660円の宝物


お店の中はカウンターとテーブル席が三つだけ。テレビが流れていて、綺麗なお花がいくつか飾られている。漂っている空気感やお店の雰囲気、モーニングに出してくれるパンが好きでよく行く。近所の常連さん達が集う都夢という喫茶店。

そこで最初に仲良くなったのが、小学生のお孫さんがいる紫ヘアーが素敵なおばあちゃんと、いつも洋服の色の合わせ方とか、自分の中のスタイルが確立されているシックでお洒落なおじいちゃん。そしてお店のママの旦那さん、伊藤さん。

初めは寡黙で少しぶっきらぼうな人だと勝手に思い込んでいて、話しかけられなかったけど、見た目はジブリに出てくるお父さんのような柔らかそうな人だなと思っていました。伊藤さんの方は、何でこの子はこんなおんぼろな喫茶店に居るのだろう、何をしているのだろうと何故か警戒してどう接していいもんか分からなかったらしい。喫茶店に来る理由なんて一つしかないのに、何を警戒されてたんやろうととても可笑しかった。

何かのキッカケで話すようになって、二年を経て天気の話だとか最近はどうとか、今日は何して過ごすのとか、社交辞令なんかはとっくに超えて他愛も無い話が純粋に今は飛び交っています。この前の私の誕生日に、好きな物を買ってあげるから欲しいものはあるか?と聞いてくれて、駅前の本屋さんに連れて行ってくれた。


本屋さんに行った帰り道に、歩道橋を歩きながら話していた時、私がお礼を言うと、「娘の為にこのくらいはしたいんや」と、照れ臭そうに口にしてくれた。きっと本当の血の繋がりがある父娘の関係なら、わざわざ言葉にされない言葉だと思うと、心から嬉しくなった。丁度夕暮れ時で、差し掛かったオレンジ色が凄く綺麗だった。こういう言葉はずっと忘れないでいれると思う。

伊藤さんは本当に優しい。実直で、物知りで、何を投げかけても興味をちゃんと向けてくれるのが凄く優しい人です。

「桜がやろうとしてるやつあったやろう?調べてみたんやけどあれ難しいなあ」私の知らない所で私の興味を知ろうとしてくれる。「この前何か言いたげそうな顔してた気がしたんやけどな、何か困ってるんか?大丈夫か?」と気にかけてくれたりする。ただ話したりないなあと思っていただけなんやけど、違和感を感じ取れるのは日頃から見てくれているからだと思う。誕生日や父の日にあげた手紙を箱の中に厳重に閉まっていて、時折読み返している事も奥さんがちゃんとばらしてくれた。

そして不思議な事に伊藤さんの優しさには全然見返りが見えない。かなしいことに私達は他人で。それなのに。見返りが見えない優しさなんて誰かに何度も貰えたりしないと思ってる。優しくしてもらえるなら、優しさの種類なんて別に何だっていいんやけど、こういう優しさはあったかい。

私も人に優しくしたいなと思うとき、見返りなんて要らないと思っていても、精神的な見返りを無意識に求めてしまってるなということがあったりして、そういう時自分がひどく嫌になるけど、だから伊藤さんはとてもとても素敵な人。本当に大好きで。自慢の父ちゃんだ。伊藤さんにはずっといい思いをしてて欲しいし、人に優しいから、誰からも優しくされてて欲しい。肩こりとかも全部治って欲しい。出来るだけ悲しい思いはしないで欲しい。

よく、そのままでいてなとか、変わらんといてや、と寂しがってくれるのだが、その感情が変わらんままでいて欲しいと心の中で思っているのは私の方です。こういう時いつまでも子供扱いされたいとか思ってしまうなばか。花粉が辛い。アレルギー検査しに行ったら、私スギもススキもダニもハウスダストも、全部最強レベルで反応するみたい。花粉には鈍感がいい。もう時期桜咲くかな。公園にそろそろ遊びに行きたい。伊藤さんの運動不足を解消する為に散歩に誘わなくちゃ。








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