蒐集家、団結する 第二章 三、本部突撃
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本部へ行こうと自ら提案したにもかかわらず、所在地へ向かう特急電車の前で椛は仲間たちを待たせてしまった。寝坊して急いで自宅を飛び出したが、発車寸前には何とか間に合った。それにすっかり安堵し、椛は駅で売っていた湯葉弁当を朝食として食べ始める。行き先の名物を先に食べるのはどうなのか皆に指摘されるが、気にしない。
二人掛けの椅子は感染症対策として向かい合わせに出来ないようになっている。横一列で並びながら、椛は仲間と話しづらいことを少し不便に思った。ひとまずは通路を挟んで座っている治と白神のやり取りに聞き入る。
「そういえば君は『楽土会』にいた間、日本本部に行ったことはある?」
「何回か。向こうに勘付かれたらまずいから、表立った動きはしなかったが」
自ら淹れてきたという茶の入った水筒を軽く飲んでから、白神は話す。通路側に座っている彼は、治や椛も無視して座席越しの車窓を見ているようだった。
「でも今思えば、好き勝手やるためにもすぐ動いていればよかったかもな……」
溜息交じりに、そんな呟きが聞こえる。慌てて椛は、頬張っていたおかずを飲み下した。
「でも、でも! 『楽土会』が白神くんに乗っ取られていたら、あたしたちはたぶん白神くんと敵にならなきゃいけなかったよ。そしたら今ごろ、こうして一緒にいなかったよ」
視線を椛へと移した白神が、途端に吹き出した。口元に米粒が付いていると真木に言われ、ようやく失態に気付く。慌てて見た目を整える間、白神だけでなく治も笑っていた。
「全く、良い言葉を言ったかと思えば台無しだね」
呆れる治の言葉が、心臓に痛い。しかし自らの遅刻で冷たかった空気が、いくらかほどけたようにも思えた。
気を取り直して食事を再開すべく弁当を見下ろすと、いつの間にかメインであった湯葉巻きが一つなくなっていた。すぐ判明した犯人は、通路の向こうで平然と咀嚼を続けている。
「ちょっと、ちょっと! 白神くん、あたしのお弁当食べないでよ!」
「別にいいじゃないか、一個くらい」
真木に渡されたウェットティッシュで指を拭い、彼は再び車窓に目を向ける。良い所生まれでしかも末っ子だからか、意外とマイペースでちゃっかりしているようだ。「楽土蒐集会」に所属していた頃と、印象がだいぶ違って見えた。
東京から約二時間で、「楽土蒐集会」日本本部がある辺りの駅に到着する。外に出ると若干肌寒く、椛は上着を持ってこなかったことを後悔した。早めに朝食を食べてきた三人が駅前の飲食店を有する建物に入り、椛も気乗りはしなかったがついて行く。建物の二階にある蕎麦屋で、窓からはぱらぱらと人の姿が見えた。
他が湯葉の載った蕎麦やうどんを頼む中、椛は腹具合を気にしつつ店員へ注文する。
「きつねうどん、お願いします」
一人だけ異質なものを求めたことで、仲間からそれぞれ突っ込みの声が上がった。湯葉なら先ほど、駅弁で食べてしまった。同じ味は続けて食べたくないとどこ吹く風で麺を啜り、いよいよ本来の目的を果たしに行く。本当は近所にある有名な寺社も観光したかったが、今は「楽土蒐集会」とも縁があるらしい異世界への行き方を聞くのが先だ。
白神に連れられて歩いたのは、左右に森林の広がる道路だった。人通りは見受けられず、たまに自動車が横を過ぎていく。雲がかった空には、カラスが何羽も飛んでは鳴き声を上げていた。それがなぜかよく耳に付き、椛は度々顔を上げる。一羽がまっすぐ、自分たちの向かう方へ飛んでいったように見えた。
十五分ほどしたところで、一気に左側の視界が開けてきた。幅の広い鉄筋製の平屋建てが並び、その奥に一回り大きい建築がある。いくつもあるのが、全国から蒐集した品を一時保管する倉庫だと白神は語った。そしてその先――「楽土蒐集会」日本本部へと迷わず足を進める。
東京にあった支部のビルより低い建物だった。二階までしかないようなそこへ、椛たちは白神に続いて入っていく。彼が扉を押し開けると、中には照明が付いていなかった。活動休止中だから、誰もいないのか。とりあえず部屋を探ろうとした時、ぱっと眼前が明るくなった。目が慣れるより先に手を後ろに回され、縛られている感覚に気付く。抵抗も意味を成さず、その場に座らされた。真木たちも同じく身動きの取れない状態になっており、床に腰を下ろしている。
「すぐに解放するから、安心してください」
恐らく男のものであろう、高めの声がする。それは優しく聞こえ、相手が手荒なことをしてきたとは思い難かった。仲間の様子を確かめ、椛は声の主を見上げる。自分たちを捕らえた会員に囲まれて立つのは、平泉よりと並んで強い印象に残りそうな姿だった。何より、肌に目が行く。
絵の具のような白とは言い過ぎかもしれないが、それに近い肌色は今までに覚えがない。整った暗い茶色の髪が、その色をより引き立たせる。痩せていて手足は長く、首から巻いた水色のストールが似合っていた。二重の瞳は黒目がちで、椛から見て右へ向けられている。そこには窓があり、一羽の黒い鳥が外で顔を覗かせていた。彼が左肩に下げる薄茶色のバッグに描かれた柄と、同じ種類だろう。
「君が『楽土会』の会長かな? 随分威厳がないように見えるけど」
治の挑発も受け流し、男は自らを熊野仁成だと認める。自分を「楽土の誘い手」と呼ぶよう勧め、こちらへ深々とお辞儀をした。
「我々『楽土蒐集会』は、異世界にある島国・ライニアの文化振興を活発化させるため、蒐集を行っています」
「同じことは二回も聞きたくないよ。君たちは博物館を作ろうとしている。そして君自身もライニア人だ、そうだろう?」
治の返しに、熊野は黙って頷く。穏やかに名前を尋ねた会長は、治の名乗りを聞くなり明らかな動揺を見せた。黒目がさらに大きく見開かれ、薄めの唇を噛み締める。対して治は、いかにも余裕な態度で笑みを浮かべていた。
「どうしたのかな? 大規模の蒐集団体を率いる会長様も、俺の名前を聞いただけでそんなに怖がる?」
真木が小声で窘めるのが椛には聞こえた。すぐに熊野は冷静な顔を取り戻し、少し声を低めて問う。
「……平泉尊を、どれほど知っている?」
「東京で一度会っただけだよ?」
そう返した治を、熊野は呆然と見つめていた。何か言いたいことがあるのに言えないような怯えが、表情に垣間見える。
「キミがそう言うのなら……でも彼は、ほかでもないあなたに殺されたって――」
途切れ途切れに熊野の漏らした言葉に、今度は治の顔が強張った。先ほどまで彼に色々と言っていた時の威勢が消える。
「冗談じゃない。俺は確かに男を――」
治の言葉尻は弱くなっていく。その間に椛も、一連の会話から思考を巡らせ始めていた。治は本当に、あの金色が眩しかった男を殺したのか。彼は一度死んでいたのか、それなら前に会ったのは幽霊か。椛は色々と問いたかったが、口を開く前に白神の声がした。
「さては熊野、異世界で魔法を使ったな? それで蘇生だかをやったんじゃないか」
図星だったのだろう。会長は動揺も忘れたように、離反した部下へ穏やかに微笑み掛けた。
「この世界じゃ架空のものだと思われているらしい魔法だけど、ボクの故郷では常識です。あそこならボクは、みんなを受け入れてあげられる。今の日本は、同調圧力のせいで難しそうだけど」
「……魔法、本当にあるの?」
本部に入って初めて、椛は言葉を漏らした。物語ではよく聞く魔法だが、身近にあるとは思わなかった。今は見られそうにないとは残念だ。
「いや、気を付けろ。それほどうらやましいものじゃないかもしれないぞ」
白神は「楽土蒐集会」所属時、魔法についても調べていたようだ。魔法は実在が大勢にはっきり認識されている世界しか使えない、とまで言って彼は口を閉ざす。熊野が用聞きの遅れたことを詫び、何のために本部を訪ねたのか問うた。それに椛は迷わず答える。
「あたしたち、『楽土会』を壊すために来たんだよ!」
「正直にそこまで言わないの!」
真木の注意も遅かった。誰がこんなやつらに日本本部の場所や「楽土蒐集会」の目的を教えたのかと、熊野の両隣にいた会員たちが騒ぎだす。そこに左奥で、扉の重く開く音がした。
「『勝負師』君じゃないかな、色々教えたのって」
会員だけでなく、熊野も驚いて来訪者を見る。黄ばんだ着物を羽織った女が、歩きながら煙管をくゆらせていた。どうやら本来、彼女はここにいるべき存在ではないらしい。それに驚いていた熊野も、やがて好きにするよう促した。その前にこちらと話をする許可を求めて。
「『早二野』のみなさん。よければ、ボクたちと一緒に蒐集をしませんか? たとえ敵でも、ボクは――」
「あんたみたいな悪い人と組むの? こっちからお断りだよ!」
「……そっか。ボクって悪い人なんだね」
椛の訴えた評価を、熊野はあっさりと受け入れた。そして仲間にすることも諦めたように春日山へ次を譲る。煙管を持つ手を一度下ろした彼女が、白神を見る。すぐさま彼が顔を背け、椛は違和感を覚えた。前に会った際は、そこまで春日山を嫌っていたようではなかったはずなのに。
久しぶりと春日山が声を掛けるが、白神は無視する。それも構わず、彼女は話を続けた。
「今日は君と話したくて、会長さんにも黙ってここに来たんだよ。謝りたいこととかたくさん、言っておかなくちゃいけないと思ってさ……」
春日山の態度は、いかにも申し訳なさそうだった。しかし相変わらず白神は仏頂面で、冷たい声を投げる。
「……おまえ、なぜおれの家族を殺した? 思えばそれをずっと聞きたかったんだ」
長く息を吐き、春日山は告げる。初めはただ、白神家の名物に興味を持っていただけだった。珍しい品に心惹かれ、組織の仲間と共に蒐集へ赴いた。夜中に侵入したが異常を勘付かれ、警備員に追われた。それを振り切って邸内へ入り、遅い時刻にもかかわらず大勢がいたことに戸惑う。
「そのまま押し切って蒐集だけするか、後日改めるか迷ったんだよ。その隙を突かれたんだ」
連れていた仲間が、家族の一人を殺害した。慌てて名物のある場所を尋ねても遅かった。人を殺したことで不信感を持たれ、返事もなく反撃される。そこでやむを得ず抵抗し、その場にいた全員に手を掛けた。そして見つかった名物を手に支部へ戻ったのだ。
「初めから君の家族を殺そうと思ってなんかなかった。ただ――」
「どうしても名物が欲しかったのか?」
低く唸る白神に、椛の背は震える。春日山が必死で話しているのに、彼は聞く耳を持とうとしない。それに危うさを覚え、椛はさりげなく白神へ勧めた。
「ねぇ、あの人の話を聞いてあげようよ」
「裏切り者なんぞに同情はしない。無視しておけ、富岡」
呆気なく突き返され、椛はさらに何か言おうとした。だが先に春日山がこちらへ向かってくる。
「君の性格は分かっていたよ。こんな風になるかもしれないってこともね。でもさ、僕だって――」
春日山の爪先が触れる寸前で、白神が立ち上がった。縄で縛られていた両手は自由になり、既に腰のホルスターから拳銃を取り出している。そしてすかさず、発砲音が部屋に轟いた。急な動きで狙いが定まっていなかったのか、春日山は無傷でいる。だが周りの構成員たちは黙っていなかった。どう隠し持っていたか分からない武器を、次々と椛たちへ向けてくる。
「今はそれどころではありません! 一旦退きますよ!」
真木が白神の袖を強く引っ張り、後方の扉を開けた。彼女へ治が掌に隠れるほどの刃物を返す。身動きの取れなくなった時から、真木は密かに脱出の算段を立てていたのだ。椛も縄の跡が付いた手首をさすり、真木に半ば引きずられるようにして走る白神の後を追う。
「離せ! あいつを――春日山を放っておけるか!」
「白神くん、けがしたら危ないよ!」
施設を出て倉庫の間を抜けながら、椛は引き返そうとする白神を止める。ここで戻れば、追っている敵に狙われてしまう。今も遠くから足音や話し声が聞こえるのだ。人の気配を探っては陰に身を隠し、迷いながらも何とか本部との距離を取る。そして追っ手が近くにいないと確認できても、白神の気分は収まっていなかった。彼は無事な場にいながらなお、春日山のもとへ行こうと躍起になっている。
「構うな、富岡。おれの問題だからどうでもいいだろう?」
「さっきの人のことは次でいいじゃん。あたしたち、異世界への行き方を聞きに――」
そこまで口にして、肝心の目的を忘れていたと椛は気付く。声にならない叫びが喉を駆け抜け、思わずその場に座り込む。
「よし、それならおれと一緒に戻るか? 聞き出すついでに、あいつへ思い知らせてやる!」
「無謀です、白神さん。それにわたしから聞きたいことがあります」
銃弾を装填する白神の手首を掴み、真木が彼を睨む。先ほど熊野の言っていた魔法のことを知っていたのか、厳しく問い詰める。「楽土蒐集会」に所属していた間、組織の内情を知るために情報を探っていた中で、白神は偶然魔法の存在を見つけた。
「それならどうして、わたし達に教えてくれなかったんですか! もしあの場で使われていたら、太刀打ちできなかったかもしれないんですよ!」
「真木ちゃん、別にいいじゃん、いいじゃん! とりあえず今日はなんともなかったんだし!」
白神へ怒りをぶつける真木を、椛はどうにか宥めようとする。ここに留まっていては、敵に追い付かれてしまう。急いで駅へ行くよう促し、椛は遥か後方を見返ってから走りだした。
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