見出し画像

名前のない書物(第二十六回)

図書館9、
 
「何なんですか、あの人たちは!?」
 〈占い師フォーチュン・テラー〉の居室を出るとぼくは、辛抱できずに爆発してしまった。三姉妹は終始かしましくわめき続け、意味不明なたわ言をごたいそうに並べただけだった。スウを見つける手がかりになったとは到底思えない。時間を浪費しただけだ。
「まあまあ」
 息巻くぼくを、後ろからついてきた母君が、なだめる。往路と同じく、センサライトで、暗い廊下に光と闇が交互に作り出されている。
「ああ見えて彼女らは、事情通なんだ。訪ねておいて損はない。それに、帰り際にあたしがお手洗いを借りただろう? あのとき、簡単にだけどあの家の奥を覗いてみたのさ。たぶん、スウさんを隠しておくスペースはないと思うね」
 ちゃっかり、そんな確認をしていたのか。ただただ、不機嫌になっていただけのぼくは、少し反省した。目的を見失っていたのは、ぼくの方かもしれない。
「昨夜、オウジに〈警察署長チーフ〉について聞いただろう?」
 母君が続ける。〈警察署長チーフ〉というのは確か、図書館を建てたオリタケ氏の養子という人物のことだ。
「あの姉妹はね、〈警察署長チーフ〉ことセコウ氏の愛人だった人たちなのさ」
「愛人だった……って、え、まさか……」
「そう、二人とも、さ」
 母君がうなずいた。
 思いがけない事実に虚をつかれて、怒りのもって行き場がなくなった。姉妹そろって、同じ人物の愛人とは、ぼく程度の常識ではどうにも受け入れがたい話だ。それとも渦巻町の上つ方では、当たり前のことなのだろうか。
「そんな関係で彼女らは、図書館や渦巻町について色々と詳しいのさ。すぐには役立たなくても、お見知りおきになっておいて悪いことはない。まあ、会うとくたびれるのも事実だけどね」
「あの、わけの分からない占い結果に意味があると?」
 ぼくの〈スウの今いる場所〉という問いに対しての答えは、「郵便秘密検閲室シイクレット・デスパッチ」、「秘密機関室ブラック・キャビネット」、「宛先不明郵便物保管所デッド・レター・オフィス」の三つだった。
 あれはね、とコシロ母は言う。
「どれも、〈隠された秘密の場所〉の隠喩なのさ」
「何でそう言い切れるんです?」
「あれらの言葉ワードが、出てくる古い小説を知っているからね」
 母君によると、これらの言葉たちは、物語中のある秘密組織に関連する言葉群なのだという。
「でも、その〈隠された秘密の場所〉ってのは、具体的にどこを指すんです?」
「正直、そこまでは分からない。でも心当たりがないわけじゃない。そこで次の問いになったというわけさ」
「あの、精霊がウンタラカンタラってヤツですか?」
 ぼくは、先ほどの会見の最終部を反芻した。そしてその占い結果を示した際の、姉妹の不可解な言動も。
 老いた姉妹の〈答え〉は、すぐに出た。
 丹桂タンカはこう答えた。
「その答えは、〈決して見つかることのない書物〉にある」
 銀桂ギンカはこう答えた。
「その答えは、〈決して読まれることのない書物〉にある」
 ひとり金桂キンカだけがそっぽを向いて、トランプカードをいじっていた。その一人遊びソリテールめいた動きは、単なる時間稼ぎにも、本当に占っているようにもとれた。
 しばらくして、その動きが止まった。〈結果〉がでたのだった。
「その答えは、〈決して開かれることのない書物〉にある」
 金桂キンカはそう答えた。
 彼女の発言を聴いた老姉妹が、驚愕したような、そして、少しだけ怯えたような眼で〈妹〉を見やった。まるで初めて、彼女の存在を認識したのように。
 一方、母君は、満足げにうなずくと、ぼくをうながして居室を辞したのだった。
 そう、あの三人めの〈妹〉はやはり、明らかに異質だ。老姉妹が、〈警察署長チーフ〉ことセコウ氏の愛人だったのはその通りなのだろう。彼女らはその人脈を駆使して仕入れた何らかの情報を、(奇妙な形ではあるが)伝えてくれたのかもしれない。
 では、あの娘はいったい何者なのか。
「じゃあ……じゃあ、あの若い女性は?」
 とたんに、母君の顔が曇った。
「あの娘か……。うん、彼女については、本当にわからない。オウジに調べてもらおうと思っている」
 母君によると黄姉妹は、コシロとは違って普通に外出しているらしい。つまり図書館外で出会って、彼女を自宅に招待したのだろう。そのこと自体は別に不可解でも何でもないし、むろん違法でもない。〈住人〉である姉妹なり母君なりがゆるすなら、そこに滞在する、あるいは住み着くことだって可能だろう。
 混乱のもとは、黄姉妹があの女性を、自らの妹と紹介したことだ。
 普通に考えれば、姉妹がそろってぼくたちを〈かついだ〉と考えられる。が、ぼくには、姉妹が充分すぎるほど〈真剣〉に見えたのも事実だ。
 ふと、以前に読んだ古いSF小説を思い出した。それは、電子的な仮構の世界を舞台にしたストーリーで、作中のある登場人物(主人公の昔からの知人)が、実は〈ほんの数日前に初めて創られた新しいパーソナリティ〉だとわかるシーンがあるのだ。
 ついさっきまで、存在もしていなかった人物が、突然、その世界に現れる。しかしその世界の人間たちの記憶はーーというか世界そのものがーー書き換えられるため、遡及して〈初めから存在していた〉ことになるというわけだ。
 ひょっとしたら姉妹の記憶は、何者かに〈書き換え〉られているのかもしれない。母君の記憶と齟齬が生じていることを除けば、奇妙に符号してやしまいかーー。
「おっと、今日はここまでにしておこうか」
 妄想に沈んだぼくを、母君が現実に呼び戻した。ちょうど、エレベーター扉の前に着いたところだった。
 彼女は、白兎ホワイト・ラビットみたく懐中時計を取り出す。時刻は、夕方の六時を過ぎたところだった。
 正直、ありがたかった。ローレル夫人と三姉妹に、たて続けに面会してくたびれ果てていたのだ。他者に証言を求めるのは、ひどく精神を疲弊させる作業だった。ぼくにはとうてい、探偵稼業はつとまるまい。
 あとで〈警察署長チーフ〉にアポイントメントをとっておくよ、と宣言して母君は、さっさとエレベーターに乗り込んだ。
 ケージの中で、母君は機嫌よく鼻唄を歌い、ぼくはSF小説のタイトルを思い出そうと、頭の中を引っかきまわしていた。
 気がつくと、そのちょっとした現実逃避のあいだに、エレベーターは四十六階に到着していた。静かすぎるエレベーターの弊害だ。
 母君は降りたがぼくは、ケージに残った。別れを告げたぼくを、母君が引き留める。開延長ボタンを押して、携帯端末で通話をはじめた。相手は、コシロのようだった。
「いま帰ったよ。今日は店じまいさ。支度はすんだかい。ああ、聞いてみるよ」
 そこで母君はぼくの顔を見て、
「ねえ、オウジが夕食をとりながら話を聴きたいって言ってるんだけど、呼ばれてくれるかい?」
 と訊ねた。
 ぼくは躊躇した。真っ直ぐアパートの部屋に帰って、寝っ転がりたい気持ちもあった。ただ渦巻町に戻っても、せいぜいテイクアウト料理を買って帰るだけなのも事実だ。
「食べていきなよ」
 そんなところだけは妙に、普通の年配女性のように、母君が薦めてくる。寝坊したので今日は、例のお粥しか食べていなかった。意識したとたんに、腹が鳴った。
 ぼくは、ありがたくご相伴にあずかることにした。
 
***
「これ、コシロさんが作ったんですか?」
 コシロ宅のダイニングテーブルに並べられた料理の数々に、ぼくは目を見張った。
 レタスやタマネギ、トマトといった野菜に、オリーブの実とゆで卵の乗ったニース風サラダは、大皿に盛られていた。そのとなりにはラタトゥイユと、ソッカというひよこ豆のクレープが並び、香ばしくトーストされたバゲットの籠と、ロゼワインのデキャンタが置いてある。どうやらメニューのコンセプトは、南仏風のようだ。
 奥のキッチンに戻っていったコシロは、相変わらずパジャマだか部屋着だか判然としない服装だったが、かわいらしいアップリケのあしらわれたピンクのエプロンをしていた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。味は保証する」
 着替えるといって奥に引っ込んでいた母君が出てきて、気安くいった。母君はくつろいだ和装に戻っている。
「オウジはあたしに似て、料理のセンスが良いんだ」
 一般に火気厳禁の図書館内でどうやってこんな料理を? というのが気になっていたが、それについては口を開かなかった。
 奥からコシロが、メインディッシュを運んできた。牛肉を赤ワインで煮込んだもので、ラビオリが添えてある。母君だけ赤ワインをグラス注ぎ、ぼくとコシロは、ガス入りのミネラルウォーターを飲むことにする。
「さて、まずは腹ごしらえしてからだ」
 エプロンをとったコシロは、布ナプキンを膝ではなくシャツの前襟に差し込んで、いただきます、と元気よく言った。
 
***
「三番目の妹ね……」
 食後のカフェ・アロンジェをすすりながら、コシロはしゃべり出した。ぼくはスミレのジェラートをいただきながら聞いている。料理はどれも、素晴らしい味わいだった。確かにコシロの腕前は大したものだ。
「スウさんの件には直接関係ないかもしれないけど、確認はしていたほうがいいと思う」
 母君が食器を片付けながら言う。
 コシロは、該当する白人女性についても調べてくれるようだ。彼がどういう手段で調査するのかはわからないが、素人(?)の身上調査が、個人情報保護の観点で引っかかることはないのか、少々、心配になってくる。物語上の探偵は、やすやすとグレーゾーンを飛び越えるが、実際の〈探偵〉はどうなのだろうか。〈図書館警察〉が依頼しているくらいだから、問題ないのか。
「〈関係ないデータなんてない〉ですか?」
 ぼくは、コシロの以前の科白を繰り返した。
「その通り。それにしても、キミも案外と奇抜な想像をするじゃないか」
 姉妹の記憶が〈書き換えられた〉ように感じた、というぼくの話を、コシロは愉快そうな顔で聞いていたのだ。
「ボクならば、さしづめ〈作者による改稿リライトが行われた〉と表現するかな。もっとも、だとするとこの世界の創造者はうっかり者だね。ボクと母君の記憶も改竄すればいいのに、し忘れている。いや、わざとなのかな」
 それはこの世界、この織物テクストの織り手が、まともじゃないだけの話だろう、とぼくは胸の裡で吐き出す。ぼくが生まれてから以降の世界情勢をみても、あまりに混沌としている。今の世の中は、しっちゃかめっちゃかだとしか思えなかった。もっとも、どんな時代であっても、渦中の当事者にはそう感じられるのかもしれないが。
「ま、それはそれとして、スウさんに関しては、母上の言う通りだと思う」
 磁器のカップを持ったまま、目顔で問うてくる。
「スウさんの失踪が、自らの意志であれ別であれ、消失の不可解さに変わりはない。キミがもう探さなくてよいというのであれば、話は別だがね」
 そういう風に考えないではなかった。スウは、ぼくが捜し出すことなんて、望んでいないのではないかと。でもぼくの、スウがどんな状況で居なくなったのかを知りたい気持ちに変化はなかった。連れ戻そうとか、問い質そうなんて思っているわけではない。でもせめて、サヨナラくらい言いたかった。それが独りよがりな自己満足であっても。
 ぼくがそのことを明言するとコシロは、話を続けた。
「よろしい。ではまず、ボクが調べたことを報告しようーー」
 それはコシロが、渦巻町及び全国規模のデータベースで、スウの身上調査をした結果であった。きっと〈三番目の妹〉も、同じ手順で調べるのだろう。
 コシロは、妙に豊富なネットワークを持っていた。取材過程で知った人脈や、探偵行為で顔見知りになった公的機関の人間、情報提供会社など無数の伝があるという。ちなみに情報提供会社とは、役所や登記所の記録など、公開情報を集めてデータベース化し、依頼人に提供する企業である。
 それらを総動員した上でのコシロの結論は、スウ・ローという名前の女性は、この国のどこにも存在しないという事実であった。
 自治体の住民登録、陸運局、税務記録にもヒットしないし、移民局、社会保険事務所の名簿にもない。銃の所持者名簿にもない。
 彼女が〈作家〉として稼いでいた報酬は、彼女自身の意志でぼく名義の口座に支払われていた。
 念のため公開されている教会その他の宗教団体関連の名簿にもあたったが出てこなかった。つまり渦巻町に、というか日本に、スウ・ローという人物は、現在も過去にも存在しないことになる。
 では彼女は、いわゆる不法滞在者だったのか?
 もちろんその可能性はあった。だが、日本が世界経済における国際的な地位を失墜させたのは、震災のはるか以前の話だ。あまりの人手不足に、遅まきながら移民政策に乗り出したが、時すでに遅し。いま移民局は、閑古鳥が鳴くありさまだという。それほど日本の存在感プレゼンスは低下している。したがって、今さら「ガイコクジン」が、密入国までして訪日する意義を見出だすとは思えなかった。
 だが犯罪者やテロリストならば、別かもしれない。
 国の中に、あからさまに公権力の目が届かないーーというか見棄てられた区域があるのだからやり放題だろう。ぼくの目を盗んでスウが、密かに何らかの非合法活動をしていたとしたら……。
「キミから預かった香水の瓶があったろう。民間調査機関の知り合いに頼み込んで、大至急調べてもらったんだがね。少なくとも、キミ以外の、女性の物とおぼしき指紋が検出されたそうだ。で、今度はその指紋を、提携している法執行機関のデータベースにかけたが、前科記録などの犯罪記録には引っかからなかった。スウさんが何者であれ、犯罪者として登録はされていないのは確かだ。こちらは喜ぶべき、なのかな」
 では少なくとも前科はないわけだ、とぼくは投げやりにひとりごちる。それよりも、じわりとだが、またもやあの、現実崩壊感覚がよみがえってきていた。指紋という確固たる物証が発見されたにもかかわらず、スウの実在感がひどく希薄になっていく感覚に襲われていたのだ。
 コシロの声が、間遠に響く。
「ーーキミと母上が、ローレル夫人から引き出した証言があるわけで、少なくともキミと暮らしていた女性が〈実在〉しているのは間違いない。問題は彼女の正体ではなく、彼女がどこに行ったのか、だ」
 そうだ、とぼくは頭を振って意識をはっきりさせる。無理矢理に自分を納得させる。彼女がどんな出自の人間かなんて、どうでもいい。ぼくは〈彼女自身〉の行方が知りたいのだ。
「そこでボクの推測に移ろう。昨日の続きだが、形式上の手順を踏む。前回確認したようにスウさんは、(1)図書館の外にいる、か(2)図書館の中にいる、かのどちらかになる。この場合、図書館の出入口の監視カメラに引っかからなかったのだから、一応、スウさんは(2)図書館の中にいるーー少なくとも、渦巻町との通路は通っていないことになる。では図書館のどこにいるのか?」
 今日一日の調査だけで、この図書館には思いもよらないスペースがあることがわかった。にわかには信じられないが、何らかの生活手段が確保できるならーーつまり防犯カメラや自律機械ドロイドに見つからず、そのうえトイレや給水や食事に困らないなどという都合の良い条件が揃うならーースウが図書館内に隠れていることも不可能ではないーーかもしれない。
 コシロはしゃべり続ける。
「ここでちょっと角度を変えて、問い直しさせてもらおう。(α)〈何故、彼女は消えたのか?〉この〈何故〉は、彼女の内的な動機のことだけではなく、外的な要因も含めてだよ。(β)は、〈どうやって消えたのか?〉だ」
 コシロが母君に、今度は煎茶を所望した。ぼくにも自動的に、湯呑み茶碗が差し出された。きちんと茶托付きだった。
「では順番に(α)からだ。スウさんが失踪した〈内的動機〉は、この前も言った通り判断できない。だが、ボクの考えでは、〈外的要因〉は存在するんだよ」
「〈外的要因〉? 何のことですか?」
 実は、とコシロが語りだしたのは、奇っ怪な事柄だった。 
「この図書館ではねーーしばしば人が居なくなるんだ」
「ーー何ですって?」
「まあ、正確には図書館で居なくなるのかはわからないのだがね。どう説明すればいいかな……。渦巻町では、たびたび蒸発事案が起こる。それ自体は、珍しいことじゃない。普通に、あちこちの都会で起こるのと同じだ。件数でいえば、他所の都市と傑出した数字の違いはない。アメリカではもっと多く、年間約十万人もの行方不明者がいるというしね。だがーーそのうちの数件に、失踪者が〈図書館に行く〉と言い残して姿を消した事案があるのだよ」
「それはーー図書館にやって来て、ここの中で居なくなったということでしょうか?」
「それがわからないから、判断に迷うのさ。失踪者が実際に図書館に来たかどうか、はっきりとしないのさ。そういう口実で家を出て、そのまま町の外に出てしまった可能性もある。積極的な捜査がされたわけじゃないから、今回のように防犯カメラ映像が検証されたりもしていない。通常、発見に至らない行方不明者の中で、拉致や殺害などの犯罪被害に遭っているケースは、わずかと言われている。だがボクの目にはね、これらの失踪事案には、共通の原因があるように思えるのだよ」
 その噂は、いわゆる都市伝説のように、いつの頃からか渦巻町の一部で、ささやかれていたという。しかし〈人喰い図書館〉といういかにもな名称は、スキャンダラスというより、あまりにも戯言ブルシットめいている。
 そんなわけで、市警も〈図書館警察〉もコシロも、真面目に取り上げたことはなかった。
 だがぼくの依頼を受けてコシロは、あらためてそれらの事案の調書を、〈図書館警察〉に頼んでこっそり読ませてもらったらしい。行方不明者や蒸発事案のあいだに関連性が疑われるか検討したのだ。
「それはーー例えば、一連の出来事が〈失踪〉ではなく、犯罪ーー例えば何者かによる〈誘拐〉だ、とおっしゃりたいのですか?」
 胸がひどく騒いだ。厭な予感がする。コシロは顔をしかめた。
「その可能性もある。もしくはーー殺人か」
「そんな、まさか。考え過ぎでは?」
 コシロはそれには答えず、ハードコピーを差し出した。
「これは?」
「くだんの失踪者のリストさ。〈図書館に行く〉と言って消えた人たちのね」コシロは真剣な眼差しになる。声は低く、ささやきに近い。「事態は思っている以上に急を要し、なおも予断を許さない可能性があるかもしれない」
 その台詞を不吉な予言のように感じながらぼくは、ハードコピーを眺めた。一人あたりA4一枚にまとめられたその身上書は、全部で五枚あった。
 時系列順に並べると、こんな感じになる。年齢は失踪当時のものだ。
 
1、2029年失踪、ユウタ・サクマ(二十一歳)、学生、2008年宮城県生まれ。
 
2、2032年失踪、マイ・タシロ(十七歳)、学生、2015年東京都生まれ。
 
3、2033年失踪、ユリコ・マキタ(四十歳)、主婦、1993年東京都生まれ。
 
4、2037年失踪、アルチュール・トマ(三十三歳)、作家、2004年フランス・リヨン生まれ。
 
5、2042年失踪、シンタロウ・イシダ(七十二歳)、無職、1970年埼玉県生まれ。
 
 それは、一番古い事件が十五年以上前に遡るリストだった。失踪者たちの職業は、学生、主婦、無職、作家。年齢も性別も国籍さえもバラバラな人びと。
「見事に統一感がないリストだ。あくまでも、ボクが見つけられた範囲内で、という条件付きだが。それにおそらく、〈事件〉に関係していてリストにない人物もいたと推測している。だが少なくとも、リスト内の人びとにある共通点ミッシング・リンクを、ボクは見つけたのだよ」
「共通点? どんな?」
 胸がざわついた。
「失踪者たちは全員ーー小説を書いていたようなのだ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?