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「さびしさは鳴る。」

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自作小説を集めたものです。表題は、某芥川賞作品の有名な冒頭から、拝借致しました。
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「ハーメルンの笛吹は黒い羊の夢を見たか」

「ハーメルンの笛吹は黒い羊の夢を見たか」

幼稚園児らしき集団がスイミングスクールの黄色いバスに吸い込まれていく。

「なんだかハーメルンの笛吹を思い出すなあ」なんて、ぼんやりと見ていたら、斜め前のコンビニエンスストアからいかにも目がイってしまった男が憑りつかれたようにそのバスへ歩み寄っていった。

思うよりも先に動いていた。

何となく黄色いバスに近づけてはいけない気がして、何となくで歩み寄ったら、向こうは小さな銀色の刃物を右手に持ってい

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「さらば夕方。」

「さらば夕方。」

BGM/パスピエ「贅沢ないいわけ」

―――*―――*―――

学生時代「一日の終わりは夕方だ」となんとなく思っていたんだけど、どうやら社会に出るとそんなことはないらしい。会社を出た空が墨を吐くように真っ黒で、閉じこめられていた間に誰かに一日を奪われたような、そんな不思議な気分になる。誰が奪ったかと言われれば、まあ、たぶん、会社に奪われたんだろう、きっと。お給料と社会的立場のために、交換条件で。

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「賢者の贈り物」

「賢者の贈り物」

【閲覧注意】
子ども虐待が含まれる描写があります。
不快に思われそうな方は、御注意下さい。

クリスマスに土砂降りなんて、こうもついていないことがあるだろうか。

会社の自動ドアを押し破るように出た先で、誠一は天を仰いだ。街全体を洗い流そうとするその雨の勢いは、さながら、クリスマスというイベントを心底よく思わない連中の願いが具現化されたようだった。

いや、でも、今日だ。

誠一はもう一度ポケット

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model:yosh.ash「雨の日の昼下がりは鴨川の辺で」

model:yosh.ash「雨の日の昼下がりは鴨川の辺で」

※こちらは企画モノです。リクエストいただいた内容で小説を書く、という趣旨で、御依頼戴いた方を私が勝手に想像し、書き上げたものです。実際の御本人様とは全く異なる可能性がございます。御理解の上お読みいただければ有難いです。

※画像は鴨川ではなく、自分の大学の近所の川です。(すみません…。)

詳細⇒ https://note.mu/imyme030/n/ndf7708ff87f8

ーーー*ーーー*

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「四百四病の外とは言うが、」

「四百四病の外とは言うが、」

「どうしよう、めっちゃ心臓どきどきしてきた。」

色素の薄い瞳に西日が当たって、きらきらと反射した。セーラー服はこの子のために作られたんじゃないの、と、思うほど良く似合う。

「大丈夫でしょ。渡すもん渡せばそれでいいんだから。」

「もー!わかってるよ、わかってるけどー…!」

伸びたセーターで半分隠れた白い手の先には、ラッピングされたチョコレートが握られている。そんなにがちがちで掴んでいたら溶

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「放課後クロニクル」

「放課後クロニクル」

西日が射し込む校舎で、およそ10年ぶりに聞くチャイムの音に耳をすませた。

卒業してすぐに建て替えられた新校舎はどこへいったのか。老朽化が心配されていたなじみの校舎の中で、鈴子は困惑していた。
目の前に広がるのは、確かにあの頃自分たちが通っていたままの校舎だった。

ーーーーー既に壊されて、存在しないはずの。

鈴子はなぜ自分がここにいるのか必死で思い出そうとした。
確か、昨日は遅くまで同期と飲ん

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「毒薬」

「毒薬」

その小さなガラス瓶は、陽にかざすとキラキラと光を反射した。
その中を、無色透明の液体がとぷとぷと波を立てて、瓶を満たしている。

『これが一人分だよ』

たしかに、あの人はそう言った。
私の小さな手にも簡単に忍ばせることができる、これが"一人分だ"と。

あの人に出会ったのは本当に偶然だった。
前期レポートを提出するために行った教授の元で、あの人は静かに笑っていたのだ。
「人畜無害」という言葉を具

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「海に祈る」

「海に祈る」

誰が作ったのかは知らないけれど、この海沿いにベンチを置いてくれた人に、私は小さく感謝した。

秋口の海は人もまばらで、薄暗い海の前にたった今到着したのは私だけだった。入れ替わりに帰り支度をしている様子をぼんやりと目で追いながら、波の音だけが耳の中でうねった。この海には昔に一度来たことがあるはずなのに、何だか違う海のようで腹が立った。

―――失恋したから海に来たなんて、ベタすぎたかな。

我ながら

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「ヒカリノカケラ」

 

泣きそうな夕暮れを何度か見たことがある。

 空が両目いっぱいに涙をためているような、そんな気が確かにしたのだけれど、否、思い返すと泣きそうだったのは自分だったのではないだろうか、と、彼は考えていた。

 佐竹一郎は両手いっぱいの花を手に、帰路についていた。何かめでたいことがあったわけではない。強いていうならば、彼のアルバイト先であるレストランで結婚式の二次会というめでたいことがあった。これ

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「放課後を越える」

バス通学の私にとって、自転車置き場は禁足地だ。

何しろ足を踏み入れるための正当な理由が何一つとして、ない。どうして自分はバス通学なのだろうかと、今からではどうしようもないことを再三考えていると、階段の踊り場からやかましい声が近づいてきた。    

これは一種の能力だと思うのだが、どれだけ離れていても、私は彼の声を間違えない。ひんやりとした廊下に、穏やかな西日が差す。がやがやと騒音とともに階段を

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「ユーモレスクの旅人たち」

お昼ごはんの時間を過ぎた頃合いを見計らって、笹川さんはギターを担いで校庭に出る。

適当な場所に座り込んでチューニングをしていると、いつものようにぱらぱらと人が集まって来る。まず、子どもたちが。続いて大人たち。私も配給所の段ボールを潰しながら視線を送る。今日は、スピッツのロビンソン。

笹川さんの一曲目にはスピッツが選ばれることが多い。もともとスピッツが好きなのか、それとも時期的な、場所的な理由

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「ひとりぼっちの夜の底」

「ひとりぼっちの夜の底」

仕事帰りに寄ったコンビニで、お酒と、おつまみと、何となく体のことを考えて野菜スティックと、デザートにプリンを選んでカゴに放り込んだ。店員さんはたった一人で品出しとレジを受け持っていて、私がレジの前に立つと、走ってこちらへやってきた。

ピッ

ピッ

バーコードが読み取られ、値段が表示されると、「あれこんなに買ったっけ」と突然不安になる。こんなこと毎日してるから貯金だって貯まらないし、いざというと

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「いつかの君の世界」

「いつかの君の世界」

三限の鐘が鳴る。

昼休みにあれほどいた人の群れがようやくまばらになって、一息ついた。

図書館前のテラスには日がぽかぽかと当たって、どこまでも青い空だった。

昼休みからすすっていたリプトンが底を尽き、ずず、という音がストローの先で鳴った。先週まで、どれだけ日差しがあっても風だけはひんやりとしていたのに。なまあたたかい空気と一緒に、夏の後姿が見える気がする。

「夏嫌いなんだよなぁー…」

口に

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「何にもない自分と向き合いたくなんてなかった」

「何にもない自分と向き合いたくなんてなかった」

空が嫌に目に染みた。

目をつぶると、脳裏に浮かぶのは駄目なことばっかりだった。

散々だ。本当に散々だ。

歩調は自然と早足になる。何に向かっているのか、何から逃げているのか、もうなんだかよくわからなくて、とにかく、ぐんぐん進んだ。のどが締め付けられるようにギュッとなった。

こんな日に口にしたハンバーガーは、いろんな考えを頭から追い出している間に急速に冷めていた。口に運んだポテトの、何とも言え

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