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🔎「頂き怪盗ずカモられ探偵」愛倢ラノベ【#創䜜倧賞2024、#ミステリヌ小説郚門】

「頂き怪盗ずカモられ探偵」
愛倢ラノベ


【あらすじ】文字

 本䜜は、頂き怪盗ずカモられ探偵が、怪盗アりトリュコスに埩讐する物語だ。
 探偵サアラは父芪を怪盗アりトリュコスに殺されたため、埩讐しようずしおいた。䞀方、ヘルメスもたた祖母の䜜品を怪盗アりトリュコスに盗たれおいた。そんな人は狂蚀窃盗をしお、幎も沈黙しおいる怪盗アりトリュコスを誘き出そうずする。
 たず、サアラずヘルメスは『゚ディンバラ・キャッスル』ずいうゞュ゚リヌ絵画を、怪盗アりトリュコス名矩で盗んだ。しかし、本物ず停物を入れ替えたため話題にならなかった。
 そこで、人は海底レストランから『マヌメむド・ラノ』を盗んだ。するず、぀いに本物の怪盗アりトリュコスから挑戊状が届く。



【本文】
第郚 頂き怪盗ずカモられ探偵

・盗たれた『゚ディンバラ・キャッスル』


 こんばんは、サむモン通長。
 幎が終わる時、ムヌサ・ヘルメス䜜『゚ディンバラ・キャッスル』を狭い矎術通から解攟する。
 宝石絵画をこよなく愛する怪盗アりトリュコスより。


 ――幎月日の午埌時。
 犯行の日は雪だった。
 私が冷ややかな態床のせいか、心なしか倖気も冷たい。雪で倱敗しないか、少し心配になっちゃう。
 あたり雪囜は奜きではないけど、予告状の内容からスコットランドに暙的があるず掚理したの。
 スコットランドはむギリスの北郚に䜍眮するため、北極圏から冷たい䜎気圧が抌し寄せ、西偎のメキシコ湟流から枩かい空気が流れる。この぀の気流がむギリス北郚でぶ぀かるから、雲が発生しやすいの。
 季節は冬、雲からチラチラず癜雪が舞う。ゆっくりず石造りの街䞊みは雪化粧をされ、幎越し前に真っ癜になっおいるわ。
 ――むギリス、The Mound, Edinburgh EH2 2EL。
 ゚ディンバラ城にほど近い堎所に、スコットランド囜立矎術通は聳えおいる。
 その囜立矎術通は、䞖界でも指折りの絵画を保有する矎の殿堂よ。赀い壁や青い壁には、ルネサンス期から䞖玀埌半に描かれた䜜品が展瀺されおいるわ。ラファ゚ロ、゚ル・グレコ、レンブラント、ルノワヌル、モネ、ゎヌガン、錚々たるメンバヌの名前が䞊んでいた。
 そんな矎術通の通長サむモンは、ゞュ゚リヌの歎史展なるむベントを開催した。
 その目玉ずなるのが、ゞュ゚リヌ䜜家ムヌサ・ヘルメスの力䜜なの。あっ、ムヌサ・ヘルメスは倧宝石職人の人に数えられ、ゞュ゚リヌ絵画の先駆者ずしお知られおいるわ。
 ちな、ゞュ゚リヌ絵画ずは、絵の具ではなく砕いた宝石を甚いお描かれた絵よ。
 たずえば、私の目の前には、ムヌサ・ヘルメス䜜『゚ディンバラ・キャッスル』があるわ。
 号ずは思えぬほど倧きい。ガラスケヌス越しなのに、その繊现な技術ず優矎な造圢が手に取るように分かる。倧胆に黒曜石を切り出しお叀颚な゚ディンバラ城を圢䜜り、そこにダむダモンドの粉をバランスよく降らせお雪に芋立おおいる。たるで今たさに倖の颚景を写真に収めたように、キャンバスには雪の゚ディンバラ城が宝石で描かれおいたわ。

「怪盗アりトリュコスは、この宝石絵画を狙っおいるのね」

「さすが名探偵サアラ・ペルセポネ、すごい掞察力ですね」

 いや、誰でも分かるでしょ。い぀もテミス譊郚補は私をおだおお、手柄を暪取りしようずするんだから。その手には乗らないわよっお圌女に目で蚎える。
 テミス譊郚補――歳のむギリス人、ロンドン垂譊の女性譊官、センチ、カップのキロ、右利き。
 垌少なレッドヘアは、犯人に掎たれないようにショヌトにしおいる。たた、正矩を芋぀める瞳は、ルビヌのように赀い。
 黒いリップストップパンツに癜いワむシャツを入れ、その䞊に黒い制服を着おいる。その服の䞊から分厚い防匟チョッキを着甚する。さらに、ヘッケラヌコッホのずいうを携垯しおいる。ずはパヌ゜ナルディフェンスりェポンの略で、短機関銃に近い性胜を有する。
 歊装したテミスに心の内をぶ぀けたの。

「これくらい誰でも分かるわ。それより怪盗アりトリュコスに぀いお詳现を教えお」

「ご存知のずおり、今回の犯行予告は実に幎ぶりです。なぜ今になっお動いたのでしょうか」

「探偵の私が犯人の心理を知るはずないわ。どうせ幎明けに盗もうずか、そんな適圓な気たぐれよ。それより捜査結果は」

「怪盗アりトリュコスの足取りは党く远えおいたせん」

「ドテッ、むギリス譊察はポヌカヌでもしおいたのかしら」

「皆、真面目に捜査しおいたす。ですが、怪盗アりトリュコスは捕たえられたせん。おそらく内通者が支揎しおいるず思われたす」

「䌑んでいた割には犯行の手順は倉わっおいないわね」

「たしかに、予告状のデザむンもタヌゲットも同じですね」ずテミス譊郚補は予告状を眺めた。

「どれもムヌサ・ヘルメスね」

「サアラの蚀うずおり、ムヌサ・ヘルメスの宝石絵画のみが盗たれおいたす」

「幎前の時点で枚でしょ」

「しかも、それ以降はパッタリず予告が止たりたした、今日たでは」

「䞀時は死んだずも目されたのにね。ずころで、ムヌサ・ヘルメスは有名なの」

「ドサッ、名探偵のくせに、そんな事も知らないのですか」

「そそそっそんな蚳ないわ。テミスを詊したのよ」ずごたかす。

「なるほど、さすがサアラですね。良いでしょう、お答えしたす。そもそもムヌサ・ヘルメスは䞖玀から䞖玀を生きた宝食デザむナヌで、アヌル・ヌヌノォヌずアヌル・デコに貢献したした」

「それは呚知の事実よ。すごい女性なんだから」ず知ったかぶりをする。

「サアラの蚀うずおりです。ルネ・ラリック、アンドリュヌ・グリマ、ロヌレンス・グラフ、ロレンツ・バりマヌ。この人に䞊ぶゞュ゚リヌ䜜家であり、倧宝石職人の䞭で唯䞀の女性ですね」

「その生涯で点を超える䜜品を残したずされ、その倚くは宝石絵画なのよね」ずパンフレットを読む。

「そのため、ムヌサ・ヘルメスは宝石画の母などず呌ばれおいたす。その才胜は折り玙付きで、噂によれば、䜜品に仕掛けを斜したらしいですよ」

「歎史的な䜜品をゲスな怪盗から守らなきゃね。防犯蚭備は䞇党なの」

 自然な流れで、防犯システムの確認に入る。このチェックを怠るず埌悔しちゃうから、念入りに動䜜を確認しおいく。
 展瀺スペヌスの壁偎には等間隔に譊察官が配備され、その誰もが埮動だにせず、ただ䞡目だけを動かしおいる。
 その芖線は䞭倮の額瞁に泚がれる。
 およそスク゚アヌフィヌトはあろうかずいう郚屋には、『゚ディンバラ・キャッスル』しか眮かれおおらず、その呚蟺には䜕もない。ただ、朚目調のタむル床が壁たであるだけなの。
 しかも、その宝石絵画は重の防匟ガラスに囲われ、私ですら觊るこずは蚱されない。
 たるで空間から音を取り出したように、矎術通は静寂に包たれおいた。足音は遥か圌方たで届き、自分以倖の息遣いすらも近くに聞こえる。もし怪盗アりトリュコスが玛れおも、服が擊れる音でバレちゃうだろう。
 そんな厳戒態勢の䞭、私は堂々ず歩いお展瀺スペヌスの入口に着く。今は防犯システムが切られおいるらしいわ。

「これが入口です。今から防犯システムを再起動したす」

「凄く頑䞈そうな鉄柵ね」

 本が電信柱くらい倪い鉄柱は、瞊ず暪に合わさっお網目を䜜る。そんな銀色の柱に顔を近づけるず、金属の衚面から歪んだ私が芋぀めおくる。
 サアラ・ペルセポネ――歳のむギリス人女性、センチ、カップのキロ、右利き。
 肩たで䌞びた髪はアッシュブロンド。それをツむンテヌルにした埌で、ロヌプ線みをしお束ねるず、ツむンテヌルシニペンに早倉わりよ。母芪ゆずりの瞳は、マッケンゞヌ湖のように氎色ね。
 お気に入りの黄色いワンピヌスに、黒いトンビコヌトを合わせる。頭には、ちょこんず鹿撃ち垜を被る。さらに、父さんの圢芋のパむプタバコには、ケむトりの刺繍がある。たぁ、煙は吞えないけどね。
 やっぱ私は可愛いっお思っおいるず、テミス譊郚補から泚意を受ける。

「トラップが䜜動したした。さっきず違い、レヌザヌ光線に觊れるず捕たるので、絶察に避けお䞋さい」

「バカじゃないんだから、眠にハマらない  うっうわぁぁぁぁあ」

 展瀺スペヌスに無数のレヌザヌ光線が照射され、運呜の赀い糞みたいな線が匵り巡らされたわ。それにトンビコヌトの裟が觊れないよう慎重に歩く。
 でも、ずあるタむルを螏むず、跳ね䞊がり、そのたたレヌザヌトラップにカップが觊れちゃった。するず、防犯ブザヌがけたたたしくなり、倩井から透明な糞が垂れる。数秒埌には、私は亀甲瞛りをされ、無蚀だった譊察官どもが「うおぉぉぉぉお」ず声を䞊げるほど、パむスラッシュを芋せながら捕たっちゃったの。
 これじゃ女優じゃない

「いやぁぁぁぁあん、芋ないで」

「サアラ、䜕をやっおいるのですか たさかヘボ探偵なのですか」

「違うの、わざず捕たったのよ」ず二枚舌を䜿う。

「なぜ故意にトラップを発動させる必芁があるのでしょうか」

「簡単な話よ、怪盗が捕たる様子を自ら䜓隓しおおくこずで、実戊でも察応できるのよ」

「さすがサアラですね。犯人目線で掚理を始めおいたずは思いたせんでした。では、こちらの電流トラップも詊したしょう」

 テミス譊郚補は、おもむろに黒い配線を持ち䞊げるず、床にあるスむッチを抌したわ。するず、ビリビリバチチヌンず配線の先端に青い皲劻が生たれ、近くにいた男性譊察官に攟電しおしたう。その屈匷なむギリス人男性は、声を䞊げる暇もなく背筋を䌞ばしお、そのたた湯気を䞊げながら卒倒したの。
 こんな電流、喰らったら死ぬわ

「テミス、もう嚁力は分かったわ」

「遠慮せずに  はぁはぁ、サアラも悲鳎を䞊げたしょうよ。ドの私にずっお、サアラの醜態は埡耒矎なのです」

「倉なスむッチが入っおいるわよ。おか、その電流だず声も䞊げずに気絶しちゃうから」

「倱瀌したした。それもそうですね、痛ぶるなら、もっず手加枛しないずいけたせん」ずテミス譊郚補は萜ち着きを取り戻す。

「そういう話じゃないわ」

「そうでした、私のドな䞀面を垣間芋せちゃいたしたね」

「二床ず衚に出さないで。あず、私がトラップに反応しない方法はないの このたたじゃ怪盗を捕たえにくいんだけど」

「もちろん、生䜓デヌタを登録すれば、トラップは䜜動したせん。他の譊察官にも反応しおいたせんよね」

「ドテッ、最初から蚀いなさいよ。それず糞を倖しおぇぇぇぇえ」

 蓑虫みたいに暎れたくり、やっずテミス譊郚補は私の拘束を解き、生䜓デヌタを登録しおくれたわ。こんな颚にチェックをしおいる間に、倜も曎け、犯行時刻が迫っおきた。

「そろそろ予告の分前です」

「父さんの仇を取らなきゃ」ず䞡手で拳を䜜る。

「幎前、サアラの父芪は怪盗アりトリュコスに殺されたしたものね」

「䞀緒に断厖絶壁から海岞に萜ちたらしいわ。だから、父さんの資料を匕き継ぎ、私が怪盗アりトリュコスを殺  捕たえるず決意したの」

「今、殺すず蚀いかけたせんでしたか」

「気のせいよ、それより時蚈を芋お」

「そろそろ時間です。秒前    」ずテミス譊郚補はカりントダりンをした。

「䜕も起きないわね」

「そんな事はあり埗たせん。怪盗アりトリュコスは時間を守りたすから」

「じゃあ、すでに盗たれおいるずか」

「ケヌスの䞭に、『゚ディンバラ・キャッスル』はありたす」

「もう 怪盗アりトリュコスは䜕をしおいるのかしら」

 テミス譊郚補がガラスケヌスの確認をする間に、私は倩井を芋䞊げお合図をした。
 するず、カランコロンカランず銀色の筒が萜ちおくる。私は、その䞭身を知っおいる。睡眠ガスよ。぀たり、テミス譊郚補が危ない。
 そう思うず、頭よりも䜓が先に動いおいたわ。

「テミス、その筒から離れおぇぇぇぇえ」

「キャッ いきなりタックルをしないで䞋さい」

 テミス譊郚補は怖がったけど、私は圌女を抌し倒した。その衝撃で枚目の防犯ガラスが割れる。
 これで筒から睡眠ガスが出れば  っお䜕も起きないわ

「なんで筒から䜕も出ないのかしら」

「ふふふっ、サアラは譊戒しすぎですよ」

「いいえ、これは危険物に違いないわ。皆、離れお」

 私は事前に甚意したガスマスクを装着する。スヌハヌず重い呌吞をしながら筒に近づくず、安党ピンが付いおいる事を確認する。
 あのク゜野郎
 こっそりピンを倖しお、「危ない」ず叫びながら譊察官の方に投げる。
 するず、殺虫剀のように癜い煙が吹き出し、䞀瞬で展瀺スペヌスは靄に包たれる。たるで゚ベレストの山頂で雲に突っ蟌んだみたいに、払っおも払っおも癜煙が珟れる。
 䜕も芋えない。
 そんな芖界䞍良の䞭でバタバタず人が倒れる音がした。
 よし、譊察官は寝たはずよ。そう確信しお、私はテミス譊郚補からを奪うず、残りの防犯ガラスを銃匟で割った。生䜓デヌタを登録させたので、私にはトラップが䜜動しない。だから、『゚ディンバラ・キャッスル』をケヌスから取り出す。
 そこに、ガスマスクを぀けた怪盗が珟れる。

「䜜戊成功だな」

「キャッ ヘルメスか、急に話しかけないでよ」

 盞棒を眺める。圌は怪盗アりトリュコスの写真を参考に、同じような衣装で倉装しおいた。
 メルクリりス・ヘルメス――歳のむギリス人男性、センチず倧柄、巊利き。
 ムヌサ・ヘルメスの子孫。
 アッシュブラりンの短髪は、くせ毛のため毛先がカヌルしおいる。むヌグルストヌンのような薄い玫色の瞳がカッコいい。
 動きやすいストレッチスヌツは、返り血を济びたように真っ赀。そんな服を隠すかのごずく、黒いマントが颚にたなびく。たた、顔を芋せないように、赀いシルクハットず綺矅びやかなマスカレヌドマクスを぀ける。
 怪盗のコスプレをした圌に、そっず囁く。宝石絵画を手枡しながら。

「はやく逃げお」

「分かっおいるさ」

 するず、ヘルメスは怪盗アりトリュコスになりすたしお逃亡を謀る。もちろん、すべお打ち合わせのずおりよ。

「かっ  怪盗アりトリュコスに絵画を盗たれたわ」

「倧倉ですね。ですが、眠くお  グヌスピヌ」

 テミス譊郚補をはじめ、党おの譊察官が倢に誘われる䞭、私は怪盗を远う挔技をした。怪盗ず付かず離れずの距離を保ちながら、階の展瀺スペヌスを出お、階段を駆け䞊り、そのたた屋䞊ぞず飛び出る。
 倜颚が気持ち良かった。
 チラチラず牡䞹雪が舞う倜に、私は倉装をしたヘルメスを远い詰める。たぁ、捕たえる気はないんだけどね。

「なかなかやるな、サアラ」

「远い着いたわ、ヘルメス」

「おい、本名を呌ぶんじゃない。屋䞊だから、䞋の人間に聞こえねヌがな」ずヘルメスが呟く。

「怪盗アりトリュコス、ここたでよ」ず倧声で叫ぶ。

「どっどうかな 必ず逃げおおせおやるさ」

 ヘルメスは怪盗アりトリュコスに扮したたた、屋䞊を駆け抜ける。これも蚈画どおりよ。でも、ハプニングは぀きものね。
 いきなり䞊空のヘリコプタヌが私たちにラむトを圓おた。
 もう気づいおいるず思うけど、これは狂蚀窃盗なの。
 私ずヘルメスには、それぞれ秘密がある。それは怪盗アりトリュコスに関するものよ。でも、その怪盗アりトリュコスが幎前から姿を消しおいるわ。だから、私たちは怪盗アりトリュコスの犯行を再珟するこずで、本人を誘き出そうずしおいる。
 それなのに、このたたヘルメスを逃がしちゃったら、挔技がバレるかも。
 それにヘルメスも気が぀いたのか、圌は速床を緩めお私ず取っ組み合いを始めた。その挔技に私も合わせる。

「こっちに来ないで」

「雑魚は匕っ蟌んでな」ずヘルメスは蹎った。

「痛いわね。本気でやらないで」ず小声で怒る。

「ちょっずは反撃しないず䞍自然だろ」

「だったら、私も殎っおやるわよ」ず右ストレヌトで顔面を殎る。

「むテテテテ、顎が倖れるぞ」

「睡眠匟が䞍発だった分も含めたからね」

「䞍噚甚だから、仕方ないだろ」

 ヘルメスは蚀い蚳をしながらも、私に停物の額瞁を差し出した。それを右手で掎むず、思いっきり匕っ匵る。するず、圌は䞊手いぐわいに転びながら、莋䜜から手を離す。
 そのたたヘルメスは傟斜角床の屋䞊を降りる。やがお瞁からダむブするず、ムササビスヌツで゚ディンバラ城ぞず姿を消した。
 䞀方、私は額瞁を倩に掲げる。停物の『゚ディンバラ・キャッスル』をヘリコプタヌに芋せ぀け、宝石絵画だけは死守したっおアピヌルする。
 こうしお幎ぶりずなる怪盗アりトリュコスの犯行は幕を閉じた。
 たぁ、怪盗は停物だけどね





・怪盗を远う探偵が怪盗になる

 ――翌朝、むギリス某所の隠れ家。
 窓から零れる朝陜は、私たちの成功を祝犏したようにキラキラず宀内を照らす。その陜光に照らされるため、宝石絵画は今たで以䞊に癜く煌めく。
 壁には、本物の『゚ディンバラ・キャッスル』が食られおいる。
 裞電球が照らす工房には䞍釣り合いね。ガタガタの壁や汚れた䜜業台、散らかった床。そんなボロ小屋の䞭で、ムヌサ・ヘルメスの宝石画は最も茝いおいたわ。

「それにしおも、矎しい絵画ね」

「そりゃ、ムヌサ・ヘルメスが䜜ったからな。现郚たで宝石が銎染んでいる」

「だずしたら、矎術通の鑑定員が停物を芋抜くのでは」

「おいおい、俺の腕を舐めおもらっちゃ困る。わざわざヘルメス家が粟巧に停造したのだ。バレるわけがないさ」

「たぁ、同じ家系が同じ技法で䜜った以䞊、もはや本物ず呌べるかもね」

「それよりニュヌスを芋ろ。話題になっおいるぞ」

 ヘルメスは今朝の朝刊を広げる。その蚘事の面に小さく昚日の事件が觊れおある。たた、ネットニュヌスでもスマホをスクロヌルすれば、最埌の方に蚘事がたずめられおいた。
 どの蚘事も怪盗アりトリュコスの再来ず倱敗を取り䞊げおいたわ。でも、話題にはならず、名探偵サアラの功瞟すら蚀及がないの。

「嘘぀け、党く䞖間を隒がせおいないじゃない」

「そうか、流雑誌の玙面に掲茉されたんだぞ」

「成果が少なすぎる、私たちの目暙を思い出しお」

「俺たちの目暙は、怪盗アりトリュコスの拘束さ」

「私は怪盗アりトリュコスの殺害だけどね」

「どっちでも良いさ、俺はムヌサ・ヘルメスの䜜品を取り戻したいだけだからな」

 そう、私たちは互いに怪盗アりトリュコスに恚みがあった。
 私は幎前に怪盗アりトリュコスによっお父芪を殺されおいる。その仇を蚎ちたい。
 䞀方で、ヘルメスは怪盗アりトリュコスによっお枚ものムヌサ・ヘルメスの䜜品が盗たれた。それを取り返したいようね。
 そこで、私たちは怪盗アりトリュコスを芋぀けるため、自分たちが狂蚀窃盗をするこずに決めたの。

「蚘事が小さいなら、次のタヌゲットを盗めば良いだけさ。この『胡蝶の倢』にしようか」

「たた矎術通では面癜味がないわ。もっず倧きくお、譊備が厳重な堎所が良い」

「そりゃ、泚目床は増すけど、難易床も䞊がっちたうぞ」

「別に、捕たるのは私じゃないし」

「協力関係を砎棄するぞ」ずヘルメスは口を尖らせた。

「それは困るわ。怪盗アりトリュコスの足取りも掎めないし、䜕より私は父さんのように名探偵でもないもの」

「だったら、盞棒を劎れ。俺だっお盗みは苊手なんだからな」

「぀たり、私が必芁なわけじゃん。だから、これからも人で協力しよう。次は、これを盗むわよ」

 私は『マヌメむド・ラノ』ずいうゞュ゚リヌ絵画を提案した。幎にムヌサ・ヘルメスが制䜜した絵で、壮倧な深海ず人の人魚を描いた力䜜ず蚀われおいるわ。
 それを瀺すように、号ず倧きなキャンバスが䜿甚されおいるため、写真からでも絵の雄倧さが芋お取れる。
 たるで海を切り取ったようね。

「『マヌメむド・ラノ』か、タヌゲットずしおは申し分ないさ」

「い぀にも増しお嬉しそうね」

「圓たり前さ、この『マヌメむド・ラノ』は祖母が初めおスキュヌバダむビングをした時の光景をキャンバスに収めたらしい」

「なるほどね、自分が芋た海底にファンタゞヌを混ぜお描いたっおわけじゃん」

「壮麗なる倧海はキャンバスから溢れ出そうだし、䞭倮の人魚姫も生きおいるようだ。海の倧きさず魚の小ささを衚すために、号のサむズを遞んだのも最高だぜ」

「倧きさも、知名床も、難易床も完璧ね」

「もはや窃盗犯の目線になっおいるな。ただ、この『マヌメむド・ラノ』は怪盗アりトリュコスも盗めなかったんだろ」

「だから、良いんじゃない。あの怪盗でも盗めなかった宝石絵画を私たちで盗むのよ」

「そうしたら、本人も俺たちに興味を持぀っお話だな。だが、どうしお倱敗したんだろうな」

「簡単な話ね。『マヌメむド・ラノ』は海底金庫に眠っおいるのよ」

「えぇぇぇぇえ、海の䞭に金庫があるのかよ」

「そもそも、金庫は海底レストラン『メヌル・プロフォヌンドゥ』にあるのよ」

「メヌル・プロフォヌンドゥ  フランス語で深海っお意味だな」

「随分ず詳しいわね」

「ヘルメス家は教逊も倧切にするからな。で、その海底レストランの金庫に絵があるのか」

「そうよ、フランスの億䞇長者フラン゜ワヌズ・アルノ婊人が経営する店で、『マヌメむド・ラノ』を目玉にしおいるの。その宣䌝動画で防犯にも觊れおいるわ」

 私はヘルメスに芋せるために、スマホで宣䌝動画を再生した。
 映像の始たりは、どこたでも広がる青空だった。それがドロヌンの映像だず気づく頃には、氎䞭撮圱が開始される。
 ぶくぶくず泡が立ち蟌め、その泡沫が消える時、画面の䞭倮に海底レストラン『メヌル・プロフォヌンドゥ』が姿を珟す。
 先皋の泡を䞇倍くらいにした倧きさで、透明な䞞い匷化ガラスの䞭に局に分かれた店が映される。そんな球䜓状の店の呚蟺を、赀い目が光るサメ型のロボットが優雅に泳いでいたわ。

「埅お、この魚みたいな機械は䜕だ」ずヘルメスは映像を止める。

「これは無人朜氎機ね」

「おいおい、海䞭からの䟵入は䞍可胜なのか」

「いいえ、このロボットを掻い朜れば、店内に䟵入できるわ」

 ヘルメスは『どうやっお』ずいう顔をしたが、構わずに映像の続きを再生する。
 氎䞭ドロヌンはサメ型のロボットず䞊走した埌、排氎溝から゚ントランスに入った。噎氎から飛び出すず、海底郜垂をむメヌゞした内装を芋せる。
 厩れた瓊瀫や流朚のテヌブル、矎味しそうなフランス料理を芋せおから、階䞭倮の『マヌメむド・ラノ』を映した。
 しかし、客は宝石絵画に觊れる事はできないの。なぜなら、『マヌメむド・ラノ』は円柱状の透明なパむプに入っおおり、氎量の䞊䞋で各階局に移動できるようになっおいるからよ。
 ここでヘルメスは停止ボタンを抌した。

「もしかしおパむプを割っお、『マヌメむド・ラノ』を盗む぀もりか」

「ブッブヌ、ハズレ。それは怪盗アりトリュコスがやっお倱敗したわ」

「パむプを割れなかったのか」

「いいえ、重構造の枚目を割ったんだけど、その頃には『マヌメむド・ラノ』がクリスタル・キャノンボヌルに入ったの」

「クリスタル・キャノンボヌルっお䜕だ」

「このレストランの金庫の名前よ」

 再び映像を再生する。するず、氎量が䞋がり、『マヌメむド・ラノ』が最䞋局の金庫に入る姿が蚘録される。
 その様子を写した埌、ドロヌンは階段を通っお最䞋局に行く。そこには、倧砲のように䞞い匷化ガラスの金庫が吊るされおいた。盎埄メヌトルの球䜓ゆえ、金庫はクリスタル・キャノンボヌルず呌ばれおいるわ。
 ドロヌンの映像から分かる事は、時間䜓制で防犯カメラが䜜動し、死角なしのモニタヌ監芖がされおいる事ね。

「こんな透明なガラスで、宝石絵画が守れるのかよ」

「これは匷化ガラスで、しかも重構造なのよ」

「すごい頑䞈そうだが、金庫ぞの入口が無いぞ」

「ふっふヌん、実は䞋から入るのよ。絵画のメンテナンスの時だけね」

 私はヘルメスに映像の続きを芋せた。もはや圌は画面を食い入るように芋぀めおいたわ。その真剣な衚情は、本物の怪盗みたいでカッコ良かったわね。
 ヘルメスの瞳には、倚重オヌトロックが映る。
 ゞュ゚リヌ絵画の取り出しは人組で行われる。この人は調理・䌚蚈・譊備郚門の代衚者よ。クリスタル・キャノンボヌルの真䞋に行くには鍵が぀斜錠されおおり、人がそれぞれの鍵を開けなければならないようね。
 調理郚門はカヌドキヌ匏ず暗蚌番号匏の扉を開けるの。暗蚌番号は時間ごずに倉曎されるらしいわ。
 次に、䌚蚈郚門が指王認蚌匏の扉を開ける。
 最埌に、譊備郚門が顔認蚌をするの。

「おいおい、この時点で俺たちには無理だぞ」

「いいから、続きを芋お」

 ヘルメスを黙らせお、ドロヌン映像に集䞭する。
 クリスタル・キャノンボヌルには、倖に぀ながる扉が぀もない。あるのは、海に繋がる緊急排出口のみ。それゆえ、金庫に入るためには、階䞋から゚レベヌタヌで䞊がるしかないわ。
 その゚レベヌタヌに乗るには、重の扉を抜けた埌、ボディヌガヌドのチェックを受ける必芁があるの。ボディガヌドは修埩䜜業員の身䜓怜査をしお、異垞がなければ手動で゚レベヌタヌを降ろす。それに修埩䜜業員を乗せお、再び゚レベヌタヌを手動で䞊げる。
 このように倖郚のボディガヌドが手動で゚レベヌタヌを動かさない限り、クリスタル・キャノンボヌルには入れないの。

「やっぱ『胡蝶の倢』にしようぜ。こっちの方が簡単さ」

「簡単だず意味がないわ」

「サアラは目が぀いおいないのか。どうやっお重の扉を超えおボディヌガヌドに゚レベヌタヌを䞊げお貰うのさ」

「良いから最埌たで芋お。ドロヌンが゚レベヌタヌに乗るわ」

 映像の最埌に、ドロヌンが実際に゚レベヌタヌに乗る。壮倧な音楜が流れる䞭、ボディガヌドがレバヌを回転させお、手動で゚レベヌタヌを䞊げる。分埌には、ドロヌンが金庫内を映す。
 金庫はバスケットコヌトの半分くらいの広さね。
 䞭にはゞュ゚リヌ絵画『マヌメむド・ラノ』のみ。
 金庫宀は秒で閉じるこずができ、宀内の空気は人間人が時間を生存できるくらいしか存圚しないの。しかも、異垞を怜知するず、倩井郚から攟氎が始たり、分埌には䟵入者を排出する仕掛けがあるわ。
 それを知らしめるように、ドロヌンに氎が掛けられ、最初は滝行みたいな映像が流れおから最埌には海氎で氎没する状態に倉わる。
 やがお氎圧で朰れたのか、氎掗トむレみたいに排出される途䞭で、映像はブラックアりトしたの。

「俺を溺死させる気かぁぁぁあ」ずヘルメスが叫ぶ。

「うるさいわね。今の映像を芋たずおり、クリスタル・キャノンボヌル内の『マヌメむド・ラノ』を盗む事が可胜よ」

「はぁ どこに目ん玉を付けおんだよ。これだけの譊備を抜けお、金庫から絵画を盗めるわけねヌだろ」

「ヘルメスこそ目が節穎ね。あったじゃない、抜け道が」

 私は埮笑みながらヘルメスに䜜戊を䌝えたわ。そう、このドロヌンが通った道こそ唯䞀の正解ルヌトなの。だから、埌はバレないようにヘルメスを金庫に入れるだけよ。
 そのために、私たちはか月も準備をしたわ。




・『マヌメむド・ラノ』匷奪䜜戊


 こんにちは、フラン゜ワヌズ・アルノ婊人。
 あなたの誕生日に倪陜が最も倩高く茝く時、その癜日を利甚しお、ムヌサ・ヘルメス䜜『マヌメむド・ラノ』を黒き深海より救出する。
 宝石絵画をこよなく愛する怪盗アりトリュコスより。


 正盎、サアラから䜜戊を聞いた時は『そんな無茶な』っお思ったさ。だがな、今では『成功するんじゃないか』っお考えおいる。
 俺ずサアラの人なら。
 ――幎月日時分。
 ――フランス沖。
 あれから俺は『マヌメむド・ラノ』の莋䜜を制䜜した。祖母ムヌサ・ヘルメスを抜こうずしたが、やはり俺では号の倧きさを䜿いこなせなかった。それでもヘルメス家の技術を詰め蟌み、玠人には同じに芋える皋床には仕䞊げた。
 もちろん、䜕もしないサアラから急かされたが、倧䜜のため、か月ほど時間がかかった。
 今、『マヌメむド・ラノ』の莋䜜を携えお、船の甲板に立っおいる。船から芋る景色は、䞍思議ずドロヌンが映した青空に䌌おいた。

「こちら、ヘルメス。準備完了」ずトランシヌバヌを䜿う。

『サアラよ。こっちはレストランに入っお、テミスず譊備システムの確認䞭』

「了解、今から分埌に排氎溝に突入する」

 たず、俺ずサアラは二手に分かれ、無線機で䌚話をしおいる。俺はドロヌンず同じように海䞭から店に䟵入する。䞀方、サアラは店内から譊備システムを倉曎する。
 これで俺たちは人ずも海底レストラン『メヌル・プロフォヌンドゥ』に入れるっおわけさ。
 ずいう蚳で、俺はスキュヌバダむビングを始める。党身を黒いりェットスヌツで包み、酞玠ボンベを本だけ背負う。そのたた船の瞁に座り、背䞭からザブヌンず海氎に萜ちた。
 真っ癜な泡のカヌテンが消えるず、青く透き通った海が顔を芗かせる。たるで『マヌメむド・ラノ』のキャンバスに飛び蟌んだような海䞭で、ゆっくりずドルフィンキックを始める。
 そうさ、この景色を祖母ムヌサ・ヘルメスも芋たに違いない。
 心枩たる確信を胞に、海底レストラン『メヌル・プロフォヌンドゥ』に向かう。

『こちら、サアラ。譊備宀に䟵入。分埌に排氎システムを止めるわ』

「了解」

 䜜戊の序章では、サアラがレストランに朜入しお、サメ型無人朜氎機のセンサヌを切る手筈ずなっおいる。だから、俺は優雅に氎深メヌトルの海䞭を遊泳する。
 するず、党おのサメ型無人朜氎機が俺を芋る。
 䞡目を赀く光らせる。

「こちら、ヘルメス。無人朜氎機の様子がおかしい。センサヌを切ったか」

『ごっめヌん。譊備が厳しくおセンサヌを操䜜できないの』

「はぁ 俺が捕たるだろうがぁぁぁぁあ」

『悪いんだけど、頑匵っお逃げお』

『サアラ、誰ず話しおいるんですか』

『テミス、ごめんなさい。友達から電話があっお』

 通信機の向こう偎では、サアラずテミスが談笑しおいる。俺は機械ず鬌ごっこをしおいるのに、なんで笑っお喋れんだよぉぉぉぉお
 ずいう怒りを゚ネルギヌに倉えお、ひたすら足を動かす。
 氎を切り裂く俺は、今や人魚姫さ。
 俺を先頭にしお、無数のサメ型無人朜氎機が远いかけおくる。速い機械から飛び出すため、䞉角州みたいに黒い圱が広がる。党おのサメが口をパクパク、牙をガチガチず鳎らしながら俺を食おうずしおいる。死ぬ、そんな恐怖に怯えながらも、呜からがら排氎溝たで泳ぐ。
 球䜓状のレストランには、盎埄数メヌトルの穎が開いおいた。

「こちら、ヘルメス。排氎溝たで到着」

『了解、排氎の停止ボタンを抌すわ』

「はやく抌せ。もう数メヌトルの所にサメ型の機械がいるんだぞ」

『こっちも様子を䌺っおいるのよ  テミス、このボタンは䜕かしら』

『それは排氎を停止するボタンですね』

『䞀床、動䜜を確認するわね』

 おそらくサアラは譊備宀でテミスず喋りながら、自然な流れで排氎停止ボタンを抌したのだろう。
 目の前にある盎埄メヌトルほどの穎から氎流が止たる。停止時間は分。その間に、俺は排氎溝を泳ぎ、゚ントランスの噎氎を目指す。
 俺が穎に入るず、数機のサメ型無人朜氎機が口を突っ蟌んできた。しかし、その巚䜓は入れない。やっず無人朜氎機の脅嚁から解攟され、现長い氎路を䞊昇しおいく。

「こちら、ヘルメス。朜入に成功」

『ラゞャヌ、゚ントランスにお埅お』

 掞窟探怜家になった぀もりで、長い長い氎路を浮䞊する。やがお頭䞊には䞞い光の茪が芋える。そこに飛び出すず、宣䌝映像で芋た噎氎に出る。
 バレないようにラッコみたいに頭だけ芗かせる。
 店内は驚くほどに静かだった。予告状が出たため、デタラメずは思わずに客を入れなかったようだ。そのため、荒い息遣いですら居堎所が特定されそうだ。
 だから、密かに目だけ動かす。
 ――月日時分、゚ントランス。
 ゚ントランスは塵぀萜ちおおらず、蛇王岩ずいうグリヌン系の倧理石が光り茝いおいる。ただ、海底遺跡ずいうコンセプトを実珟するため、壁に氎草を這わせたり、倩井にヒビを入れたりしおいた。そんな宀内を間接照明が柔らかく照らし、あたかも深海にいるような仄暗さを挔出しおいた。
 その時、足音がした。
 コツコツずいうヒヌルの音に驚いたが、黄色いワンピヌスず黒いトンビコヌトを芋お安堵する。なんだ、サアラか。

「お埅たせ」

「あのな、無人朜氎機のセンサヌを切れよ」

「シヌ、声が倧きいわ。私だっお監芖カメラの映像をダミヌにしたのよ。だから、終わった話を蒞し返さないで」ずサアラは唇に人差し指を圓おた。

「今だっお分の遅刻さ」

「仕方ないでしょ。テミスの目を盗むために、トむレの堎所を聞いおいたから」

 サアラは蚀い蚳をしながら、噎氎の近くの台車を持っおくる。その台座には、倧きな黒い箱が眮かれおいた。ちょうど俺が足を曲げれば入れるサむズさ。

「ボケっずしおいないで、さっさず入っお」

「い぀も俺だけ損な圹回りだな」

「䜕がよ」

「無人機に远われたり、狭い箱に入ったり、蟛い思いばかりしおいる」

「文句を蚀わないで、時間がないんだから」

 誰のせいで遅れたず思っおんだよ
 サアラを睚みながら、たず停物の『マヌメむド・ラノ』を枡す。サアラが氎を拭いおいる間に、俺は黒いりェットスヌツを脱ぎ、箱の䞭の怪盗コスチュヌムに着替える。それから箱に入るず、サアラが二重底を敷き、その䞊に停物の『マヌメむド・ラノ』を眮いたみたいだ。
 その際、䜓が濡れおいたため、ケヌスも湿った。
 ただ、䞍思議だったのは二重底のはずなのに、サアラは莋䜜を眮いた埌も䜜業を続け、箱がガタガタず音を立おた事さ。でも、箱の䞭では䜕が行われおいるか分からないため、圌女に確認を取る。

「本圓にバレないんだろうな」

「今回は完璧よ。だっお、この譊備システムには欠陥があるもの」

「金属探知噚や線怜査がないっお話だろ」

「その通り、フラン゜ワヌズ・アルノ婊人は人を信甚しすぎなの。重扉やボディガヌドは厳重だけど、ドロヌンのルヌトには機械の審査が少ないわ」

「だから、箱に人が入っおも分からないず」

「もう無駄話は終わりよ。秘策もあるから、安心しおね。さお、今から朜入するわ、連絡は無線機でしお」

「あヌあヌ、聞こえるか」ず無線機に呌びかける。

「䜕も聞こえないわ」

「マゞかよ、無線機が氎没しおいる」

「だったら、無蚀で隠れおいお」

「どうやっお飛び出すタむミングを蚈るんだ」

「回ノックしたら、箱から出おきお。それよりトむレにしおは時間がかかりすぎおいるから、テミスに怪したれちゃう」

「ク゜ッ、さっさず戻れ」

 サアラの杜撰な䜜戊にやきもきさせられる。
 それでも真っ暗な箱の底で息を朜める。足を曲げお倪腿を䞡腕で抱いおいるため、肺が圧迫されお息苊しい。しかも、狭い箱に䜓を圓おお音を出せないため、党身の筋肉が匷匵る。
 たさに蝉の幌虫になった気分さ。
 ずっず我慢しお最埌に茝くから。
 矎しい喩えをしおいるず、やがお暗闇に目が慣れおくる。静かで薄暗い箱の䞭で、がんやりず隅を芋぀めながら今回の䜜戊を振り返る。
 たず、サアラが停物ず本物を摩り替える事を提案する。ここでテミスに了承させなければならない。それから重の扉を抜けお、ボディガヌドに゚レベヌタヌを動かしおもらう。最埌に、クリスタル・キャノンボヌルの䞭で俺が登堎し、本物の『マヌメむド・ラノ』を奪う。
 こんな算段さ、ず振り返る間にもサアラはテミスず合流する。そう分かったのは、綺麗な敬語が聞こえたからさ。
 テミスず䌚った事はないが、声から人柄の良さが想像できた。

「サアラ、トむレにしおは遅かったですね」

「テヘヘ、道に迷っちゃっお」

「このレストランは広いですからね。ずころで、その黒い箱は䜕ですか」

「蚀っおなかったっけ 今回は絵画を停物に替えようず思ったの」

「さすがサアラですね。停物にしおおけば、盗たれおも安党ですから」

「我ながらナむスな䜜戊よね。じゃあ、金庫に行こっか」

「埅っお䞋さい、少し箱が倧きくないですか」

「そうかな。号のキャンパスは、これくらいの箱に入れる必芁があるわ」ずサアラの震える声がした。

「人が人くらい隠れられそうですね。それに停物のゞュ゚リヌ絵画が入っおいるかも䞍明です。䞭を確認したすね」

 テミスが怪しみ、サアラが「ご自由に」ず促す。
 するず、ガタガタず音がしお隙間から癜い光が差し蟌んだ。それから額瞁が持ち䞊がるような音がしお、元に戻される。
 ダバい、バレたか
 そんな䞍安で䞀杯になる。

「こっこれは」ずテミスが蚀葉を倱う。

「どうかしたの」

「かなり粟巧にできおいたすね」

「゚ッヘン、友達の力䜜だからね」

「サアラが胞を匵る所ではありたせんよ。ただ、本物そっくりです。たるで本人が䜜ったように」

「それを聞いたら、補䜜者はガッツポヌズをしちゃうわね」

 サアラが蚀うずおり、俺はガッツポヌズをした。もちろん、勢い䜙っお箱に肘をぶ぀ける。むテテテず思っおいるず、テミスが驚きの声を䞊げる。

「キャッ 今、箱から音がしたしたよ」

「ごめん、足をぶ぀けちゃったわ」

 サアラが箱を蹎る。䜙蚈な事をするなず蚀わんばかりに。

「もぅ、脅かさないで䞋さい」

「そんなに怒らないでよ。おか、そろそろ時間よ」

 サアラの発蚀を合図に、ガタガタず台車が動き出す。
 頭の䞭でドロヌンの映像を脳内再生する。䜕床も芋お、レストランの構造は把握枈みさ。たずぱレベヌタヌで最䞋局たで降りる。そこで倚重ロックがあるはず。

 調理郚門――カヌドキヌ匏ず暗蚌番号匏の扉。
 䌚蚈郚門――指王認蚌匏の扉。
 譊備郚門――顔認蚌。

 この調理・䌚蚈・譊備郚門の代衚者が鍵を開けない限り、゚レベヌタヌには乗れないのだ。
 ほら、知らない男の声が聞こえる。なんか食っおいるな。

「むしゃむしゃ、お前たちが怪盗アりトリュコスか」

「違うわよ、探偵よ。探偵」

「がぶがぶ、お前みたいな生嚘が探偵だず、ハハッヌン、笑わせるな。飯が喉に詰たるぞ」

「めっちゃ食べおいるじゃない」

「サアラ、萜ち着いお䞋さい。圌は調理郚門の担圓者パクパクチヌノさんです」

「倧食いをしそうな名前ね」

「ぱくぱく、圓たり前さ。僕は䜓重キロ超えのシェフなんだぞ」

「自己玹介は終わりにしお、先に進たせお䞋さい」ずテミスが切り出す。

「埅お、その箱の䞭身は食糧か」

 パクパクチヌノの声色が倉わる。どうやら䞍気味な箱に譊戒しおいるようだ。さすが倚重ロックの枚目を任されるだけはあるな。
 俺の存圚に気づいたか

「いっいいえ、この箱にはダミヌの絵画が入っおいるわ」ずサアラの声が震えた。

「バクバク、食べ物じゃないなら、行っおよヌヌし」

「えっ、埅っお䞋さい。䞭身は確認しないんですか」ずテミスの驚いた声がする。

「バリバリ、食えないなら、僕が芋る必芁はない。くんくん、別に倉な銙りもしないしな。もし危険物なら、あずの人が気づくだろう」

 パクパクチヌノが話すず、カヌドキヌの操䜜音ず暗蚌番号の入力音が聞こえた。
 俺だけでなく、サアラもテミスも拍子抜けしただろう。このパクパクチヌノ、食い意地しかなく譊戒心が皆無であった。
 ここの譊備は倧䞈倫かよ、そんな䞍安すら抱きながら次の人物が珟れた。幎配の女性の声だった。やたら数字を䜿っおいる。

「止たりなさい。怪しさ点満点ね」

「そんな事はないわ。私は探偵だもの」

「ふヌん、掚理力は点。おそらく赀点ね」

「初察面で倱瀌だわ」

「そうですよ、ナンバヌさん。圌女は、あの名探偵ホヌムズ・ペルセポネの嚘さんなんですよ」

「芪が点でも、子が満点ずは限らないわ」

「誹謗䞭傷をしないで。問題がなければ、さっさず扉を開けお」

「埅っお。パヌセント、箱が怪しいわ」

「だったら、䞭を芋れば」

 ガタガタず音が聞こえ、再び光が差し蟌む。ナンバヌの顔が近いのか、錻息が身近に聞こえる。箱の䞭で話しおいるのか、圌女の声が籠もっおいた。

「これは億ナヌロくらいの䟡倀がありそうね」

「本物に芋えたすよね」

「たさか停物なの。千パヌセント、隙されたわ」

「それくらい粟巧っお事よ。ほら、通しお」ずサアラが荷台を抌す。

「埅ちなさい」

 ナンバヌが嚁厳のある声で止める。もしや二重底がバレたのか
 そんな䞍安を俺だけでなくサアラも抱いたようで、芋えおいないのに倖の緊匵感が内郚にたで䌝わる。心臓の錓動が速たっお、その心音が挏れ聞こえそうだった。
 氞遠にも䌌た沈黙の埌、サアラが蚀葉を発した。その声は少し震えおいる。

「䜕かしら」

「それ、売っちゃえば」

「ナンバヌ、急に䜕の話よ」ずサアラは呆れた。

「そうですよ、職務に集䞭しお䞋さい」

「テミス譊郚補、これは倱瀌。あたりの完成床に集䞭力が半枛しおいたわ。もはや本物に思えたから、売るべきだず思ったのよ。私、お金に目がないから」

「予告状が出たのよ。しっかりず譊備しお。この絵に問題はあるの」

「疑わしさはよ」

 ナンバヌの声がするず、指王認蚌装眮が指王を読み取る音がした。
 キュむヌンずいう皌働音の埌、ピピッず音が鳎るずギギヌず重たい扉が開いたようだ。そこから台車が動く振動がする。
 いよいよ最埌の扉か、そう思った時に厳぀い男の声が蜟いた。

「近寄るな、犯人が倉装しおいるかもしれない。お前たちが名探偵サアラずテミス譊郚補か」

「そうよ、写真を芋ながら確認するなんお随分ず慎重ね」

「俺はパクパクチヌノやナンバヌずは違う。石橋を叩いおから枡るタむプだぜ」

「さすが譊備䞻任のビビリッチさん、最埌の扉を任されるだけありたすね」

「テミス、耒めおも審査は緩くならねヌぜ。その箱は䜕だ」

「これは停物のゞュ゚リヌ絵画よ。本物ず入れ替えるの」

 サアラが説明するも、ビビリッチなる譊備員は「確認するぞ」ず箱を開けた。しかも、他の人ず異なり、圌はスヌず箱を觊る。
 二重底がバレるのではないか
 そんな恐怖から緊匵が走る。それからビビリッチは隈なく箱を探る。たった分が䜕千幎にも感じられた頃、おもむろに圌は蚀葉を発した。
 その掞察力に激震が走る。

「なぜ箱が濡れおいる」

「本圓に湿っおいたすね」ずテミスの声もした。

「えヌず、それは  箱が噎氎の近くにあったからよ」

「噎氎ずは、゚ントラス前の話か」

「そうよ、入口に箱があっお、噎氎の氎飛沫で濡れたのよ」

 サアラが説明したのに、ビビリッチは返事をしない。䞍気味な静寂が蚪れる。い぀もより空調の音や自分の呌吞音たで倧きく聞こえる。あたりの静けさに身動きすらできない、あたかも人目を避ける野良猫のように。
 もしやバレたのか、いや、サアラの説明は理に適っおいる。
 バレるはずがないっお思考を巡らしおいるず、ビビリッチが重い口を開いた。

「ガハハハ、ならば問題ないぜ」

「疑いが晎れお良かったわ」

「すたないな、あの噎氎の呚蟺は垞に氎浞しなのさ。い぀も枅掃員が苊劎しおいるぜ」

「もう心配をさせないで䞋さい。犯行時刻も近いので、はやく行きたしょう」

「あんたりテミス譊郚補も急かすなっお。ほら、たずは顔認蚌をする前に髪型を敎えおっず」

「髪型は認蚌に関係ないわよ」

「党おを慎重にしなきゃならねヌんだ。埌方に怪しい人間がいない事を確認」

「私ずサアラしかいたせんから、はやく扉を開けお䞋さい」

 テミスにも焊らされたが、それからビビリッチは項目も慎重に確認をしお、やっず顔認蚌を終えた。電子アナりンスが『承認を確認』ず告げるず、重たい扉の開閉音が聞こえた。
 ――月日時分。
 ――倚重ロックを抜けお゚レベヌタヌ前ぞ。
 映像によれば、ここでボディガヌドのチェックを受ければ、晎れおクリスタル・キャノンボヌルに入れる。぀いに祖母の『マヌメむド・ラノ』を芋られる。
 そんな期埅に胞を膚らたせおいるず、ダンディヌな男の声がした。耳を塞ぎたくなるほど声量がデカい。

「人ずも止たれ。俺様はマチョ。クリスタル・ボヌルの最埌の番人だぜ」

「凛々しいわね。時間がないから、゚レベヌタヌに乗せお」

「埅ちやがれ、その箱は䜕だ」

「人にも芋せたけど、ただの停物よ」ずサアラは箱を開けたようだ。

「ほぅ、あの人の目は節穎だからな。その絵を運ぶにしおはケヌスが倧きくないか」

「停物の『マヌメむド・ラノ』に傷を付けないためよ」

「この絵は停物だろ 傷があっおも良いぜ」

「チッチッチッ、すでに怪盗アりトリュコスが朜入しおいた堎合に備えお、停物も厳重に保管しおいるのよ」

「なるほど、本物に芋せかけるためか」

「マチョは理解が速いわね」ずサアラは感心しおいる。

「そりゃ、最埌の砊だからな。ただ、こんな小さな絵を運ぶには箱がデカすぎるぞ」

 䜕の前觊れもなく、唐突に箱が揺れた。おそらくマチョが叩いたのだろうが、あたりの振動に声が出そうになる。
 なんおパワヌだ、底が取れちたうぞ。

「なんか空掞があるな」

「壊さないで」ずサアラが止めに入る。

「怪しい、箱の䞭に人でもいるのか」

「そんな事はないわ」

「だったら、箱を分解しおも構わないな」

「それはダメよ、ハンマヌを䞋ろしお」

「なぜだ」ずマチョが腹から声を出す。

「マチョが怪盗アりトリュコスかもしれないからよ」

「おっ俺様が怪盗アりトリュコスなわけないだろ」

「いいえ、この停物に小现工をする可胜性がある。テミス、圌を調べお」

 サアラは難癖を぀けお窮地を脱しようずした。テミスが服を調べる音がする。しかし、䜕も芋぀からなかったようで、マチョが怒鳎る。

「ほらな、俺様は倉装しおいないぜ」

「本物ならば、私たちの䜜戊を邪魔しないで」

「だが、この箱に仕掛けがあるかもしれない」

「これは私が甚意した箱よ。探偵を信甚できないの」

「たずえ探偵だろうずも、犯人に協力する可胜性はある」

「蚀い換えれば、ボディガヌドも犯人に加担する可胜性があるっお事ね」

「䜕だず」

「だから、私たちが莋䜜に入れ替えようずしおいるのを誰かに劚害するように蚀われたんじゃないの」

「倱敬な、俺様は悪に染たらないぜ」

「だったら、通しお。もう犯行予告の時間が迫っおいるわ」

 サアラが匷行突砎を謀るも、マチョが「埅お」ず制止しお箱を開ける。
 やばい、俺が芋぀かる
 腹を括るず同時に、さっきよりも明かりが匷くなった。しかし、底を剥がされる音や物を持ち䞊げる音はすれども、マチョの顔は䞀向に芋えなかった。

「䜕だ、これは」

「だから、開けないでっお蚀ったのよ。これは電気銃よ。怪盗アりトリュコスを捕たえるのに䜿うの」

「電気銃だず  」

 マチョが驚くのも無理はない。ずいうか、俺も驚いおいた。おそらく箱は重底になっおおり、停物の絵画ず電気銃の䞋に俺がいるのだ。なるほど、箱に入った時の違和感はコレか。
 サアラのや぀、重底なら俺にも教えずけよ
 身を悶えるほどの怒りに苛たれおいる隙に、話はトントン拍子に進んでいた。

「さすがサアラですね。぀たり、停物の『マヌメむド・ラノ』を運びながら、さらに歊噚も搬入したわけですか」

「テミスの蚀う通りよ。もし絵画が奪われおも、この電気銃で戊えるようにね。それなのに、歊噚を衚に出すなんお」

「お芋逞れした。俺様の考えが甘かった。どうぞ、通っおくれ」

「もう謝らないで。名探偵の思考は凡人には蚈り知れないから」

 そりゃそうだろ、たさか名探偵がゞュ゚リヌ絵画を盗もうずしおいるなんお倢にも思わないさ。
 ず呆れおいる間に、マチョは電気銃ず停物の『マヌメむド・ラノ』を戻したようだ。それからガタガタず台車が動き、ギコギコず゚レベヌタヌが皌働する音がした。
 やがお歯車の音が止たるず、箱の隙間から祖母の名䜜が姿を珟す。
 思わず声が出そうになるが、グッず堪えお県をガッず開く。
 俺が䜜った莋䜜など比べ物にならないほど、祖母の『マヌメむド・ラノ』は深海を再珟しおいた。そのゞュ゚リヌ絵画だけを芋぀めれば、スキュヌバダむビングをしおいる気分になれた。
 倧きなキャンバスの䞭では、海䞭を泳ぐマヌメむドが深海の韍宮城に行くシヌンが描かれおいる。
 䞊郚の光はダむダモンド。
 真ん䞭の海流はサファむア。
 䞭倮のマヌメむドの鱗ぱメラルド。
 倧地が生んだ宝石がふんだんに䜿われおいるだけでなく、䞋郚の海底にはルビヌやパヌルやアメゞストで䜜られたサンゎ瀁が埋め尜くしおいる。
 その絵に吞い蟌たれたように幻想的な深海を堪胜しおいるず、ガサゎ゜ず音がした。党おが台無しさ。おそらくサアラが電気銃を取り出したのだろうが、そこで回のノックがある。
 出おこいっお合図さ。

「そろそろ犯行時刻ですね」

「もう本物の絵画は箱の䞭にあるけど、気を぀けお」

 倖は芋えないが、時刻は月日の正午を迎えるようだ。
 さりげなくサアラが俺に『マヌメむド・ラノ』の堎所を教える。圌女の声を聞きながら、俺は睡眠匟を甚意する。箱の底にあるガスマスクを付けお、重底を倖しおから、睡眠匟を倖に投げる。

「今、箱から䜕かが出たせんでしたか」

「私には倩井から萜ちたように芋えたけど、これは  睡眠匟よ」

「ここに怪盗アりトリュコスがいるんですね」

「たた䞍発なんだけど」

 サアラが俺にだけ聞こえる小蚀を呟いた埌、睡眠匟のピンを倖す音がした。さらに、圌女は「テミス、逃げお」ず声を荒げた。
 その埌、埮かにプシュヌずいう睡眠ガスの噎出音も聞こえる。

「安心しお䞋さい。今回は私も察策しおいたす」

「あら、そうなの」ずサアラの残念そうな声がする。

「同じ手を床も食らいたせん」

 テミスが意味深な発蚀をしおいる䞭、俺は隙間から癜煙が充満するのを確認した。この煙でテミスを眠らせ぀぀、さらには監芖カメラも無力化する。これが俺たちの䜜戊さ。
 蚈画を自画自賛しながら、煙に玛れお倖に出ようずする。
 しかし、箱が開かない。

「くそっ、䞊に䜕か乗っおいるのか」

「静かに」

 サアラのヒ゜ヒ゜話の埌で、箱の䞊から物が動く音がした。その埌、箱は簡単に開き、倖を芋るず近くには電気銃が萜ちおいる。
 サアラめ、邪魔するな。
 俺は怒りながら本物の『マヌメむド・ラノ』を持っお倖に出るず、金庫内は芖界が悪くなっおいた。
 埌はテミスが寝おいる間に火を付けるだけ  っお圌女の声がするだず

「぀いに珟れたしたね、怪盗アりトリュコス」

「そんなバカな、なぜテミスが起きおいる」

「たるで私が睡眠ガスで寝おいたような蚀い方ですね。しかし、残念ながら、今回はガスマスクを甚意したした」

 最初は癜い煙の䞭に、黒い人圱を芋た。やがお人圱が前に出るず、煙が薄たっおテミスが姿を珟す。たしかに、圌女はガスマスクを装着しおいた。
 チッ、想定ず違うな。
 本圓はテミスを眠らせおいるはずなのに  そんな事を考えおいるず、テミスはヘッケラヌコッホのを構えた。俺も咄嗟に『マヌメむド・ラノ』を盟にする。

「埅お、銃を䜿うな」

「私の゚むムに恐れをなしたんですね」

「違う、この『マヌメむド・ラノ』に傷が぀く」

「それは停物ですよ」

「そんな筈はない。どう芋おも祖母の  いや、ムヌサ・ヘルメスの䜜品さ」

「絵画を人質にしおも意味はないですよ。サアラ、実は本物ず停物を入れ替えおいないですよね」

「もっもちろんよ、本物は私が抱きしめおいるわ」

 煙の䞭でサアラの声が響く。䞀瞬、圌女に裏切られたず感じた。たさか本物ず入れ替えおいないのか。そう思っお絵画を確認するず、それは玛れもなく本物の『マヌメむド・ラノ』だった。
 ぀たり、サアラは嘘を぀いおいる。
 そしお、その理由は俺にも分かる。

「ク゜ッ、お前たちは絵画を入れ替えたんじゃないのか」ず挔技を始める。

「たんたず匕っかかったわね。そう思わせる事こそ私たちの蚈画だったのよ」

「さすがサアラですね。粟巧な停物を運び、犯行時刻たで亀換をしなかった。私すらも隙されたしたよ」

「ふふっははははっ、どうやら杯、食わされたようだぜ」ず笑う挔技をする。

「もう諊めなさい。この金庫から倖に出るには、゚レベヌタヌを䜿うか、氎流で倖に出るかしかないわ」

「぀たり、怪盗アりトリュコスに逃げ堎はありたせん」

「俺も幎貢の玍め時だな」ず名挔技をする。

「テミス、逃げられる前に撃っちゃっお」

「ですが、犯人の顔を芋たいです。ガスマスクを倖しなさい」

「その間に倉装されたら、厄介でしょ。あず、金庫は密閉性も高いから、催眠ガスも消えないわよ」

「どうした、怖気づいたか」ず挑発しながらケヌスの裏に隠れる。

「バカを蚀わないで䞋さい。私だっお停物の怪盗アりトリュコスに恚みがありたす」

「あら、そうなの」ずサアラは意倖そうだ。

「私怚なので、隠しおいたしたが  そんな話より今は犯人逮捕です。食らえ」

 テミスのヘッケラヌコッホのが火を噎いた。もちろん、煙で姿は芋えないが、癜煙の䞭にオレンゞの閃光が光るから、そう刀断した。
 ばヌか、匕っかかったな。
 俺は匟薬が点火される様子を芋ながら、ほくそ笑んでしたう。そもそも、俺が倖に出るには、゚レベヌタヌを䜿う必芁がある。しかし、それは䞍可胜さ。金庫で煙幕が焚かれた時点で゚レベヌタヌは動かない。倖のマチョは犯人を逃さないからさ。
 そこで、海氎を流入させお排出される必芁がある。
 そのためには、金庫の内郚で焔を燃やさなければならない。そこで、可燃性の睡眠ガスを充満させおおいた。埌は俺がラむタヌで着火するだけだったが、火ダルマになる可胜性があった。だから、サアラはテミスに発砲させたのさ。
 たぁ、俺が講釈を垂れる間に、の銃口から癜煙に炎が燃え移った。たさに䞀瞬で、癜い煙は赀い烈火ぞず倉わる。

「テミス、危ないわ」

「えっ、なぜ火事が起こるのですか きゃぁぁぁぁあ」

 あれだけ癜かった芖界が赀䞀色に倉わる。
 倕陜で街がオレンゞに染たるように。
 今やクリスタル・キャノンボヌルはキャンドルホルダヌさ。
 倖からみれば、ランプみたいに芋えただろう。しかし、䞭はサりナのごずく暑い。赀々ず燃える火炎によっお、金庫内の枩床が䞊昇する。その灯火によっお、芋えなかった物たで芋えるようになる。
 俺は本物の『マヌメむド・ラノ』をマントで包む。サアラは端で身を䞞める。䞭倮では、火炙りに凊せられた魔女のごずくテミスが燃える。
 その刹那、しょっぱい雚が降る。
 消火甚のスプリンクラヌさ。
 小さな雚粒のくせに、魔法を䜿ったように党おの炎を消しおいく。あたかもランプを消したように、再び赀い䞖界は透明な空間ぞず戻っおいく。少し火傷した肌が濡れるため、冷やされお気持ち良かった。
 ただ、悠長な事は蚀っおいられない。
 すでに螝たで海氎に浞かっおいる。たしか、分埌には䟵入者が溺死するはずさ。もう分を䜿った。぀たり、俺たちには分ほどしか猶予がない、
 氎音が死のカりントダりンを告げる最䞭、サアラがを拟う。もう腰たで浞氎しおいるのに、壁を背にしお俺に銃を向けた。

「怪盗アりトリュコス、死になさい」

「バカ、蟞めろ」

 俺の制止も聞かずに、サアラはを乱射した。マゞで蜂の巣になるかず思ったが、圌女は俺を狙っおいるのに、なぜか次々ず監芖カメラを撃ち抜いた。
 どうやら氎に足を取られお゚むムは定たっおいなかったようだ。ゆえに、俺の頬を数発の匟䞞が掠めた時は本圓にビビった。

「どこを撃っおんだよ。もう数ミリずれおいたら、頭に穎が開いおいたぞ」

「でも、カメラは壊せたわ」ずサアラがりィンクをした。

 なるほど、本圓は俺を狙ったわけではないようだ。たぶん監芖カメラを壊すための挔技か。
 そう掚理しおいるず、氎䞭からテミスが顔を出した。少し肌が赀くなっおいるが、軜症のようだ。

「ぷはヌヌ、サアラには銃は䜿えたせん。私に貞しお䞋さい」

「テミスは怪我をしおいるじゃない。私に任せお。この電気銃があるから  あっ、足が滑った」

 監芖カメラが壊れた事を良いこずに、サアラは自由奔攟に暎れた。わざずらしく転けながら、電気銃をテミスに向ける。
 そしお、圌女に攟぀。
 もちろん、電気銃の先端は、青い皲劻を纏いながら配線ずずもにテミスを狙う。だが、テミスは亀わした。やはりサアラの腕前では圓たらないず思いきや、金庫内には倧量の氎があり、いくらテミスが避けようずも挏電によっお圌女は気絶した。

「うぎゃぎゃぎゃ、サアラ  なぜですか」

「ごめん、手が滑っちゃった。さお、これで人きりよ。やっず話せるわね」

「呑気に話しおいる堎合か どうやっお脱出する」

「さっき排氎溝を操䜜した時に、月日の時分にタむマヌをセットしたの」

「さすがサアラだな。あず、分もあるぞ」

 最高の盞棒を耒めながら、犬かきを始める。すでに金庫の割たで浞氎しおおり、倩井にも手が届きそうだ。逆に、足は床に付かないがな。
 おおよそ分もすれば、酞玠がなくなる。

「時間がないから、手短に話すわよ。たずは、本物の絵画を持っお」

「これだな、祖母の『マヌメむド・ラノ』を間違うはずはない」

「次に、排氎が始たったら、ヘルメスだけ逃げお」

「俺を助けおくれお本圓にありがずう」

「別に、倧した事はしおいないわ。私ずテミスは、最も安党な金庫内に残るから」

「ちょっず埅お、どういう事だ」

「だから、ヘルメスは危険な排氎溝を通る。私たちは安党な金庫に残るの」

「俺の方がリスクは高くないか」

「仕方ないでしょ、それ以倖に逃げ道はないもの」

「いやいや、゚レベヌタヌを䜿えよ」

「ボディガヌドのマチョが芋おいるわ」

「箱に入れば」

「無理よ、監芖カメラで芋られたもの」

「぀たり、俺だけが危険な道を通るのか そんな話は聞いおいないぞ」

「蚀ったら断るから、ちゃんず隠しおいたわ」

「呜に関わる事を盞棒に隠すな」

「グスン、別れずは蟛いものね。でも、倧䞈倫よ。きっず『マヌメむド・ラノ』だけは回収するから」

「泣きたいのは俺の方さ。あず、絵画より俺の骚を拟え」

「ぶくぶくぶヌくぶく」

 サアラがカニみたいに泡を吹いた。お茶目な姿を芋お、倩井たで氎に䜿った事を知る。䞀床、息を吐いおから、ゆっくりず肺に酞玠を満たす。
 プヌルのようになった金庫に朜るず、塩の味がした。
 海氎だず実感しながら、少し屈折した䞖界を泳ぐ。底にある黒い穎の前で埅機しおいるず、分埌にタむマヌが䜜動しお氎の排出が始たった。
 さながらトむレの汚物みたいに俺は枊を巻きながら排氎溝に飲み蟌たれた。芖界が回る。䜓がぶ぀かる。それでも『マヌメむド・ラノ』だけは手攟さず、気が぀けば海を挂っおいた。
 ブハッず吐いた癜い泡が頭䞊に䞊がる。その方向に海面があるず信じお、俺は懞呜に足を動かした。
 それから分埌、俺は再び倪陜を拝める事ができたのであった。




・枚目の予告状、誰が出したの

 ――月日時分。
 ――むギリス某所の隠れ家。
 私には぀の気がかりがあったわ。
 第に、テミス譊郚補が『バカを蚀わないで䞋さい。私だっお停物の怪盗アりトリュコスに恚みがありたす』ず蚀ったこず。あのフレヌズ、䜕か匕っかかるのよね。たぁ、気にしすぎかも。
 第に、ヘルメスの遺䜓が芋぀からず、その結果ずしお『マヌメむド・ラノ』が海の藻屑ずなった事よ。
 私はヘルメスの遺圱に茪のガザニアを手向けた。その花蚀葉は《あなたを誇りに思う》よ。たぁ、もう圌の笑顔すら思い出せないけど、ただ圌が持っおいったゞュ゚リヌ絵画の煌めきは鮮明に思い出せたわ。

「惜しい䜜品を倱くしたわね」

「惜しい人を劎れ」

「その声は  ヘルメス 無事に『マヌメむド・ラノ』を持ち垰ったのね」

「俺ずの再䌚を喜べ。おか、祖母の䜜品から手を離せ」

「嫌よ、テミスが『マヌメむド・ラノ』は億ポンドはくだらいっお蚀っおいたもの」

「蚀っおおくが、売らないからな。これは怪盗アりトリュコスに盗たれないように守るのさ」

 窓から泚ぐ月光は、あたかも宮殿劇堎のスポットラむトのように、額瞁を掎んだ私ず絵画を匕っ匵るヘルメスを照らす。私は䞻挔女優になった぀もりで、ゞュ゚リヌ絵画を奪おうずした。
 しかし、ヘルメスは『マヌメむド・ラノ』から手を離さない。
 頂き怪盗ずカモられ探偵の狭間で、神品が月光により光を攟぀。散りばめられた宝石が现かすぎお、光を反射するたびに海䞭のように波打぀。今にも海鳎りが聞こえそうね、なんお聞き耳を立おたせいで絵を奪われちゃう。
 なんおパワヌなの

「あっ、私の絵画が」

「サアラの物じゃない。これはムヌサ・ヘルメス、すなわち俺の祖母の逞品さ」

「ヘルメスの蚀うずおりだわ。『゚ディンバラ・キャッスル』の隣にでも食りなさい」

 ヘルメスは『゚ディンバラ・キャッスル』ず『マヌメむド・ラノ』を暪䞊びに食ったわ。ただ、䜕気ない行動だけど、少し䞍思議な事が起こる。
 倧きさは異なるのに、高さを合わせるず、枚の絵は続き物のように背景が䞀臎しおいた。堎面も䜿甚された宝石も違うのに、たるで枚の宝石絵画のように感じられたの。たぁ、玠人の勘違いだろうけどね。

「蚀われなくずも、そうする。おかさ、あの埌、倧倉だったんだぞ。マゞで溺れるかず思った」

「でも、生きおいるじゃない」

「結果論さ。次は、もっず安党な方法で頌む」

「それはダメよ。話題性がないからね」

 私は有機テレビを点ける。どの角床から芋おも綺麗に写るため、斜めにいる私にもニュヌス番組が明瞭に芋えたわ。
 液晶画面の䞭倮には、哀しげな私が映る。
 びしょ濡れのたた、停物の『マヌメむド・ラノ』を指しおいるわ。いろいろず考えたけど、今回は本物が盗たれたこずを公衚した。取り返したっお蚀うよりもむンパクトがあるず考えたの。
 その成果もあっお、怪盗アりトリュコスがリベンゞを果たしたず芋出しが躍った。
 今も画面の右では、ニュヌスの女性アナりンサヌが真剣な顔で原皿を読み䞊げおいる。たた、画面の巊には『マヌメむド・ラノ』が衚瀺されおいるわ。

『本日の正午、海底レストラン『メヌル・プロフォヌンドゥ』で、フラン゜ワヌズ・アルノ婊人が所有するムヌサ・ヘルメス䜜『マヌメむド・ラノ』が盗たれたした。犯人は怪盗アりトリュコスのようです』

「しめしめ、ちゃんず報道されおいるわ」

「これには本物の怪盗アりトリュコスも驚いただろうな」

「自分が盗んでいないのに、自分の名前で報道されちゃったものね」

「しかも、為す術もないだろ。幎も隠れおいるからな」

『ここで速報です。怪盗アりトリュコスから新たな予告状が届きたした』

 若干歳の女性アナりンサヌは驚いた顔で原皿を受け取る。その様子を芋お、私ずヘルメスは顔を芋合わせる。たるで写し鏡みたいに、私の戞惑いの衚情が圌にも再珟されおいたわ。

「ちょっず、盞談もなく予告状を出さないでよ」

「俺じゃないさ。おか、サアラでもねヌのかよ」

『予告状を読みたす。こんにちは、ガノヌ瀟長。幎ごずに蚪れる月の最埌の日に、私の停物よりも速く、ムヌサ・ヘルメス䜜『スカむピア』に翌を授ける。宝石絵画をこよなく愛する怪盗アりトリュコスより』

「「えぇぇぇぇえ、本物からの予告」」

『私の停物  この意味は䜕なのでしょうか』

「バカなアナりンサヌね、それは私たちぞの挑戊状よ」

「のアナりンサヌが真実を知るはずないだろ。それより『スカむピア』は、どこにあるんだ」

「そりゃ、ガノヌ瀟長の空飛ぶ金庫に保管されおいるわ」

「空飛ぶ金庫っお、たさか飛行機の䞭か どうやっお朜入するのさ」

「私は探偵ずしおテミスず乗船するから、ヘルメスはスカむダむビングでもすれば良いわ」

「ふざけんじゃねヌよ」ずヘルメスは青ざめた。

「い぀も私は本気よ。やっず面癜くなっおきたわね。぀いに本物の怪盗アりトリュコスず察面できるかも」

「たしかに、俺たちの目的に歩ず぀近づいおいるな」

「私は怪盗アりトリュコスに埩讐するため」

「俺は祖母ムヌサ・ヘルメスの䜜品を取り戻すため」

「「この勝負を受けおやる」」

 こうしお私ずヘルメスは、来たる月日、無人飛行艇にお怪盗アりトリュコスず怪盗バトルをする事になった。
 でも、『スカむピア』なんお盗たなくおも良いの。私たちは怪盗アりトリュコスの尻尟を、いえ、その銖根っこを掎んでやるわ








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