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人気のゲームアプリRobloxから見えるダイレクトリスティングの魅力とは?

巣ごもり需要で急速に伸びている米国のゲーム会社 Roblox(ロブロックス)が昨年11月に上場申請し、日経新聞でも当時取り上げられていました。

子供に人気のRobloxが上場申請 コロナでゲーム活況
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66522510R21C20A1EAF000

ロブロックスはユーザーが気軽に3Dゲームを作って配信し、遊べる仕組みを作っているプラットフォームです。

日経記事にある通り、コロナの巣ごもり需要で、急速に業績を伸ばしている企業で、昨年の上場申請時には29億ドル(約3兆円)の時価総額がついており、大型上場案件として期待が高まっていました。

しかし、今年に入り、ロブロックスはIPOの申請を取りやめ、ダイレクトリスティングによる上場を行うことを決定しました。

Roblox reverses course and aims to go public via a direct listing (Financial Times)
https://www.ft.com/content/ff4c8173-1c8b-4ea2-8c58-ee753d620313

これまでにダイレクトリスティングでSpotifyやSlack、PalantirやAsanaなど著名なスタートアップが上場を果たしてきました。今回の件を見ても、ダイレクトリスティングが新たな上場手段として注目が高まっていることがわかります。

伝統的な上場手法であるIPOをあえて避けて、ダイレクトリスティングを選ぶのにはどんな意味があるのでしょうか?

ダイレクトリスティングとは

ダイレクトリスティング(直接上場)は名前の通り、市場に直接上場する方法です。伝統的なIPOのプロセスは、投資銀行(引き受け証券会社)が上場を仲介するので、発行体の企業が直接市場に株を売却することはありません。

伝統的なIPOでは、企業は上場時に新株を発行し、投資銀行のアレンジでロードショーを行い、新株を機関投資家などに上場前にあらかじめ分売し、その後市場で売り出しを行います。

この方法は企業が上場を通じて新たな資金を調達できるメリットがありますが、2つの課題を抱えています。

①時間とコストがかかる
IPOは投資銀行が仲介に入り、上場前審査などのプロセスで会社が上場に足る会社かどうか社内の管理や内部統制の精査を行います。その後ロードショーを通じて、発行される新株の引き受け先を探します。このプロセスは時間がかかり発行体企業の経営者への負担や業務上の負担も大きくなります。

また上場プロセスで投資銀行に支払うフィーは莫大なもので、投資銀行がこのプロセスで取るフィーは資金調達金額の7%にも登るとされています。上場により希薄化する分も考えれば決して安くはない資金調達手段といえます。

②IPO "Pop"の問題
詳しくは以下で説明しますが、ここ数年、上場初日に株価が急騰するケースが増えており、それが既存株主を不利にしているという話が出ています。詳細は次の章で説明します。

IPO "Pop"の問題

今回、ロブロックスがダイレクトリスティングにシフトしたもう一つの原因に、IPO "Pop"と呼ばれるIPOの問題が、ロブロックスの上場スケジュールに影響をきたしたこともあります。

ロブロックスは、2020年内に上場を目指していましたが、12月に上場したDoorDashとAirBnBが立て続けに、IPO "Pop"の問題をひきおこしていたために、上場の延期を余儀なくされていたようです。

DoorDashとAirBnBの上場は、市場でも大きな注目を浴び、DoorDashは公開初日に株価が上場価格の92%上昇、AirBnBにしては公開日に一時115%の上昇を見せました。

このIPO "Pop"というのは、上場時に株価が急激に上昇する現象です。本来、上場時に投資銀行が、その企業を充分に審査し、適正な値付けをして公開価格を決めます。

このIPO "Pop"が立て続けに、しかも倍以上の乖離を起こしたことで、「そもそも投資銀行の値付けはなんだったのか?」と、高いフィーをとって本来発行体と市場との間の適切な仲介役を果たす投資銀行の役割に疑問符がつきました。

IPOでは、上場前に新株を発行し、機関投資家に株を割り当てるため、既存の株主にとっては株式の希薄化が起こります。既存株主にしてみれば、わざわざコストを払って希薄化させているので、ロードショーの過程でなるべく高い金額で機関投資家に買ってもらう必要があります。

今回のDoorDashとAirBnBの件では、機関投資家に買ってもらった株が、蓋を開けてみたら上場で2倍の株価がつきました。既存投資家にとってみれば、機関投資家への割り当て時にもっと高い株価で割り当てるべきだったと感じるでしょう。

投資銀行に支払われるアンダーライターフィーは、資金調達額の4-7%を締めると言われています。IPO "PoP"の問題はこれだけ巨額なフィーを払っているのにもかかわらず、投資銀行が適正な値付けができず、既存投資家が本来得られるべき利益を提供できなかった、ということで批判を浴びています。

CNBCのジム・クレイマー氏は、この投資銀行を介した価格設定メカニズムを「崩壊しており、醜態をさらしている」、アリババの米国上場のアドバイザーを努めたイムラン・カーン氏は「投資銀行のバンカー達のこれまでにない能力不足だ」とコメントしています。

Bill Gurley says direct listing rule change will end traditional IPOs
https://www.cnbc.com/2020/12/22/bill-gurley-direct-listing-rule-change-will-end-traditional-ipos.html

ダイレクトリスティングのメリット

ダイレクトリスティングは、既存株主が保有している株を直接上場させて売却できるので、IPO Popが起こっても、「既存株主が本来得られるべき利益を得られなかった」ということになりません。

また投資銀行を通さないので仲介にかかる莫大なフィーや、上場プロセスにおける時間短縮も可能です。ダイレクトリスティングにおいても、投資銀行はアドバイザーとして参画しますが、上場費用の8割を占める引受手数料は発生しません。

以下の記事では、スポティファイの上場の例を取り上げて、仮にスポティファイが伝統的なIPOで上場した場合、引受手数料は2億9000万ドルに登ると想定されますが、ダイレクトリスティングを選択した同社が上場プロセス全体にかけた費用は4500万ドルとされています。

https://www.jsri.or.jp/publish/review/pdf/6002/05.pdf

上記の通り、①既存投資家へのメリット、②上場へのスピードとコスト、を鑑みるとダイレクトリスティングの方が優位性は高いでしょう。

ダイレクトリスティングに適した企業とは?

では、伝統的なIPOがなくなり、今後ダイレクトリスティングが主流になっていくのでしょうか? そうではありません。IPOもダイレクトリスティングにはないメリットがあり、引き続きIPOを上場手段として使う企業は多く出ると思います。

IPOでは上場前のロードショーのプロセスで、機関投資家に特定の価格で株を購入してもらいます。そこでプロの投資家に個別に企業の戦略や事業内容などを詳しく説明し、自社の潜在能力をアピールすることができます。

他方でダイレクトリスティングでは市場で大多数に向けてのアピールが中心になるので、具体的な戦略について意見をかわす機会は限られています。

過去にダイレクトリスティングで上場しているSpotifyやSlackなど知名度が高い企業はそれほど問題ありませんが、B2B企業や知名度が低い企業、ビジネスモデルが複雑な企業などはダイレクトリスティングには向いていないと考えられます。

また、ダイレクトリスティングは現在のスキームでは新株発行を伴わないために上場を通じた資金調達を希望する企業にはマッチしません。ですので、上場をしなくてもラウンドを重ねる余地がある会社や、キャッシュフローが良い会社がダイレクトリスティングを選択する傾向にあります。

今回のロブロックスもIPO公開時の想定時価総額の29億ドルで2020年12月に520百万ドルを調達を行いました。上場前に相対での調達に成功したからこそ、IPOではなくダイレクトリスティングを選んだのだと思います。

ダイレクトリスティングでも資金調達が可能に

2020年12月には米国証券取引委員会(SEC)がダイレクト・リスティングに資金調達機能を追加する規則改正を正式に承認しました。これにより、ダイレクトリスティングでの上場でも、資金調達が可能になりました。

これにより2021年にかけて、さらにダイレクトリスティングを通じて上場する企業が増えそうです。

ちょうど仮想通貨取引所のコインベースがダイレクトリスティングでの上場を申請した、というニュースもありました。またこちらも近く取り上げたいと思います。


-Frontier Financing(フロンティア・ファイナンシング)-

本ノートは、SPACやダイレクトリスティングをはじめとした、新しい資金調達の手法に関するニュースや考察などをまとめて記事にしています。

海外では毎日のようにこのようなニュースが出ていますが、日本ではこれらの新しい手法はまだまだ情報は限定的で、未知の部分が少なくありません。

この記事を通じて最新情報や資金調達手法への理解が深まり、将来的には日本でもこれらの手法が広まり、より多様な資金調達の手法をスタートアップや企業が利用できる世界ができればと思っています。

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