いくえさん

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名前のない書物(第二回)

神殿Ⅰ.    母は玲瓏で強大な力の持ち主だった。母からわたしは〈力〉を、妹は〈美〉を受け継いだ。  このちょっとした、しかし決定的な産み分けは、必然として、わたしたち姉妹に役割分担をもたらした。すなわち、妹は神殿の前面に立ち、巡礼や民草や諸侯らに語りかける表の貌を受け持ち、わたしは神殿の奥津城にひそみ、神力をふるう裏の貌を受け持った。  だからといって誤解をしないで欲しいのだが、わたしたち二人は、とても仲のよい姉妹だった。我が身にのしかかる運命を、お互いをたった一人の血を分

    • 名前のない書物(第一回)

      《人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ》(チャールズ・チャップリン)   図書館1、   *  図書館へ行こう、きみと一緒に。   *  そのときぼくは、いらだっていた。あるいは少し憤慨していたのかもしれない。不機嫌なのは、不眠症によるいつもの頭痛のせいだけではなかった。予定の時刻に、スウが姿を見せなかったからだ。  待ち合わせ場所は、図書館のエントランス・ホールだった。玄関口からガラスの自動ドアを入ると、真っ先に出迎えてくれる

      • とりとめのないファンタジー

        とりとめのないファンタジーを書きます。 ごちゃごちゃしていて、まとまりがなく、不恰好で、アンバランスなお話になる予定です。 「キャラに魅力がない」「文章が独りよがりで読みにくい」「プロットが平板で盛り上りに欠ける」「何が言いたいのかさっぱりわからない」「読者が何を面白がるかリサーチしたほうがいい」とか、「設定が甘くて破綻している。もっと勉強しなさい」「描きたいことを整理したほうがいい」てな感想を持たれる話になる予定です。ご寛恕を。 また、作中で、多くの先達の作品をパクっ

        • 読み切り短編「天馬狩り」

           天馬を創ったのは、すでに滅びた種族である。今や姿かたちすら分からないその種族は、上空に巨大な構造体を幾つも浮かべ、構造体のあいだを天馬にまたがって自由自在に往き来した。  主のいなくなった構造体は、ひとつところに留まることが出来なくなり、今では〈はぐれ島〉と呼ばれている。雲のように漂うそれは、時おり宙をよぎり、快晴の日に、迷惑千万な翳りを地上に落とすのだ。   *  さて現今、天馬狩りは、高地族の若衆が、成年を迎えるにあたっての通過儀礼となっていた。  むろん、天馬の〈渡り

        名前のない書物(第二回)

          読み切り短編「唄うたい」

           唄うたいのほっそりとした指が最後の和音を奏でると、妙なる調べの余韻が豪奢な私室に深々と拡がったのだった。  その房室のしつらえは、精緻な織りの壁掛けといい、銀の水差しといい、紫檀の小卓といい、どれ一つをとってもおよそ、平民の一生涯で贖えない逸品ばかりであった。 「玄妙なる哉!」  煙管を片手に紫煙を燻らせていた男は、夢見心地で聞き惚れていたが、我に返ると火皿を逆さにして、燃えかすを灰皿に落とした。そして唄うたいの美声と撥弦楽器の技倆を誉め称え、鷹揚に手を叩くのだった。男の部

          読み切り短編「唄うたい」

          短編小説「file:0 幻燈城市」(最終話)

          14、 「男の正体がわかったよ」  四人がけのボックスシートにドサリ、と腰かけたコーリャ小父さんは、メニューも見ずに店員さんに、パンケーキと紅茶を注文した。  火曜日の晩わたしは、再び第七区の喫茶店にやって来ていた。わたしの目の前にはすでに、サンドイッチの皿とミックスジュースが並んでいる。  小父さんは、反射的に取り出していた煙草の箱を慌ててしまいながら、話し出した。 「名前はテレンス・ロートン。金持ち専門の探偵、あるいは、一流の覗き屋かな」 「覗き屋?」 「ロートンは、上流

          短編小説「file:0 幻燈城市」(最終話)

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第五話)

          11、 「ダメだよ、シオンちゃん。これ以上はもう危険だ」  夕方、警察から解放されたわたしを事務所まで送ってくれたコーリャ小父さんは、わたしが事件に関わるのを牽制した。  来客用のソファに腰かけ、向かいに座ったわたしの目をしっかりと見据えている。真剣な眼差しで。あるいはわけしり顔で「こういう場合にきっちりと子どもに忠告するのが本当の優しさだ」などと述べる人もいるかもしれない。しかし、頭ごなしに禁止しないコーリャ小父さんの言葉のほうが、わたしの胸に、よりいっそう刺さった。  小

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第五話)

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第四話)

          8、  翌日の日曜日、わたしは午前中から不動産屋回りをした。十軒目の不動産屋〈萬来地産公司〉に向かいながら、不動産屋さんは一階に店舗を構えているところ多いなあ、と妙なことに感心していた。應龍であっても、路面店は家賃が割高だろう。それでも、ふらりと立ち寄れる集客力には代えられないのだ、とは父の弁だ。  その父に教わったのだが、應龍にある不動産屋には、彼らなりの縄張り意識というか、バッティングしないように、受け持ちエリアの棲み分けがあるらしい。無数の不動産屋全てに当たるのは不可能

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第四話)

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第三話)

          6、  小さな街衢の中で、人間と動物、果たしてどちらを見つけるのが難しいだろう。  動物ではなく人間を捜すならわけない、と考えたくなるのだが、そう簡単にはいかないのが、【應龍寨城】というところなのだ。一・五キロ四方という範囲に、未登録者も含めると万単位の人間がひしめき合っている。  どんな仕事にもコツというものがある。何の経験もない自分が、独力でことを進められると自惚れるほど「大人」のつもりはない。そんな甘いものでないことは、昨日の基礎調査で嫌というほど思い知らされてしまった

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第三話)

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第二話)

          4、   わたしは教室の後ろのほうの席で、学級委員が朝のホームルームを進めるのを、ボンヤリとやり過ごしていた。  教室の窓からは、正門の向こうにあるビルがよく見えた。ビルは〈應龍国際酒店〉という大層な名前の宿泊施設だが、実際は平凡な安ホテルにすぎない。ホテルの隣は、怪しげなブランド品を扱うブティック、スーパーマーケット、アパルトマン、麺屋、激安の電器店などが建ち並んでいる。商業施設と住宅が、ごちゃごちゃと入り組んでいる【應龍寨城】お馴染みの風景だ。  平日の朝のこととて、舗道

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第二話)

          適当な探偵物語。

          幻想都市の少女探偵。  なにがしか整合性のある、合理的な世界観/舞台/人物は設定しない所存です。  イメージボードのように、だらだらと思いつくままに書けたらいいなと思います。

          適当な探偵物語。

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第一話)

          1、 「ありがとう、ミカサさん。でも、もう決めたから」  わたしは、キッパリと宣言したのだった。  来客用のソファに、しどけなくもたれている叔母は、ミディアム丈の藤色のスカートから、可愛らしい脛を覗かせている。聞いているのかいないのか、片方の脚を伸ばして、脱げかけたパンプスを幼女のように玩んでいた。  それは無造作にソファに投げ出してあるお揃いのジャケットともどもお行儀の悪い仕草だったが、胸元にギャザーのあしらわれた白いエレガントなブラウスが叔母の美しさを引き立たせて

          短編小説「file:0 幻燈城市」(第一話)

          七月に、五月とわたしと(第二十七話)最終回

          【一週間後】  修平さんと顔を合わせるのには、これ以上ないくらい勇気が必要だった。  それはお馴染みの喫茶店での一場面で、わたしが無事に帰還してから一週間後のことだった。コーヒーの、鼻腔をくすぐる芳ばしい薫りが、こんなに緊張を誘ったことは今までにない。  店に入るとわたしは、自分がギクシャクとした変な動きになってるなあ、と思いつつ奥へと進んでいった。煉瓦を模した床も、臙脂色のシートも、暖かみのあるシャンデリアも、今日は目を楽しませてくれない。BGMは、誰かが作ったワルツ。わた

          七月に、五月とわたしと(第二十七話)最終回

          七月に、五月とわたしと(第二十六話)

          【二日後】 『ロマンティストはみなそういうものだが、私もまたずっと前から、自分がいつの日か魔法の土地に行きつくに違いないという信念を漠然と抱いていた。その場にひそむさまざまな秘密を明かしてくれる場所、私に叡智と恍惚をーーおそらくは死をもーー与えてくれる場所に』 □□□  もちろんそんな都合のいい場所など、どこにもなかった。わたしは丸二日家を空けたことで、母さんにこっぴどく叱られたのだった。色をなして怒る母さんの姿に、しかしわたしは胸が温かくなった。こうした、なんてことない日

          七月に、五月とわたしと(第二十六話)

          七月に、五月とわたしと(第二十五話)

          【00:46】  二日前ーーもう三日前かーー修平さんに告白した帰り道の途中ですべては始まったのだ、と【わたし】は言った。気がついたとき自分は〈そこ〉にすでに存在していたのだ、と。〈そこ〉とはあの廃屋からアパートのあいだに位置する、何の変哲もない裏路地のことだった。 「あらゆる音が、光が、直接脳の中に流れ込んでくるように感じられた。生々しいなんていうレベルじゃない。すべての感覚器官を、生まれて初めて使ったかのようだった。そして胸がふさがれるような不安な心持ちで、ひどくいたたまれ

          七月に、五月とわたしと(第二十五話)

          七月に、五月とわたしと(第二十四話)

          【00:39】  わたしとドクターは階段を昇りきって、最上階のさらに上、屋上の塔屋にたどり着いた。そこは、ペントハウスなどと言うしゃれた空間ではなく、屋外に出入りするための狭い小屋だった。内部は、がらん、としていて物が何も置かれていない。白い壁と、リノリウムの床があるだけだ。  わたしたちは両手を上に挙げて伸ばし、バンザイの格好をとっていた。後ろに、銃を突きつけた襲撃者がひかえているからだった。 「カギ」  襲撃者が、抑揚のない声で命令した。  ドクターが鍵を使って

          七月に、五月とわたしと(第二十四話)