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偶然且つ変えの効かない夜 a.k.a.ナイトオンザアース

僕はその日終電を逃した。酔いが少し覚めるとそこはキラキラしてる事に気がついた。もう少し歩いたらそこは渋谷だと分かった。そうだ、思い出した。さっきまで俺は渋谷で飲んでた。そして電車がなくなったのだ。とてもイライラしていた。友達に可愛い彼女ができてた。俺の方がカッコいいと思ってた。その友達にもちろん罪はない。幸せにはなってほしい。しかし正直なところをいうとイライラはしている。そして明日(今日)の朝には授業が待ち構えている。大学生も大変なんだぜ、世の大人たちよ。あーやるせないな。タバコを吸おう。

しまった。ライター居酒屋に忘れた。酔いが完全に覚めている訳でもなく、自暴自棄な気持ちに襲われた。そして近くにあったゴミ箱を蹴ったのだ。

すると右の方から視線を感じた。

俺より10歳くらい歳上かな。サラリーマンが座ってた。いやそんな事はどうでもいい、あいつ、手に何もってる?

タバコだ。タバコを吸ってる。火を貸してもらおう。俺はすぐに走って火を貸してほしいと頼んだ。サラリーマンはダルそうにライターを俺に渡した。なんというか、さっきまで泣いてたのかなって顔をしている。だから思わず聞いてしまった。何かあったのかと。

会社をクビになった。

彼はそう言った。何を言えばいいのか。社会に出ていない大学生もどきが励ましても逆効果であろうと俺は分かっていた。でも彼は何かを吐き出したそうだった。だから俺はちょっと待っててくれとその場を離れた。

コンビニで酒を2缶。買ってサラリーマンの元へ戻った。飲みましょう、何でも話してください、今日だけの仲です。俺ができることはそんくらいだった。サラリーマンの顔が少しだけ明るくなったような気がした。俺も笑った。大学生に戻った気分だよ。彼はそう言って酒を飲み始めた。俺もようやくタバコに火をつけ、酒を飲み始めた。

彼は自分から話し始めた。たしかに失敗ばかりではあったが、やりがいのある仕事だったらしい。これからどんどん即戦力になってやろうと自分を奮い立たせていたと。情熱心に満ちていたわけだ。それが故に、クビになったという衝撃よりこれから何に向かって生きていけばいいのだろうと、ざっとまとめればそんな話だった。

君の話も聞こうと言い出し、なぜこんな時間にここにいるのか聞かれた。時計は1:45だった。俺は2人の友達と3人で飲んでた。高校時代の友達だった。久しぶりだった。俺は神奈川に住んでいるのだが、その2人は上京して都内の大学生になった。だから彼らに合わせて東京まで来たのだ。そしたらこのざまだ。しかもだ、俺よりブサイクなやつに可愛い彼女ができてた。俺はまたイライラしてきた。

サラリーマンは笑った。いいなあ大学生は。恋にうつつを抜かし、くだらない事で笑い合い、時間だけはたくさんある時代。戻りたいよ。そんなことを言ってた。

しかし時代は変わったのだ。今では大学に入るのは昔より一苦労。倍率がおかしいことになってる。遊びまくれるかと言えば、そうでもない。課題は少なくはない。学校が終わればバイトだ。ひとり暮らしなんてしてるもんなら、1円でも多く稼がねばならない。しかし朝は普通に早いので遅くまではバイトはできない。それで必死に貯めたお金で学費を払う。そんな学費に釣り合わない授業。食費。生活費。それでお金は精一杯だ。遊びになんて行けない。世間からは舐められ、それでも働き金を貯めて授業を受ける。しかし何を得たのか分からないまま卒業する。残るのは貯まった奨学金。

2人は酒が進んだ。少し歩こうかとなった。渋谷は治安が悪かった。途中で女の人が倒れてるのを見た。あの人大丈夫だろうか。大丈夫ですか。声をかけてみた。すると彼女は起き上がる。2人だったらまとめて、ホ別25000でどう?

立ちんぼかよ。こいつ。てか今時いるのか。こんなド平日じゃ客も来ないだろう。その日は火曜日で、もう水曜日に変わっていた。今日はとても暇だと彼女は言っていた。サラリーマンが口を開いた。25000で君の体を買う気はない。だが140円で君の2時間くらいを買おう。そう言い残し彼はコンビニへ向かった。あの人なに言ってんの。彼女は少し笑っていた。まあまあお酒入ってるからね、あと、さっき会社クビになったらしいから、気が狂って少し頭のネジ外れたんじゃないか。俺はテキトーに答えた。

サラリーマンは缶チューハイを彼女に渡した。俺の分と自分の分も買ってきて、3人で缶チューハイを飲み始めた。クビになった気分はどう?彼女は聞いた。最高だよ。リーマンはそんな事を言った。明日から自由なんだぜ、失うものなんてない。新しい人生が始まった気分だよ。俺は少しだけホッとした。少しでも元気になってくれてよかったと、初めて会った奴に対して思った。

なんで立ちんぼなんてやってるんだと彼女に聞いてみた。彼女は彼氏と同棲をしていたが、喧嘩が原因で家出をしている最中らしい。しかも手ぶらで何も持たず家を飛び出したらしく、自分自身を証明するものは彼氏の家にあるからまともなバイトはできないと。しかし金が必要なため、このように体を売っていると。今家はどうしているのかと聞くと、友達の家とネカフェを転々としているらしい。彼女がタバコに火をつけた。それにつられてリーマンと俺もタバコに火をつけた。

俺が今日どのようにして終電を逃して、どのようにしてこーゆー状況になっているかも話した。そうすると、彼女とは同い年であることが分かった。昔の話をした。昔こんな芸人いたよね。いたいた、今なにやってんだろね。あの番組見てた?あれ小学校の時だったっけ?そうだった気がする。お前ら若いなあ、まじかよ、俺その時高校生だぜ?リーマンと俺らのジェネレーションギャップの話に少しずつシフトしていった。あの時は?俺大学生だな。うちら中学生とかだっけ?そうそう、部活後見てた記憶あるから。

途中リンカーンというバラエティ番組の話になった。あれは小学生だったかなあ。俺は高校だったなあ。朝までそれ正解ってやつ面白かったよね。あーーーあれね、今でもyoutubeでたまに見ちゃうよね。今やってみようよ、ここでもできるでしょ。面白そう。やろやろ。

「あ」で始まる、日常生活でよく行うことは?


おれの答えは、「アイスを食べること」

いやそれ君だけでしょ。

そうなの?みんな食べない?

うちそんな食べないよアイス。

私の答えは、洗い物。

ああ確かに確かに。それだわ。男2人は完全同意。

最後、リーマンは?

うーーん、「歩く」

笑った。それはせこいでしょ。たしかに、そーゆーことではなくない?

そうかなあ。

そうだよ、もう、ちゃんとして。つぎつぎ。

「り」で始まる、嫌なことは?

私から言うね、「陸上」

いやだねえ。夏とか暑いし疲れるしね。

この中に陸上部だった人いる?

ちがーう。

いなくてよかったね。

その路線でいうと、俺は「理科」かな。完全文系脳なんだよね。大学も文系だし。

そうなんだあ。

うちは勉強全般きらい。

笑った。そりゃそうだけど。

理科の実験で、この液体は危ないのでってやつで実験するとき、無駄に緊張感あったよね。

わかるわー。何気に怖いよね。

そうそう。

最後、リーマンは?


うーーん、「リストラ」

俺と彼女は爆笑してしまった。

それに釣られてリーマンも笑ってた。

そりゃそうだわ、

それでしかないね

今回はリーマンの勝ちだわ。

それもせこいわあ。

むちゃくちゃ盛り上がった。ホントにさっき出会った人達なのだろうか。かれこれ1時間くらい、こんなことやっていた。数時間前の飲み会より正直言って楽しいな。そのうち電車が走り出す時間へとなっていた。

俺あしたってか、この後授業なんだよね。帰って少し寝ないと。

俺もとりあえず帰って寝て頭冷やすかあ。

そうしな。

3人は渋谷駅へと歩き始めた。

そうえばリーマンどこ住みなの?

俺は埼玉だよ。勤務地が渋谷だったの。

そうなんだー。じゃあ渋谷にはしばらく来ないね。

そうだねえ。てか当分来ないだろうね。

彼女は歩いていける距離に友達が住んでるらしく、そこにお邪魔するらしい。

俺は神奈川で、渋谷は滅多に来ないから、俺も当分来ないかもなあ。

てか、私達二度と会わないかもね。

なんだか不思議だよねえ。

駅についた。リーマンはJR。俺は京王井の頭線。彼女は歩き。

俺たち3人は互いに握手した。

楽しかったよ。

俺も。

うちも。

また会いたいけど、まあ会わないだろうね。

そうだねえ。

でも当分は忘れないね。

そりゃそうだよ。

貴重な時間だったねえ。

ね。

ね。


うん、よし、んじゃ、帰るわ。

そだね。

うん。

ありがと。

ありがとう。

ありがとね。

みなさん、お元気で。

元気で。

元気でね。

さようなら。


俺たちが出会ったのは奇跡でも運命でもなく、ただこの日本という国でそれぞれ別に生きていた人々が、何十年という人生の中のたった数時間を、共に過ごした、ただそれだけのこと。



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