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映画レビュー『明日の食卓』(2021)母と子の絆をリアルに描く

主人公は三人の母親

一人目、石橋留美子(菅野美穂)は、
神奈川県在住、43歳のフリーライターで、
二人の男の子の母親です。

二人目、石橋加奈(高畑充希)は、
大阪府在住、30歳のシングルマザー、
コンビニとクリーニング工場での
アルバイトを掛け持ちしています。

三人目、石橋あすみ(尾野真千子)は、
静岡県在住、36歳の専業主婦です。

職業も年齢も住む場所も
それぞれ違いますが、
「石橋ゆう」という子を持つ
母親という共通点がありました。
(「ゆう」の漢字はそれぞれ異なる)

三者三様の悩み

それぞれの家庭には、
異なる問題点があり、
三者三様の苦悩が描かれていきます。

ライターとしての仕事に
復帰したばかりの留美子は、
なかなか言うことを聞いてくれない
やんちゃざかりの息子二人に
手を焼いていました。

夫は自分のことで精いっぱいで、
なかなか子どもの面倒を見てくれず、
次第に家事と仕事の両立が、
困難になっていきます。

加奈は、仕事を掛け持ちして、
女手一つで息子を育ててきました。

そんな母親を見て育った息子は、
なかなか母親に本音を話せません。

彼は、家ではいつも明るく
振る舞っている母が、
本当は苦しんでいることを知っているのです。

あすみは、夫の実家の隣に建てた
一軒家に住んでいました。

夫の母親との距離感に悩み、
遠距離通勤でくたくたの夫は、
子育てに関心を持つこともありません。

彼女もまた一人、子育てに悩む母親でした。

子を殺した母は私だったかもしれない

「息子を殺したのは、私ですか――?」

本作のキャッチコピーです。

このキャッチコピーから、
ミステリーのような作品が
想像されるかもしれませんが、
本作はミステリーではありません。

それぞれの家庭が、
物語の中で交わることもありません。

淡々と三つの母子の日々が
描かれていきます。

しかし、そこには何とも言えない
不穏な空気が漂っており、
いつ事件が起こっても
不思議ではない緊張感がありました。

淡々としていても、
決して穏やかなムードではないのです。

そして、母が子を殺してしまう事件が起きます。

三人の主人公が子を殺したわけではないのに、
子を殺してしまった母の姿に
三人の母親が重なって見えてしまいます。

殺人というと、
自分とはまったく生き方が違う人が
起こした犯罪と思いがちです。

ましてや、身内を手にかけるとなれば、
余程のことがあったのではないかと、
誰もが思うことでしょう。

しかし、本作を観ると、
「誰にでも間違いを犯す可能性はある」
と考えさせられます。

どんなに凶悪な事件を起こした犯人でも、
自分と変わらない、ごく平凡な
日常を過ごしていたかもしれないのです。

現実は単純な善悪ではわけられないものですが、
私たちは何かにつけて、
安易に正解を決めつけてしまいがちです。

ふと立ち止まり、
そんなことを考えさせてくれる
素晴らしい作品だったと思います。

本当に愛する家族だからこそ、
本音が言えないという時もありますよね。

また、身内だからこそ、
都合の悪いところを
直視できないということもあります。

そういった家族間の
リアルな心理描写にも
説得力がありました。

「本当は生まれてこない方が
良かったんでしょ?」

親として子どもから
こんな風に言われた時の、
胸に刺さるような痛みが、
はじめてわかったような気がします。

子を持つすべてのお母さんに、
ぜひとも観てほしい作品です。

この解説から漂う暗いムードを
不安に思う方もいるかもしれません。

しかし、映像や演出的には、
思っていたほど暗くなく、
さわやかな作品でした。

スカッと明るい作品とまでは言えませんが、
後味のいい作品であることは保証します。


【作品情報】
2021年5月28日公開
監督:瀬々敬久
脚本:小川智子
原作:椰月美智子
出演:菅野美穂
   高畑充希
   尾野真千子
配給:KADOKAWA、WOWOW

【原作】

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