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他人からの視線は、最終的に跳ね返さなきゃいけない。

僕は、おしゃれなファッションや髪型などに、あまり興味がありません。

とはいっても、服は劣化していくし、髪も伸びてきます。みすぼらしい姿をツッコまれたくもないし、いじられたくもありません。

そのため、面倒くさいと思いながらも、年に1~2回は新品の服を購入して、2ヵ月に1回は髪を切ります。

ただ、新品の服に袖を通す瞬間や、新たな髪型で風を切って歩くのは、爽やかな心地になるし、表情も明るくなります。

それなのに、どうして僕は、おしゃれを毛嫌いしているのか。

それは、他人からの視線を気にしないといけないのが、面倒くさいからです。

本当は、自分なりに「カッコイイ!」と思うセンスがあって、それを実現したいという気持ちがあるのですが、ファッションや髪型は、どうしても他人からの評価がつきものです。

自分がどれだけ良いと思っていても、「ダサい」と言ってくる人はいるし、お気に入りのブランド名や、憧れの髪型を検索しても、関連ワードには「ダサい」と出てきます。

自分がやりたいと思うものを実現すればいいのに、他人からの視線が気になりすぎて、「ファッションも髪型も、無難なものにしよう」という考えになります。

「自分のやりたい」を実現することに比べて、「無難にする」というのは難しいです。

なぜなら、どんなファッションでも、どんな髪型でも、ダサいと絶対に言われないものなんて、一つもないからです。

無難を目指すために僕ができることは、なるべく批判されていないものを選び抜くこと。

それには、大変な労力がかかりますし、気力も使います。

そのくせ、無難なので、誰からも褒められないし、かぶってしまうこともあるし、特段似合っていない場合もあります。

強い否定はされないので、安全ではあるのですが、逆に少しでも批判されると、「俺は無難にもなれないのか・・・」と落ち込んでしまいます。

結局のところ、他人からの視線を跳ね返さないと、自分を満たすことはできないのです。

どう見られようとも、それがカッコイイと思っているなら、とことん貫いていくべきなのです。

「カッコいい」か「ダサい」かなんて、人の好みの問題ですから、絶対的なものはありません。

僕も最初、おしゃれを自称している人のファッションや髪型を真似していましたが、自分のセンスで選び始めてからの方が、圧倒的に好評をもらうようになりました。

それからだんだんと、おしゃれが好きになっていきました。

とはいっても、面倒くさいことの一つであることには、まだ変わりありませんが(笑)。

いつか、他人からの視線を完全に跳ね返せる自分になった時、胸を張って「自分のセンスに自信がある」と言えるようになりたいです。

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