
角塚の取り巻きにいた二人が手を挙げて、やりますやります、と言ってくれた。
「・・・ありがとう、優しいわね」
その言葉は二人だけに言ったものではなかったが、彼女がそれに気づいているかはわからない。
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