見出し画像

小説の技法 創作ショートショート|京都芸術大学通信 文芸コース

京都芸術大学 通信教育部 文芸コース科目「小説の技法」で創作したショートショートです。「創作したキャラクター(大学教員と学生)を 用いて1シーンを執筆。場所は教員の研究室とする」という課題で、わたしはつい不用意な発言をしてしまった教授とその生徒について書きました。

実はこれは「外国文学」のスクーリングから着想してお話をつくりました。(「外国文学」の先生はとっても素敵な方だったのでこんな風にはならないと思います!)大学が舞台だったので、授業の内容からヒントをもらって、もしこうだったら、こうなってしまったら、と想像して架空のおじさんになりきるのは楽しかった。

フィクションを書くのは全くのはじめてだったので、ドキドキしながら提出しました。1200字でオチをつけるのは難しいですね。

評価:99点


悪魔でもヒーローでも

 こんなはずじゃなかったのに──。大げさなため息をついたと同時にノックの音がした。
「どうぞ」なんとか平静を装いながら返事をするが、本を持つ手に思わず力が入る。
 本を段ボールにドスンと入れると同時に、研究室のドアが開いた。
「失礼します…」見知った学生が申し訳なさそうに立っていた。
 私は何も言わなかった。思わず目をそらして、椅子をすすめる。なんでわざわざ私を訪ねてくるのか、さっぱり意味がわからない。この子さえいなければ、こんなことにはならなかったのに。

 一週間前、私は教壇に立っていた。かれこれ何年も受け持っている海外文学の授業だ。いまや古典となりつつある作品たちの巧みな文体には、何度読んでも惚れ惚れしてしまう。
 いつも通りの課題作を、いつもと同じ調子で読み進めている途中、ひとりの女子学生が手を挙げた。
「なぜアメリカで発禁になっているような差別的な作品を扱うのですか?」
「よく知っているね。この作品は女性・人種差別的だとして今はアメリカの一部の州では禁書となっている。彼女たち──つまりフェミニストたちの言っていることはわかるけれど、なにしろ古い作品だからね。今となってはどうしようもないだろうと思うよ」
「でも、なんでそんな作品をわざわざ取り上げるんですか? それに、この授業ではまだ一度も女性作家の作品を取り扱っていないじゃないですか」
 彼女の目はまっすぐに私に向けられていた。
「私は良い作品を選ぶ。女性も男性も関係ない。そもそも君はこの作品をどこまで読み込んでいるんだろう。私と同様に深いところまでこの作品を理解していると言えるのかな? どうせアメリカのフェミニストたちだってろくに読んじゃいないんだ」

 そして今日、私は大学を離れることになった。生徒の誰かがあの授業の一部始終を録画していたらしい。それがソーシャルメディアにアップされ、この一週間で瞬く間に世界に広がった。私の動画は人権活動家から教育団体、ついには英語字幕もついてアメリカのフェミニズム団体にまで届き、誰も彼もが私を悪魔のように仕立て上げた。そして目の前の女子学生は悪魔に立ち向かう勇敢なヒーローとして祭り上げられているところだ。
「わたし、そんなつもりじゃなかったんです。こんなことになるなんて。変な人につきまとわれて、大学にも居づらいし…。先生をやめさせるつもりなんてありませんでした」
 声が震えている。彼女は私のことを同じ事件に巻き込まれた仲間みたいに感じているようだった。
 彼女がどんなつもりだったとしても、今となってはどうしようもない。すべては手に負えないところまで来てしまった。
「いいんだ、別に君のせいじゃないよ」そう答えるのが精一杯だった。
 何を言うのも恐ろしく、私は思わず彼女を残して部屋を出た。私たちは悪魔でもヒーローでもなかった。
 近頃は難しい時代だ。想像もしていないことばかりが起こる。