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名前のない書物(第十七回)

図書館6(承前)

***
「なるほどーー」
 ほとんど眠っているかのような状態で座っていたコシロが口を開いたのは、ぼくが話し疲れて、冷えた茶をすすったときだった。
「才能への嫉妬か」
 わかるよ、と口をつぐむ。その目には、まぎれもない、真実の光があった。彼とそんな想いを共有したい気持ちがわき上がってきたが、その感情をぼくは抑え込んだ。今はもっと、優先すべきことがある。
「何か気づいたことがありますか?」
 ぼくは訊ねた。
「……キミはかなり率直に話をしてくれたようだから、ボクも率直に言わせてもらおう。その話を警官にしなかったのは、自分が疑われると思ったからではないのかね」
 コシロの腫れぼったい眼が、にわかにギラリ、と光ったようだった。
 今度はぼくが、黙り込む番だった。はっきりと意識していなかったが、確かにそういう面はあったかもしれない。ぼくは、蒸発した被害者に一番親しくて、一番動機のある人間なのだ。
 まあ、いいさ、とコシロは視線をなごませた。
「少なくとも、どうして普段ボクを敬遠しているザロフ警部が、キミをここに連れてきたのかは、わかったよ」
「というと……」
 その前にまず、とコシロは人差し指を立てて、注意を促した。そんなことしなくても、ちゃんと話を聞いているのだが。
「今の状態を、ごく単純に場合分けして整理してみようじゃないか。キミは、スウさんと図書館で離ればなれになった。ここで初めに問題になるのは、(A)彼女は実在する、か、(B)彼女は実在しないーーつまりキミの妄想の中にだけ存在するのかどうかだ」
「ちょっとーー」
 ぼくが憤慨するのを、コシロは押しとどめた。
「あくまで形式的な手順だよ。そう興奮しなさんな。で、キミがスウさんを実在の女性だと考えている根拠は、今語ってくれたキミ自身の思い出と、彼女の残したノート、以上に間違いないね」
 ぼくは、渋々うなずく。
「ボクの正直な感想を言おう。キミの話を聞いているだけだと、初めの設問に対する正しい答えは、すぐさまは導き出せない。ただしーー」
 またもやぼくの抗議を押しとどめ、
「キミの人柄は信じようと思う。少なくとも嘘をついているようには見えないからね」
「それはそれは、ありがとうございます」
 精一杯、皮肉に聞こえるように言ってやった。
「もちろん、確認はさせてもらうよ。キミの部屋のなかで、主にスウさんが使っていた品物はあるかね。例えば、歯ブラシとか小物とか」
 ぼくは、幾つかの品物を思い浮かべた。
「ある……と思います」
「次の機会に、それを持ってきてほしい」
「どうしてですか?」
「取材活動で知り合った人間のなかに、民間の科学捜査研究所に勤めている男がいてね。確実に検出されるとはいえないが、彼に品物を渡して、調べてもらおうと思う」
「……」
「主に調べるのは指紋だ。次にDNA。品物についている指紋やDNAから、まずキミのものを特定して除外する。残った証拠があれば、それがスウさんのものだと推定できる。そうしたら、今度はそれを法執行機関のデータベースにかける。もし過去に、何らかの理由で指紋やDNAを取られたことがあれば、ヒットするだろう。そこから彼女の身元がわかれば、彼女の行き先や、あるいはキミの前から姿を消した動機につながる情報を、得られるかもしれない」
 スウが実在するかどうかもわかる、ということを言いたいのだろう。
「で、ここからが本題だ。スウさんが実在する女性だとすると、いま彼女はどこにいるのか? これもごく単純に場合分けすれば(1)図書館の外にいる、か(2)図書館の中にいる、かのどちらかになる。
 まず、持ってきてくれた、この捜査調書のことから話をしよう。この図書館は、入出館の際にとくにセキュリティチェックを行っていない。本自体が持ち出し禁止だし、仮に不心得者がこっそりと持ち出そうにも、不可視インクの蔵書印から発信される信号を、渦巻町への連絡通路で常時スキャンしているからね。信号をキャッチしたら、トンネルの渦巻町側で扉が下ろされ、ロックされる。窃盗犯ともども、トンネルに閉じ込められてしまうんだ。
「話がずれたが、ともかくここでは、人の出入りはあまり問題にされていないのだ。ただ一応、防犯カメラはある。目的は盗難防止と、館内での犯罪の抑制だ。とはいえ、数は限られている。基本的には開架スペースの二フロアと、エントランス・ホールの数ヵ所にあるくらいだ。聞いているかもしれないけど、ここはもともと、私的な書庫に過ぎなかったんだ。オリタケ氏が被災者を受け入れ、一般市民に開放した際に、警備上の理由で防犯カメラと警備員たる〈図書館警察〉を作った。でも〈渦巻町〉が造られると人びとはそちらに移り、図書館に関心を持つ者は、ほとんどいなくなった。ゆえに今現在、稼動している防犯カメラはわずかで、死角も多い。現在、図書館を利用しているのは、ほぼお年寄りで、ここ何年も大きなトラブルは起こっていないからね。そのうち、すべての防犯カメラが停止するかもしれない。
 さて、ファイルによれば〈図書館警察〉は、失踪当日の防犯カメラの映像データをチェックしている。実は、映像でスウさんとおぼしき人物ーーキミの申告どおりの服装の人物ーーが入館する姿が確認されているんだよ。角度のせいで、顔ははっきりと写っていないのだけれども。ただそのことと、スウさんという人物が存在しているかは、また別次元の話だけどね」
 最後のひと言は気に食わなかったが、ぼくは、静かに興奮していた。ようやくだが、スウが実在しているという当たり前のことが、客観的に立証されたと思った。同時に、〈図書館警察〉が何もしていないと疑って、申しわけなかったと後悔した。
「この日、キミとスウさんは、別々に図書館を訪れている。間違いないね?」
「はい。スウが買い物をしてから寄るというので、ぼくだけ先に図書館に来たんです」
「キミの姿もしっかり写っているよ。だが問題はそのあとなんだ。彼女が出ていく姿が映像にはないんだよ」
 ぼくは困惑していた。閉鎖空間に入っていったのに、出ていない。防犯カメラでスウの実在が証明されたはいいが、まさかそのことで探偵小説的な状況が補完されるとは、思ってもみなかった。
「すぐに浮かぶ可能性は、スウさんが変装している場合だ。まあ、それらしい人物を〈図書館警察〉が発見できていたなら、調書に書いてあるだろうけどね。つまり、見つけられていないわけだ。それにキミは、彼女の顔写真のデータを持っていないんだろう? あれば、目視か顔認証ソフトで同定できるかもしれないのだがね」
 自分の不手際をなじられたような心持で、面白くなかったが、事実だから仕方がない。
「実は可能性がもう一つある。彼女が殺されてしまって何かに詰められて、物として搬出されている場合だ」
「なっ!」
 ぼくは絶句する。コシロは平然と続けた。
「しかし、そんな荷物ーーヒトが一人収まるような大きなトランクやらバッグやらコントラバスケースなどーーを持つ人間もいなかった。念のため言い添えると、死体をバラバラにして持ちだしたなんて可能性は限りなく低い。図書館にはそもそもそんな作業のできる現場はーーま、絶対にないとは言わんがーー限られている。その点についてはあとで話すよ。調書には、防犯カメラ映像をコピーしたファイルも添付されている。もし警官たちが信じられないなら、自分で納得いくまで観る許可も得ているよ」
 ぼくは、コシロから映像ファイルの入った小さなチップを受けとった。
「次に図書館員たちへの聞きこみ。ここで働いているスタッフは全部で八人。この図書館では、配架からリファレンスまですべて自律機械ドロイドでまかなえるようにできているから、特に司書とかそういう役目ではない。もちろん、蔵書検索用端末の操作補助や、簡単な案内はできるけどね。元が、オリタケ氏一人のための書庫だから、図書館員たちは、入り口に人がいないと不安がる利用者の要望で置かれているに過ぎないし、出入りに気を配っているかも怪しい。それでも〈図書館警察〉は、彼らに質問しているよ。スウさんを見たか、怪しい荷物を運び出そうとした者はいないか、そのほか不審なことはなかったか、とかね。ちなみに、職員全員の身許は、市警に照会して確認済みだ。怪しい人物はいなかったみたいだ」
 〈図書館警察〉は、常連たちにも話を聞いていた。エントランス・ホール付近で、いつも古新聞を拡大鏡を使って読んでいる年配男性や、震災前の地図を複写している年配女性の話だ。常連のなかには失踪当日、スウを見た気がするという証言もあったが、それは曖昧で、およそ何かに役に立つものではなかった。
「それと、キミの話が真実ということになると、確実に嘘をついている人間が、一人いることになる。むろんローレル夫人だ。彼女は、スウさんを知っていなければならない。なのに、それを警察に言わなかった。だから、彼女にも話を聞くべきだろう。ただしはっきり言っておくが、スウさんが図書館の外にいる場合、ボクにできることはないし、ローレル夫人にボク自身が話を聞きに行くつもりもない。ボクはここ十年、図書館から外に出たことはないからね」
「じゅ、十年? 本当ですか」
 そんな状況で、よく外部の事件を解決できたものだ。いわゆる、安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブというやつだろうか。
「そして、この件で出るつもりもない。その点は変わらないし、もし図書館の外ーーそれがすぐ隣の渦巻町であったとしてもーーを探したければ、悪いが自分でやってくれたまえ。まあ、いま話してくれた内容を母上に聞かせてかまわないならば、母上に同道してもらうのがベストだと思う。母上は、ここの〈顔〉だからね」
「顔?」
「それに館内のことなら、手は貸せんこともない」
 そういってコシロは、巨大なデスクの袖机の引出しを開け、一冊のファイルを取り出した。天板に置かれたそれは、A4サイズの、かなり古びた紙の表紙のファイルだった。ぼくは身をのりだして、それを見つめた。ファイルの端は曲がり、一部は切れたりして、ボロボロに劣化していたが、大事に保管されていたように見えた。
「スウさんが、自分の意思で隠れているにしろ、誰かに閉じこめられているにせよ、あるいは縁起でもないと思うだろうが、生きているにせよ、死んでいるにせよ、図書館にいるのならば、〈この中〉のどこかに必ずいる」
「それは?」
「これは、この図書館の設計図さ。ボクの母方の曾祖父はね、オリタケ氏がこの建物を作ったときの責任者だったんだよ。オリタケ氏その人を除けば、ここに一番詳しい人物だったろうね。ボクたちがここに住まいを与えられているのは、そういう繋がりからなんだ」
 それでぼくは、ようやくこの一家の特別待遇に得心した。
 同時に興奮してきた。〈図書館警察〉ですら足を踏み入れられないスペースも、設計図には記されていることになる。それを使えば、スウのいる場所を特定できるかもしれないーー本当にスウが図書館ここにいるのならば。
 ぼくは、さいぜんから気になっていた質問をぶつけてみた。
「この建物で、エントランス以外に外部ーー渦巻町やそのさらに外ーーに出られるルートはあるんですか」
「それはない」
 コシロは言下に否定した。
「じゃあ、隠し部屋のようなスペースは?」
「キミがどんなのをイメージしているのかは知らないけど」
 コシロは言葉を繋げた。
「古い探偵小説みたいなからくり仕掛けを想像しているならば、それもない、と一応、言っておこう。もっともこれは、〈公式には〉という但し書き付だがね」
「公式には?」
「曾祖父には、だいぶ特殊な性癖があってね。まあ、それについてもあとで話すけど、その前にキミによくよく考えておいてほしいのは、彼女が外にいる可能性についてなんだよ」
「どうしてです?」
 コシロは、質問に質問で返した。
「キミ自身は、彼女の失踪をどう考えているのかね? 誘拐? それとも蒸発? キミにとって、彼女が大事な存在なことはよくわかった。では、彼女にとってキミは、どんな存在だったと思うかね?」
「それは……」
 思いがけない質問にぼくは、たじろいだ。
 身勝手なことだが、その時までぼくは、スウの失踪をどこか、自然災害のようにとらえていた。自分では避けようのない出来事だと。しかし、彼女が自らの意思で姿を消したのだとすれば、その行動にいたった原因は、ぼくにあるのかもしれないのだ。彼女を図書館外に出す方法ホワイにぼくがこだわっているのは、その点から目をそらしているのでは、と探偵は仄めかしているのだ。
「いいかい。仮にスウさんが外にいるにせよ、図書館内にいるにせよ、考えるべきは、彼女がそこにいる必然性ではないかね。言い換えれば、キミの元から去った理由があるかどうか、だ」
 ぼくは、苦い思いに沈んだ。
 スウが、本当のところぼくのことをどう思っていたのか、自信がなかった。彼女はぼくのことを、大好きだと言ってくれていた。抱きしめてくれた。恋人同士の他愛のない睦言だ。だがひょっとしてスウは、ぼくのことなど本心では愛していなかったのかもしれない。それは極端だとしても、ぼくに失望を感じていなかったとは言い切れない。言葉の上では彼女は、ぼくを買いかぶっていた。あなたは優しい人だといい、ぼくには物語る才能があると言ってくれた。しかし現実のぼくはどうだ。生活費すら満足に稼げない、出来損ないでしかなかった。そして今となっては、彼女を心ならずも傷つけていたのかすら、おぼつかなかった。
「まあ、その点はおいおい、自分で考えておくんだね」
 とコシロはぼくを置いてけぼりにして、話を進めた。
「図書館内に話を戻そう。この図書館には、旧世界の多くの図書館同様、大きく分けて〈開架スペース〉と〈閉架スペース〉がある。だが、ここにしかない、別の分け方も存在するのだよ。それが〈公共区域〉と〈非公共区域〉だ。例えばボクの家。この家は〈非公共区域〉だ。プライベートな空間であり、一般の利用者が入ってくることはできない。だから、館内捜索の順番からすればまず〈公共区域〉を探し、そこで見つからなければ〈非公共区域〉を当たることになる」
 〈公共区域〉に関しては、〈図書館警察〉がある程度、調べてくれた。ゆえにコシロが探すフィールドは、〈非公共区域〉ということになる。
「図書館内に〈非公共区域〉は、三つある」
「三つも?」
 今日は、驚く話ばかり聞かされている。
「ひとつは〈占い師フォーチュン・テラー〉の部屋だ」
占い師フォーチュン・テラー?」
「黄色の〈黄〉という字を書いてコウ、あるいはファンと読む、中国系の姉妹さ。彼女たちは、地震のあと、一番初めに図書館にやって来た。オリタケ氏が、私的な書庫だったここを開放するきっかけになったのは、彼女たちを受け入れたことに始まる。さしずめここの、巡礼始祖ピルグリム・ファーザーズといったところかな。次が〈警察署長チーフ〉の部屋」
 なんだか、だんだんおかしなことになってきた。ぼくは目の前の巨漢を、まじまじと見つめた。この男は正気なのだろうか。ぼくはコシロが、〈卵男ハンプティ・ダンプティ〉というよりも、不用意な人間を不思議の国ワンダーランドに誘う、白兎ホワイトラビットのように思えてきた。
 ぼくの視線のニュアンスを正確に読み取って、コシロは嫌な顔になった。
「あだ名だよ、あくまで。本名は確か、ジュウハチロウ・セコウ氏と言ったかな? 〈図書館警察〉は、言ってみれば自警団に毛の生えたようなものだけど、一応は組織がある。彼は〈図書館警察〉の責任者、つまり〈警察署長チーフ・カンスタブル〉というわけだ」
 ということは、ザロフ警部の上司ということか。
「彼はオリタケ氏の養子でもあってね。〈図書館〉の共有持分権者の一人でもある」
 釈然としないまま、ぼくは一応、合いの手をいれた。
「ちなみに、ここは?」
「当然、〈建築家アーキテクト〉の部屋となる」
 ぼくは内心で、うなりを上げた。まるで、旧いスパイ小説ロマン・エスピオナージュだ。正体不明の住人たちが、互いに変名ノムド・ゲールで呼び合っている。コシロ自身も含めこの図書館には、現実離れした尋常でない何かがつきまとっている気がした。いつの間にか、現実とは異なった、物語のなかの世界、文字通り不思議の国ワンダーランドに入り込んだみたいだ。
 だがそれを、当然のように受け入れている自分がいる。そのことが、一番ぼくを驚かせていた。
 ふたたび高速で捜査調書をめくっていたコシロの手が、ふいに止まった。細い目が見開かれた。歯車がカチッとはまったように、彼の灰色の脳細胞が動き出した音がしたーーようだった。
「どうかしましたか?」
 気もそぞろになったコシロがーーたぶん何かにひどく集中しているのだーーぼくの方にファイルを向けた。
 それは調書そのものではなく、常連さんたちに聞き取りをした際のメモ書きを、そのまま挟み込んだものだった。聞き取った内容は、要約され書式に落としこまれるが、その材料である職務質問フィールド・インタビューメモが、ファイルに律儀に添付されている。その丁寧な仕事ぶりにぼくは、何となく赤ペンがやったことだろう、と想像した。
 だが、メモに目を走らせると、その内容が要約部分に書かれていないのは、当たり前のような気がして拍子抜けだった。というのも中身が、大真面目に〈神隠し〉をうったえる内容だったからだ。
 古い建物には、幽霊が出るだの人が消えるだのといった怪談話がついて回ることが多い。昔ぼくが通っていた小学校にも〈七不思議〉があり、生徒が何人も行方不明になったという旧講堂があったものだ。
 確かに、この図書館には、〈何か〉が起こってもおかしくない雰囲気がある。だが、いくらなんでも荒唐無稽にすぎるだろう。
「で、この常連さんのいう〈神隠し〉が、どうかしたんですか?」
 ぼくはコシロに尋ねた。
「コシロさん? ……おーい!」
 大きな顔の前で手のひらを振るとコシロの目の焦点がようやく合った。まるで夢から醒めたばかりように、ぼくをまじまじと眺める。そして、ボクが子どものころからある怪談でね、と話し出した。〈木男〉が出てくるんだ、と。
「〈木男〉?」
 どうやらぼくは、まだまだ本当の図書館通とは、言えなかったようだ。そんな噂話、聞いたことがない。
「大きな、つばの白い帽子を被った人物の目撃談でね。図書館で誰かが姿を消す。すると、その近くで片足を引きずって歩いているその男が目撃されるというので、常連さんの老画家が名付けたんだよ……」
 だしぬけに口をつぐむとコシロは、そうか、とぶつぶつ口の中でつぶやく。
「うかつだった。なんで気づかなかったんだろう! まさか、また始まったのかーー」
 そして、ふいにぼくを見て、
「彼女が小説を書いていたというノートが、読みたい」
 と言った。
 唐突な申し出に、面食らう。
「それはかまいませんが……何の関係があるんです?」
「〈関係ないデータ〉なんて存在しないよ。必ず持ってきたまえ。ーーそうだな、明日の昼にエントランス・ホールで待ち合わせしよう。探索をはじめようじゃないか」
 思いがけない展開だったが、どうやらぼくを、捜索隊の員数に入れてくれたようだ。しかし、望むところである。
「でも、コシロさんは、図書館の外には出ないんじゃなかったですか?」
「その通りだ。申し訳ないが、さっき言ったように、母上をキミのガイドにつけるよ。キミがいま話してくれた内容を、教えてかまわないかね?」
「乗りかかった船だし、いいですよ。でも……あなたはどうするんです?」
「もちろんボクも調べる。でも、ボクにはボクの方法がある」
「方法?」
 コシロは、人差し指をこめかみに持っていって、一つ二つ叩いて見せた。
「考えるのさ」
 
***
 その日、部屋に帰ってから端末で検索すると、〈図書館〉を設計したというコシロの曾祖父の情報に行き当たった。セイジ・ナカムラという建築家だ。どうやら、コシロ・ウオタロウというのはペンネームらしい。
 また、コシロ・ウオタロウの名前で、幾つかの作品がヒットした。もっとも知られているのは『ハウ・ダズント・ロックドルーム』という作品だった。レヴューの星は、一つ半。擬古典調の探偵小説で、こんな出だしだ。

《旧暦七月ーー霊界の門が開き死霊たちが溢れてくるこの鬼月ゴースト・マンスのさる払暁、鬼神学デモノロジイの権威サンテツ・フリヤギ教授は、親友の検事長ハセクラ氏を伴い、帝都の西の丘陵に聳えるとある寺院の前に立ったーー。》

 布団に包まりながらぼくは、眠りに落ちる瞬間、ひとりごちた。
 本当にあの男を信じてよいのだろうか、と。

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