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(f)or so long ... 第5話


はじめに

この話は tel(l) if… の卓実視点の話です。時系列はvol.17以降です。
本編はこちらからどうぞ。


登場人物

千葉ちば 咲恵さきえ
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。「tel(l) if…」の主人公。

伊勢いせ
特進コースの社会科教師。毎週火曜日、咲恵の勉強を見ている。

麹谷こうじや 卓実たくみ
特進コースの男子生徒。本作の主人公。


本文

恥も外聞もなく、咲恵を待ち伏せることにした。
文化部の部室棟の出入口は一つしかない。
そこを出てすぐのところにあるのが、二・三年生用の玄関だ。
地下には防音の部屋があって、学校祭の準備期間は臨時の練習室になっていた。
そういえば、同じ棟にいたはずなのに、あのときも会えなかったな。

文芸部がだいたい何時に終わるのかは、特進コースにいた文芸部員から聞き出していた。
咲恵に会えるのは時間の問題だろう。

玄関はぽつり、ぽつりと人が現れるだけで、とても静かだった。
待っているのは平気だった。
こんな空気の中にひとりでたたずんでいると、咲恵へのこの気持ちがどんどんきれいなものに思えてきた。
彼女を好きになったのは、間違いじゃなかったのだ、と。

いつも煩わしいくらい周りに誰か居たのに、今日は示し合わせたかのように、独りだった。
誰も彼もが察して、俺を放って置いてくれているような感じだ。

日が暮れかけた頃、その瞬間は訪れた。

来た。一人だ。
遠くから見ただけで泣きそうになる。
そのせいか少し眩しく見えた。
また可愛くなってない?

頭の中が真っ白になる。
演技プランなんて考えていなかったけれど、考えておけばよかったと思った。

咲恵は俺を見ると、会釈した。
予想外に優しい反応に、安心する。
突き放されるか、無視されると思っていた。

「ちょっと待って」
焦って呼び止める。彼女は靴を履き替えると、俺を置き去りにしようとした。
「一緒に帰ろう」
俺がそう言うと、彼女は戸惑いながらも肯いた。

何か言わないと、すぐ駅についてしまう。
方向が違うから、それで終わりになってしまう。
駅なんて行ったら、ますます話しにくい。

フットワークの軽さと、気さくなところが俺の長所だと思っていた。それなのに、うまく言葉が出て来ない。

「メッセージ全無視はさすがに感じ悪いよ」

つい、そんなことを言ってしまった。
最初に出てきたのが、それだった。
言わないことには他の言葉が出せないくらい、それしか浮かばなかった。

でも、咲恵は何も言わない。
別人みたいに、他人行儀で微笑みを返すだけだ。
いつの間にそんな真似を覚えたのだろう。
誰かの入れ知恵だろうか。

「それから、俺抜きで伊勢先生と勉強しているらしいね。そういうのよくないよ。最近は右沢うざわ先生とも楽しそうに話しちゃってさ」

まずい。今日は理由を聞き出して、謝るつもりだったのに。
でも、止められない。

「卓実も短歌作るの?」
初めて質問を返してくれた。
「作らないけど」
「右沢先生は文芸部のためにしてくれてるんだよ。文芸部のみんなも誘ったけど、断られちゃって、それで私一人でも全力で教えてくれてるの」

知ってる。でも、それなら、どうしてそのまま伊勢先生のところに行って、三人で話したりしたの?
俺ひとり除け者にして。

「それじゃ、私、ここで」
駅につくよりも早く、彼女は手を振った。
気づけばコンビニの前まで来ている。
咲恵は歩くのが早い。

考えてみれば、俺の顔を見るなり怒ってくれたほうが、いくらかマシだった。
今日の彼女はずっと静かだ。
俺を無視しないで。いくらでも謝るから。
相手にされないことが、こんなにもつらいことだったなんて知らなかった。
ほとんど初めての感情に、俺は揺さぶられる。

「俺も行くよ」
今までだって、こういうわがままは聞いてくれた。

「ううん。大丈夫、ここで」
ああ、やっぱり、そうか。俺と離れたいんだな。
でも、俺はずるいから、優しくないから、行かせてあげない。

「どこでも付き合うから、そんなふうに避けないでよ。咲恵と話せないのは、つらいんだ」
俺が哀しい顔でこんなことを言ったら、きっと、咲恵は同情してしまって、無視できない。
だから、たたみかける。
「どうしたら、付き合ってくれる?」

「なんだ、そういうことね。オッケー。でも、今日は本屋に行くから付き合えないの、だから、ここで」

我慢の限界だった。まだ彼女が話している途中なのに、ため息が口から溢れ出てしまった。

「もう、頭おかしくなりそうだから、言うわ! 咲恵のことが好きだから、俺の彼女になってほしいってこと」

最悪だ。告白するつもりなんてなかった。
とにかく謝るつもりだったのに。
だから、今より悪くなることは無いだろう。
頭の中で、ギアを上げる。

「誰かに聞かれるよ」
周りを見回して、焦った様子の彼女を見ると、懐かしい気持ちになった。

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