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入間さん
2024年4月30日 21:20
Chapter 11 イエロージャーナリスト 典型的なトバシ記事だ。そして記者は作家志望なのか筆が滑りまくっているのがわかる上司か校正係は添削をしてやってくれ。読みながらそう思った。 しかし内容はどのメディアよりも正確だった。夕刊ゲンザイから目を上げた。 本誌記者が目の前にいる。Sこと杉浦だ。半端な長髪を掻き分けるのが癖だ。全体的に汗か脂でツヤツヤとしている。俺を安酒場へ呼びつけてひっきりなし
2024年4月28日 18:18
Chapter 10 踊り場でダンスを エレベータへ向かうべきか、守衛室へ向かうべきか迷った。喧しく鳴り続けるサイレンが思考を乱す。俺はエレベータへ走った。呼び出しボタンを何度も叩く。 「火災が発生しました。安全のため、エレベータは使用できません。係員の指示に従い、最寄りの非常階段から落ち着いて避難してください」 取り付く島もないアナウンスがボタンの脇に開けられた網目のスピーカーから流れるだけ
2024年4月25日 19:32
Chapter 9 炸裂 1時間ほど体と脳の連携を切るだけで、荷揚げ仕事3日分の金になる。スイッチの切り方は、他人の好意とその裏側にありがちな優越感に頼って生きる中で自然と身についたことだ。福祉制度が与えるものは必要最低限度をギリギリ下回るものだけで、足りない分は自力で補うしかない。 まず他人が自分に向ける目線を読み取ることを覚えた。 海辺の街の保護シェルターから児童施設へ送られた。 乳児院
2024年4月24日 10:40
Chapter 8 デリバリードライバーの長い夜 少しだけ開いた窓の隙間から破裂する花火の音が聞こえた。「猫、みつかった?」 俺はルームミラーごしに話しかけた。小夏は手元のゲーム機に向けていた顔をちらりと前に向けた。「安藤と話してたよね。猫が飼いたいって。トイレ砂まで買い込んできてさ」「まだ見つけてない」「今の季節なら、事務所の目の前の公園にたくさんいるよ。子猫が生まれる頃だし」「干乾
2024年4月20日 23:07
Chapter 7 白昼夢の見方 ビニール紐が食い込んで指先はほとんど紫になっている。近所のスーパーまで紙の束を両手にぶら下げて歩いた。 陽は頭の真上にあった。どう歩いても焦げる。たった数分で鼻や頬がひりひりとしてくる。少しでも焦げる面積を減らすために顔を下に向けると今度は後頭部や延髄が焦げる。田中のキャップを借りてきたほうがよかった。 全てが紫ががって見えた。 紫ががった意識で最短距離を進
2024年4月13日 17:46
Chapter 6 テロリスト・ワナビーと老婆 その夜は爆弾も花火に紛れて爆発していた。 花火も爆弾も基本構造は同じだ。殻の中に爆薬を詰めて点火して、中に詰めた金属片が赤や緑に燃えながら飛び散って観衆を楽しませるのが花火で、殻の破片や釘やベアリング玉など思い思いの詰め物で周辺の人間を吹き飛ばすのが爆弾だ。 爆弾魔は暇を持て余した16歳の少年で、爆弾は地味なものだった。そいつは人気のない雑居ビル
2024年4月11日 22:38
Chapter 5 死んだ猫と苺のショートケーキ ケーキ屋で並んでいた間も地上の花火と歓声は聞こえていた。梨のタルト、チーズケーキ、オレンジピールを添えたショコラ、ベイクドプリンを手早く選んで会計を済ませる。甘いものは別腹だ。 ケーキの箱を下げて地上に出ると人通りはさらに増えていた。車道へはみ出る群れも多く、クラクションがひっきりなしになっている。線路の下を潜る地下道に入る。雑踏をかわして地下道
2024年4月9日 21:33
Chapter 4 嘔吐 ボスの車で行きつけの洋食屋へ連れていかれた。運転はいかつい短髪にシルバーフレームの眼鏡の男だ。ボスの家の玄関を出るともう目の前に車が待機していた。中心街の裏手の路地にある店の前で俺たちを降ろすと、そのままどこかへ去っていった。近くの路上でまた待機しているのだろう。 案内された席につくとメニューとワインリストを持ったソムリエの男がやってきて、ボスは彼と相談しながら注文を決
2024年4月8日 19:00
Chapter 3 セックス・アンド・ザ・シティ「資本と人間との関係、あるいは愛、これこそが僕にとって探求すべき命題だ」 陽が大分傾いてはいるがいつもカーテンが降りていて薄暗い。白と黒を基本に揃えられらた家具。ボスの部屋はいつもモデルルームや家具屋みたいだ。 ボスとローテーブルを挟みソファに対面に座っている。ボスはいつもスーツを着ているがビジネススーツではない。シルクのつるっとしたジャケットに
2024年4月6日 19:43
Chapter 2 ワイルドサイドを歩け この街は総合的だ。 世界有数の企業が管理する工場群、そしてオフィス街。リニア鉄道が走り、国際空港や大規模な湾口もある。ホワイトカラーも汗にまみれたブルーカラーも汚職役人もサイコパスもホームレスも売春婦までなんでも。 そして土地は大部分が埋立地だ。 夕方から夜に騒ぐ鳥たちは、この街が海に沈みつつあることを知っているのだろう。街のどこにいても海水が染み込
2024年4月5日 12:09
Chapter 1 名はまだない こんな日に外で働いている人間は静脈に冷却剤を点滴しているとしか思えない。実際に冷たいのを入れているやつもいただろう。 陽は傾きかけているが、気温は下がらない。真っ黒に灼けた、というか焦げた肌の労働者達が、何の表情も見せずに立ち働いていた。その肌はもともと様々な色だったのだろうが一様にどす黒い。 それぞれの仕事の制服を着て飛行機を誘導し、荷物を運ぶ。なにをし
2024年4月4日 20:50
Chapter 0 前口上 ハローサマー ひたすらに暑い夏で、最後は海に辿り着いた。 俺と女はそれぞれの理由で逃亡者だった。下手な映画の結末みたいだ。 しかし世界中のどの場所でも逃亡者が逃げ続けていれば最後は海へ行き着くのだから仕方ない。 その夏が始まるまで海になんて行くようなライフスタイルじゃなかった。年中通して街の、それもビルの地下とかそういうところで過ごしていた。 海なんか実在する