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なぜあの時私は、あの男の子に「いいよ」と言ってしまったのか

◆ なぜ私は今もアホみたいに笑って生きているのか

人生には、生きた分だけいろんなことがある。

なぜ私は、たいして不良にもならず、自ら死も選ばず、今もなお生き、社会生活を営んでいられるのか。

時々そう思う。

ディープな苦労話を自分からするのが得意ではない。

訊かれれば話すことはたいして苦ではないが、今ここで話すのはちょっと違う気がするので割愛する。

ざっくり言えば、だいぶジェットコースターな人生だったし、それなりのトラウマも抱えているんだろうと他人事のようにも思う。

それでも、この年までなんとか生かしてもらえている。

「明るい人」と言ってもらえたりすることもあって嬉しいし、ある意味それは嘘ではないし。

(しかし、この人生で、なんで無事かなあ?)

と、たびたび思ったことがある。

ちなみに、生まれてからある時期までは、自分のこの人生しか知らないため、大した情報もなく、生きるって本当にしぬほど大変だということを呼吸をするように当然だと感じていたように思う。

でも、学校で人付き合いができ、少しずつ年を重ねるにつれ、世界が広がり、人間関係も増えて、世間を知っていく。

ん?

そんなに辛くない、毎日楽しいことがある人もいるの?

と、気づいてしまったのだ。

ん?

の先を知りたくて、10代の頃、様々な書籍や、いろんな方の手記を読んだり、データを探したりし、世界をたくさん知ろうとした。

すると、いろんな辛い経験をした人が、社会生活を営めないほどになってしまったり、自ら命を絶ったりする場合も多いことを知った。

なのに私は、辛さを抱えながらものんき風にアホをさらして生きている。

なんでだ?

個体差や、それぞれの複雑な事情や、いろんなことで変わってくるのは当然のことながら、この人生で生きている自分が不思議とさえ思えてきたのだ。

ずぶといのかなあ?

などと、子供心に考えあぐねたあげく、大きく思い当たることが、まずひとつあった。

それは、じいちゃんの存在だ。

私は長男の長女として生まれて、とにかくじいちゃんにとっては初孫。

自分で言うのは申し訳ないが、じいちゃんにとっては、生きてるだけで正義な存在だったんだと思う。

私側もじいちゃんのことが大好きで、なんの迷いもなく世界で一番好きだったと思う。

じいちゃんの家に遊びに行った朝、早起きして入れ立てのお茶をじいちゃんの隣に座って飲むだけで、こんなに世界って安心する場所で、嬉しくて、話したくてたまらなくなる場所なんだと思った。

(私が今でも緑茶を飲むと安心するのは、その部分も大きいと最近思う)

私に唯一

"ただ無防備に子供でいられた時間"

をくれたのは、まぎれもなくじいちゃん。

じいちゃんが、私のことを絶対的な存在として見てくれたことが、私を今も助けてくれていると思う。

たくさん何かをしてくれたからとか、手間をかけてくれたからとか、そういうことじゃない。

無条件にお前は正義。
無条件にお前は生きていい。

この感覚を、出会った最初からずっと無意識でくれた人ということだ。

きっと、世界中の親の中にもそう思っている人は沢山いることだろう。

でもどうしたって、教育しなければならないとか、責任がとか、父親の考え母親の考え、親自身のリアルに抱える人生の問題と子育てとのバランス、などなどなど、とにかくいろんな事情が直接的に絡んでくる。

親って、きっと想像を絶するほど大変な立場。

そして親子関係は人間関係だ。

おじいちゃんと孫みたいに、雲の上でふわふわお茶ばかり飲んではいられない。

でも、時として子供にはそれが必要だと思うのだ。

"無条件に無邪気に、ここで子供としていていい"

という、じいちゃんと私のこの治外法権感が、今も私を救い続けているのは事実。

そして私はどこか、

(時々でもいいんだけど、またあんな時間があったらな)

と、今もそういう場所を求めている。 

あわせて、わりと、人にもそういう場所を一瞬でも渡せる人になりたいなとずうずうしいことをどこか思っているらしい。

人の好き放題をしばらく黙認してしまうところがあったり、おかしなことを言う人にひとまず言いたいだけ言わせてしまったりしてしまう。

わりと、勘はいい方で、直感的にいい悪い、ありなしが判断できるのは特技だったりする。

たとえば仕事などでは、その勘が明らかに(その人と仕事しないほうがいいよ、その案件はダメだよ)って知らせているのに、わかっていて引き受けてしまったりなどで、痛いめにあったことが過去に多々。

なので、一大事になる前に、途中からおそるおそる

「いや、おかしくないですか?」

「いやなんです」

「嘘はやめましょう」

という、態度をとったり伝えたりはもちろんする。

そうすると、この人自分のわがままなんでも許してくれそうだったのに、ひどいこと言っても怒んないし、嘘にだってすっかりのってくれてると思ってたのに、裏切られたよみたいなおかしな空気になり、白目になること多々。

それって相手だって私に対して「思っていたのと違う」となるわけで、お互いにとってよくない。

私のこれは、最初はいい人でいたいとか、一時的な承認欲求がとか、そういうんじゃなくて、

(相手がそうしたいんだから仕方がない、それで本当にその人が頑張れるならそれでいい。相手のパフォーマンス重視)

と思ってしまうっていう、本格的にヘタなやつ。

でもやっぱり、一時的にでも

"あなた、いまここであなたとして存在していていいよ"

って、居場所を渡してもらえるありがたさを知っていると、そうしてしまいがち。

さすがに最近は減りましたが、今日は、今よりさらに人生経験が浅かった頃、かなりギリギリのラインでそれをしてしまった時の話。

もう時効だと思って聞いてくださいね。

◆ 突然訊かれた「ここにいていい?」

突然ですが!

あまり知らない人から

「ここにいていい?」

そう直接聞かれたことはありますか?

私は、あります。

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