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SYNERGYCAプロジェクト note企画Vol.2—コンテクスト・リサーチからサウンド&ビジュアルをつなぐ『SYNERGYCA』のエクスペリエンス・デザイン

昨年春に参画し1年近い期間を掛けて取り組んだ、住友化学株式会社(以下住友化学)の『SYNERGYCA(シナジカ)共創ラウンジ』施設設計プロジェクトは、包括的な体験価値の創造を目指すイメージソースのクリエイティビティが存分に発揮されたプロジェクトでした。本記事では、クライアントからオーダーのあったデジタルコンテンツの企画・設計・デザイン・制作にとどまらず、施設全体のサウンドデザインまでトータルに手掛けた本プロジェクトについて、自動BGM構築デバイス「AISO」を用いたサウンドプランニング・制作のパートナーであるAISOチームの日山豪さん、津留正和さんをお迎えし、イメージソースの圓島努、菅野悟史、小山潤との対談によりクリエイティブのエッセンスを紐解きます。

<インタビューメンバー>
日山豪|Go Hiyama
AISOチーム サウンドデザイナー・音楽家(株式会社ECHOES BREATH)
津留正和|Masakazu Tsuru
AISOチーム プロジェクトマネージャー(株式会社kusabi)
圓島努|Tsutomu Marushima
アートディレクター・デザイナー(イメージソース)
菅野 悟史|Satoshi Kanno
ディレクター・マネージャー(イメージソース)
小山潤|Jun Koyama
アートディレクター・デザイナー(イメージソース)

▶︎公式サイト|SYNERGYCA

▶︎IMGSRC WORKS|SYNERGYCA


エモーショナルな体験設計の基盤はコンテクスト・リサーチ

-プロジェクトの企画はどのようにはじまったのですか?

圓島:『SYNERGYCA』 のデジタルコンテンツについて相談を受け、まずおこなったのは、様々な視点からのデスクリサーチと、思考実験的なフィールドリサーチでした。クライアントとなる住友化学は創業100年以上の歴史があり、世界中に法人拠点や研究施設を持つグローバル企業であることから、考えるべき課題や扱う情報が空間的にも時間的にも非常にスケールが大きく、リサーチをおこなうにしても、固定的なリサーチ方法では不十分であると感じていたので、2本立てでリサーチを行いながらコンテクストを組み立てるコンテクスト・リサーチをもとに、体験構造をモデリングしていきました。

広告的なプロジェクトだと、ターゲットユーザーをセグメントして体験設計を体系化していくことが多いですが、共創スペースの起源や化学が人類に与えた影響を調べていくうちに、「人が創造的な発想を持つためには何が必要なのだろう?」とか、「人と人がどういうコミュニケーションをすると共創的な関係になるのだろう?」というような根源的な問いが湧いてきたので、その問いが持つ可能性を限定してしまう様なセグメントはあえて行わず、イノベーションの起源を遡ったり、認知心理学や認知言語学、脳科学、現象学的なアプローチから学んだり、現代美術史や現代音楽史、ナラトロジー(物語論)とストーリーテリングの手法を組み合わせたり、オブジェクト指向UIデザインをはじめとするUX理論にあてはめてみたりと、様々な視点や領域からヒントをあぶり出していきました。

-AISOのみなさんとご一緒することになった経緯について教えてください。

圓島:一昨年から社会状勢的にリモートワーク中心の働き方に変わっていくさなか、日常のなかで音というものが人間に様々な影響を与えていることを感じていました。個人的に、集中力のコントロールや心地よい空間づくりのため、焚き火や雨の音、ミニマルな音楽やポップスなどを複数のスピーカーやイヤホンで擬似的にミックスして重ねて聞いたりなどしていた時期があって…(笑)

日山:なんと、自分でつくっていたんですね!

圓島:そうなんですよ。擬似 AISOみたいな。そんなことをやりつつ『SYNERGYCA』のためのリサーチをはじめた時期にちょうど、音楽家でありサウンドデザイナーの日山さん率いるECHOES BREATH社や自動BGM構築デバイス「AISO」を知り、「同じようなことを考えている人がいるんだ!」という嬉しさもあり、ぜひご一緒させていただきたいと思いました。

音を多角的に捉えるサウンドブランディングの考え方が今回のプロジェクトにピッタリだったので、当初依頼にはなかった施設全体のサウンドデザインも企画させていただきたいとクライアントに提案したら、びっくりするくらい、すんなり賛同していただいて。

日山さんたちとの出会いで、イメージソースが元々担当していた「歴史」コンテンツと「テクノロジー」コンテンツといった限定的なスコープを超えて、もう一歩踏み込んだクリエイティブが生み出せると期待感が膨らみました。

日山:「AISO」は、プレイリストや有線サービス利用といった「楽曲」の組み合わせからなる既存のBGMについて、これからのあり方を紐解き、「楽曲」といったカタマリの単位ではなく断片的な「音」自体をデザイン、プログラミングによりそれをリアルタイムにランダムに構築し、半永久的に新しい音楽を生成することができるシステムです。「AISO」でつくる「終わらない、ループしない音楽」を、このような空間づくりのクリエイティブのひとつとして迎えてくれたこと、とても嬉しく思います。今回、その「AISO」を使用し、施設全体・歴史・テクノロジーの各コンテンツでミュージシャンの中村弘二氏と共作しサウンド制作を担当させていただきました。

▶︎公式サイト|AISO

体験のクオリティを上げるサウンドデザインとは

-リサーチと体験設計の資料を共有しながら、今回のテーマやキーワード、空間の可能性を話しましたが、初見でかなり話が盛り上がりましたね。

圓島:R.マリー.シェーファーにより提唱され現代でもそのデザイン手法が研究されている「サウンドスケープ」の話から、近現代音楽のルーツとも言える「エリック・サティ」、フランスの「ミュージックコンクレート」、「フィリップ・グラス」のミニマル・ミュージックから昨今のエレクトロミュージックまで──、初めてお会いしたにも関わらず、「音」と「音楽」の歴史やあり方など、あれだけサウンドエクスペリエンスについてお話しできるとは驚きでした。イメージソースと日山さんとで、資料や意見を交換しながらサウンドのアプローチを詰めていくなかで、これは必ずいい提案ができると確信しました。

菅野:クライアント向けの提案のなかでも日山さんの資料は言語化されていてとてもわかりやすいものでした。相手と対話しようとしている資料が印象的でしたね。

圓島:今回『SYNERGYCA』で「AISO」を用いたサウンドを制作いただいて、音に対してのイメージや世界観、アプローチって、こんなにも明確になるんだなと思いました。「AISO」って、無限に音を生成しながら偶発性のようなものも介在していて、コラボレーションするアーティストの意思は介在していますが、楽曲という単位から音が解放された存在ですよね。クリエイティブの制作現場でも、しばしば「こういう感じでお願いします!」といったざっくりとして曖昧な依頼も多いと思いますが、サウンドデザインという領域においてはいかがでしょうか。

日山:どんなご依頼であっても、ヒアリングをきちんとおこなうことと、提案の際には丁寧に言語化することが大事だと思っています。私はもともと建築を学んでいたこともあり、プリミティブに考える癖や言語化することは染み付いていますので、それがサウンドデザインの提案に生かされていると感じています。クライアントへの初回提案の際に、「ずっと音楽が鳴っているの?一般的なBGMのようなものは不安」と心配されていたことは記憶していて、先ほど話していたような既存BGMの課題を同じように感じていらっしゃることを感じていました。だからこそ、自分たちがおこなうサウンドデザインをしっかり伝えていく必要があるなとも。一方で音楽家の方とのコミュニケーションには独自のものがあるので、私は通訳者になるようにしています。

菅野:日山さんには体験設計に通ずるデザイン思考があるように思います。

日山:音というものは、体験・経験・記憶、そして時間と深く結びついている。会社を設立した初期の頃、自社発の音に関するエキシビションや活動を通してそう強く思ったんです。そこから、プロダクトなどのデザインと同じような見方で多角的にサウンドをデザインする人がいてもいいんじゃないかなと思い、今に至ります。もともとテクノミュージシャンとして活動してしたこともあり、音楽家が社会と接するシーンがあってもいいなと。そこにはやはり、まだまだ距離があることも多いので。また会社設立前、デザイン業界で著名な方が執筆された書籍を読む際に、「デザイン」という言葉を「音楽」という言葉に変えても意味が通じると思ったことがあり、デザインと音楽の親和性は感じていました。

圓島:領域横断的な視点はデザインでもありますよね。また、音楽的な考え方や感覚をデザインに応用したりすることもよくあります。今回、プロジェクトの課題の共有やクリエイティブのプロセスがとてもスムーズで、日山さんとは考え方やものの作り方が似ているなと思いました。終盤は実空間で音を調整していくなど、依頼されたそのままをつくるのではなく、あくまでも価値ある体験づくりに重きを置くことで、最終的に同じ目線で着地できたのかなと思っています。

-AISOは、どのようにしてスタートしていったのですか?

津留:人や空間に目的や体験価値を置く考えは、「AISO」の起りに繋がっています。前職でとある化粧品メーカーの店舗内装とデジタルコンテンツの設計制作を担当した際に日山と出会い、同プロジェクトメンバーであった安友(AISOエンジニア・安友裕秋)との3人で「AISO」の原型である店舗BGMのデザイン・プロデュースをおこなうことになったんです。既成曲が選曲されただけのBGMに疑問を抱いていた私たちは、そこで、曲が変化し続けるものができないかという日山のアイデアをかたちにしていきました。クライアントの担当者にも実際店舗で働く方にも好評で、空間づくりの手応えを感じました。そしてアップデートされたのが現在の「AISO」です。

日山:店舗BGMに関しては根本的な問題がありました。お客様をお迎えするスタッフがまずキツイんです。同じ音楽が流れている空間では、感動のない単調な気持ちになってしまいがちで、最悪の場合その音楽を聞いたら気分が下がってしまうことも。お客様の体験価値の創造の視点からも、ブランディングという視点からも、既成曲では課題があるなと。また、曲間にある一瞬の無音が、人の行動を左右することはご存知の方も多いでしょう。「そろそろ出ますか?」とか、気まずい雰囲気や消費行動を妨げる口実となりやすい。音に携わる者として、これら現状の店舗BGMに関しての課題はいつか解決したいなと思っていたことでした。

津留:ひとつの案件を終え、ここで留めてはいけないと2020年商品化に至りました。今は様々なクリエイターとコラボレーションした楽曲のほか、ホテルや、今回のような空間の体験設計の一部として私たちがディレクションし、ご利用いただいています。

圓島:商業施設を例に挙げると、購買意欲を掻き立てる音楽をかけるといったテクニックもありますよね。でも目的には沿ってはいるけど支配的というか、環境と人がナチュラルに交わった状態ではないことは気になっていました。「AISO」はその対極にあって、まるで人がその環境で活きるようにサウンドデザインがなされています。環境における音の取り扱い方次第で、音は体験の密度を上げるものになり得ますよね。

対話から生み出されるクリエイティブ

-イメージソースとの空間づくり協業で発見はありましたか?

日山:スピーカーの配置を難なく理解・調整していただけたのはかなり嬉しかったです。通常、なかなか理解を得られないことが多いので。サウンドは流すだけではないこと、空間のクオリティを上げる目的をご理解いただいていることが、大きいと思います。

菅野:空間との調和を取るための配置やサウンドのエンジニアリングにこだわり、機材のあるべき場所や設定などの概念にとらわれない発想をお互いに持ちながら進行できたのでとても良い空間になったと思います。

圓島:企画でも制作でも、どんな立ち位置であっても、「なんでそれやるんだっけ?」とか「なにが大事なんだっけ?」といった根本的なことはブラさないことって大事ですよね。そうでなければ、体験の性質や構造を見極めて、本質的なクリエイティブに到達できないと思います。こういった問いかけをもってクリエイティブにのぞむスタンスは、今後もイメージソースの強みとして磨きあげていきたいなと思いますし、同じような想いをもつAISOのみなさんとご一緒できたことに感謝しています。

菅野:施設全体のサウンドでは「AISO」を導入しサウンドピースから無限の音の組み合わせを生みだし有機的に編み上げるサウンドスケープをつくりだすことができましたね。また、「テクノロジー」コンテンツでは、施設全体と共振するBGMとユーザーエクスペリエンスを増幅させるUXサウンドにより有機的なデジタル体験を構築できました。
「歴史」コンテンツを担当した小山さんの、サウンドへの印象はどうでしたか?

小山:「歴史」コンテンツでは、コンセプチュアルに「音」と「音楽」の関係性のあり方を歴史的な分脈で分析・再構築し、現代的でシネマティックなサウンドトラックをつむぎだしていたと思います。僕はデザインと、その前のリサーチで、クライアントの企業史や『SYNERGYCA』の所在地である日本橋という土地の歴史を紐解いていったのですが、それがあったからこそ、日山さんたちときちんと対話しながらつくることができたのかなと。インスタレーション案件はよく担当するのですが、僕らデザイナーも音の領域に関わっていかないと、体験の強度を担保できないなと感じることもしばしばあり…。今回の案件では、対話のなかで音の強度が上がっていくのを体感できましたね。

日山:強度という言葉、しっくりきました!「歴史」コンテンツでは4つのモードがありますが、「スタンバイ・モード」というメインコンテンツが始まる前の準体験時間のモードでは、日本橋の水の街としての記憶から物質の状態変化を想起させるプリミティブなビジュアルが起ちあがります。そのサウンドでは、水が沸騰している音が下地になっています。その音は、みなさんが普段敏感に察知している音の厚みであり、物質の根源的なところをデザインしていきました。

津留:住友化学の創業から現在までの軌跡を宇宙のように表現した「クロニクル・モード」のサウンドは、ピアノを基調とした楽曲となりましたが、これはナカコーさん(中村弘二氏)の強い意思でスタジオに入って制作したものです。すると歴然と強度や厚みが違うものが上がってきたことは、印象的でしたね。人のゆらぎや未来を感じられるサウンドに仕上げることができたと思っています。

圓島:「歴史」コンテンツの映像は文字やグラフィックを1ピクセル単位で微調整していきましたが、耳も同じですね。目指すべき体験にとって何がノイズになっているかを見つけ、精度を上げていく。「ワールド・モード」「マテリアル・モード」での違いも訪れたみなさんにぜひ体験いただきたいです。

-最後に「AISO」の今後の展望やプロジェクトへの感想を教えてください。

津留:外部環境によってあるべき音って変わると思っていて、時代や人の感覚の変化、文脈の変化が起こるその時々で、サウンドデザインができたらなと思います。ホテルのお仕事でこの春ver.2を制作しているものもあり、然るべきタイミングで、その時に合わせた空間づくりのお手伝いをしていきたいです。また、BGMでの活用とは別軸で、ナカコーさん(中村弘二氏)がライブで「AISO」を楽器として使った例のように、アーティストとのチャレンジングな活用も展開していければと。

日山:音楽再生のみならず、今後は視覚や触覚といった何らかのセンシングと連動するものもつくっていきたいですね。例えば温度や明るさの変化に合わせたサウンド体験など。様々な要素・理論を「AISO」にのせたり。イメージソースとは相性がいいなと思っています。

圓島:気象情報の連携といった我々の外部にあるものだけでなく、感情や触覚嗅覚といったIoBとか生体制御技術とかの延長線上にあるものとの連携は面白そうですね。アナログとデジタルを掛け合わせた表現のプロジェクトなどもご一緒してみたいです。みなさんと今後のインスタレーションの可能性を拡げていきたいと思います。

菅野:「AISO」自身がどんどん進化していくような予感がしています。人間の様々なフィジカルデータと組み合わされてその人のパーソナルな部分を反映したアプローチをおこなったり、もっとパブリックな環境データと組み合わせた様々な音を提供したり。「AISO」自身が知覚を持つとさらに面白いかもしれません。

小山:音から始めるインスタレーション制作も面白そうですね。サウンド制作ってどうしても最後になってしまうので、新しい見方ができるかもしれません。

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今回AISOチームと協業しあらためて感じたことは、体験設計は、「こうしてほしい!」といった思惑のみを先行させず、あくまでその空間にいる人を中心にしたクリエイティブプロセスを踏むことの大切さでした。出来合いの音楽では満たすことはできない、日々変わっていく人の気持ちや、止まることのない進化といった人としての感覚を忘れず、今後も対話を重んじたクリエイティブを生み出していきたいです。


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インタビュー撮影:
阿部 大輔 Daisuke Abe / Photographer (bird and insect ltd.)
野口 章子 Akko Noguchi / Retoucher (bird and insect ltd.)
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