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【#35】異能者たちの最終決戦 四章【予言書】

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『永井翔太郎は捜査の当てもなく深夜の渋谷をさ迷っていた。歩き疲れ、さらに空腹に耐えきれずに、目についたチェーン店の牛丼屋に入ることにした。店内に入るとピンク色の大きなヘッドホンをした明らかに10代の女の客が一人目についたくらいで、その他は若い店員が独りだけ奥にいて閑散としていたが、何か異様な雰囲気を感じた。女から店員用の通路を挟んだ斜め向かい側のカウンター席に座り、店員を呼ぼうと厨房にいる青年の顔を見ると、なにやら困ったような表情をこちらに見せる。彼はトレーにどんぶり三つを載せ、同意を求める目をこちらに向け、苦笑いしながら永井を通り過ぎ若い女の前にトレーを置いた。店員はすぐに引きかえし厨房に作り置いた2つのどんぶりをまたトレーに載せ、今度は永井を一瞥もしないで無表情に女のところに置いていった。店員がマニュアル通りに注文の確認を暗誦する。「大盛り牛丼五つでよろしいですか」。女は無視し無言のまま箸をどんぶりに入れ、もくもくと食べ始めた。永井は呆気にとられてしまった。体格が平均的な女がこんなに食べれるものかと驚いたが、疑いの方が強かった。何かイタズラのような気がしたが、女には全く作為的な動きや表情はなかった。ただ普通に食べ続けた。永井の前に水が置かれて、注文をするのを思いだし、店員に牛丼並盛を伝えると、吸い込まれるかのように女の食欲を見守った。女のペースは全く乱れず、2皿目に移った。そこで彼女は永井の視線に気付き、箸を止めた。不思議な静寂が訪れた。彼女はどんぶりから顔をゆっくりと上げ、上目遣いに彼を睨んだ。永井は目をそらした。店員が助け船のようにいいタイミングで彼の牛丼を持ってきた。永井は助かった心地がしたのはただ無遠慮な視線をした気まずさだけでなく、女の目が鋭くとても10代の子の目には見えない恐ろしい程の迫力があり、気圧されてしまったのだ。永井は大胆にも自分のどんぶりを持ち、女の一つ離れた席に移動した。女はまたもやギロッと彼を睨んだが、笑顔で返すと不服そうに箸を置いた。

「何か?」

永井は女を観察した。そばで見ても、大食いしそうにない平均的な女の子にしか見えない。白いパーカーに細身のデニムを履いていて、細い脚から伸びた先には底の厚いスニーカーが不格好にくっついている。

「それ全部食べるのかい?」

「ええ」

女はヘッドフォンをしていても十分に聞こえていた。ピンク色のヘッドフォンは顔に癒着しているかもと思われるほど女の白く小さな顔に少しもずれなく張り付いている。永井は彼女の顔に静かな知性と狂気が宿っているのを発見し、大胆な行動を促した自分の本能の正しさに自信を持ち、より突っこんでみようと思った。

「本当だったら僕が支払うよ」

女は鼻で笑った。

永井は親しみを感じさせるように微笑んで見せた。悪ふざけでもないし、馬鹿にしてるわけでもないと。

「ナンパ?」

「牛丼大盛りを五杯食べようとしている女をナンパする男なんかいるとおもうか?」

永井は出来るだけさわやかに見える笑顔をしようとした。その効果はあまり期待通りにはいかなかった。女は無視し、米と肉を胃に入れる作業に戻った。』

ここまで読んで、さなえはこの牛丼女は長澤麻里ではないだろうと考えた。麻里は鋭い眼光を持たないし、ヘッドフォンをつけて牛丼屋に入る彼女の姿はどうやっても滑稽な映像にしかならなく、牛丼を大食いするには美人すぎた。似合いそうなのは轟紗耶香の方だが、彼女は女優でも芸能人でもない。さなえはベッドの上で枕を胸の下に置き本を読んでいた。彼女は少し脳の疲労を感じ、ふぅと息を吐きページをめくる。


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マガジン 異能者たちの最終決戦


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